新鮮な海の幸

 手慣れた様子の彼女とは対照的に、恐る恐るといった手つきで魚の腹を割いた。

 包丁がよく切れるおかげで、経験不足を補われている感じがする。


「だいたいそれぐらいで問題ない」


 海水に魚を浸して洗っていると、クーデリアがこちらに視線を向けた。

 勝手が分からないままだったが、無事にできたようだ。


「クー様、下ごしらえが完了したっす。ここにはお皿がないから、小屋に戻ってから切り分けるっすね」


「うん、ありがとう。マルクの方も終わったみたいだから戻ろうか」


 俺たちは包丁などの道具をしまって、それぞれが下処理した魚を手にする状態で浜小屋に引き返した。


「二人とも、お待たせしました」


「おっ、戻ってきたね。この中は涼しくて快適だよ」


「バラムに比べると蒸し暑いですけど、ヤルマの日差しもいいもんですよ」


「マルクくんは順応性が高いんだね」


 俺たちが話している脇で、リンとクーデリアが食事の準備を始めていた。


「二人ともありがと。あたしは何もしてないから、何かあれば手伝うよ」


「大丈夫っす。お姉さんはお客さんっすから」


「えっ、そう? 何だか悪いなー」


 ミズキとリンのやりとりは楽しそうで、自然と微笑ましい気持ちになる。


「マルク、外で火を起こすから手伝ってほしい」


「いいですよ、行きましょうか」


 クーデリアに続いて浜小屋の外に出ると、近くに火を起こす場所があった。

 砂の上に岩が並べられて、中心に炭の残りかすが見える。

 おそらく、普段から使っているのだろう。


「いつもここで魚を焼くんだ。まずは薪を用意するところから始める」


 彼女と一緒に浜小屋の裏手にある薪の保管場所に移動した。

 寒い地域で暖炉に使うものよりも細めで、大まかに十本で一束にまとまっている。


「ヤルマは温暖な気候なので、こんなに保存してあるのは意外です」


「時期によっては海から出た後に冷えることもあるから。それに自分で魚を焼いて食べることも多い」


「いいですよね。自分で獲った魚を焚き火で焼いて食べるなんて」


 こちらがそう伝えると、クーデリアはうれしそうに目を細めた。

 

「もちろん、いいものだとも。ここでの生活を始めて数年経つが、今でも漁の後に焚き火に当たっていると幸せな気持ちになれる」


 彼女の言葉には気負いがなく、ヤルマのことを本当に気に入っているのだと思った。

 素朴で肩に力の入らない生活に憧れを抱く自分に気づく。

 

 それから俺たちは薪を数束持って、先ほどの場所に戻った。

 クーデリアが薪を並べた後、俺が魔法で火を放って着火した。


 近くに木製の椅子が置いてあり、クーデリアとそれぞれに腰かけた。

 手作り感があるものの、表面は滑らかで座りやすい。


「君の故郷では魔法が使える者は多いのか?」


 火の勢いが出てきたところで、彼女がたずねてきた。


「地元だけでは多くないですけど、国全体で見ればそれなりにいます」


「ヤルマにいると魔法を使える者を見かけなくなって、ずいぶんと新鮮に見える」


 本物の勇者と火を起こしながら世間話をしている。

 そのことが実感できると、感慨深い気持ちになってきた。

 少しずつ慣れてきてはいるものの、クーデリアから感じる特別な何かによって彼女が勇者であることを疑う気持ちはなかった。


「火力がいい具合なので、そろそろみんなを呼んできましょうか?」


「うん、そうしてくれると助かる」


 俺は火の番をクーデリアに任せて、浜小屋の中に戻った。


「魚を焼く準備が整いました――」


 中に入ると驚いた様子でミズキたちがこちらを見た。

 彼女たちの様子に違和感を覚える。


「……ええと、それはもしかして」


 桟橋のところでリンが刺身にすると言っていたアカハタ。

 それが皿に盛りつけられているのだが、すでにミズキとアカネは箸を持っている。


「いやー、美味しそうでつい……」


「マルク殿、拙者がお腹が空いたと言ったばかりに」


「ははっ、つまみ食いぐらいで何も言いませんよ」


 俺は反応に困ってしまい、後頭部をぽりぽりとかいた。

 するとそこで、箸を持ったリンが接近してきた。


「――お兄さん、どうぞっす!」


 開いた状態の俺の口にリンが一切れの刺身を押しこんできた。

 吐き出すわけにもいかず、口の中で噛みしめる。


「んんっ! これは美味い!」


「この海で獲れるアカハタは脂が乗っていて、めちゃくちゃおすすめっす!」


 リンが豪語する様子に頷いて返した。

 ミズキたちがついつい食べてしまう気持ちも理解できる。


「あっ、そうだ。魚が焼く準備ができたので、外に来てもらえますか」


「じゃあ、用意した魚も持っていた方がいいね」


 ミズキは串に刺さった魚を手に取った。


「はい、お願いします」


 俺たちは必要なものを持って、クーデリアのところに行った。


「わたしとクー様で魚を焼くので、お客さんたちは座って待ってください」


 焚き火の近くに移動して、リンが気遣うように言った。


「二人は慣れてるみたいなので、ここからは任せました」


 焚き火の火力はほどよい感じで、その周りに串に刺さった魚が置かれた。

 炎から少し離れた位置で、表面の皮がパチパチと焼けていく。

 

「うーん、美味しそう。海が近いとこういう食べ方ができて最高だね」


「姫様、魚からいい匂いがしています」


 ミズキとアカネは椅子に座り、目を輝かせて焼き上がるのを待っている。

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