砂浜で勇者と出会う

 路地を歩いて民宿に戻ると、涼しげな服装のリンが待っていた。


「おかえりなさいっす。水牛さんのお世話は終わりましたか?」


「うん、もう大丈夫」


「それじゃあ、クー様のところへ出発しましょう」


 リンは握った手を掲げて、元気よく歩き出した。


 彼女はオルスが魔王であることを知らないわけだが、同じように勇者についても知らされていないらしい。

 ゼントクがどのようなきっかけで知ったのかは分からないが、ヤルマの人たちにはその事実を伏せているらしい。

 リン本人は紹介するのは勇者ではなく、移住した素潜り漁師であるクーデリアさんを紹介するというつもりでいるのだ。


 民宿の前を離れて少しして、道の先に砂浜が見えてきた。

 この距離感で海に行けるのはポイントが高い。


 そのままリンが先導するかたちで進み、海岸線を歩いた。

 すると、波打ち際に海から上がってくる人影が見えた。

 

「クー様! おはようっす!」


 リンはその人物に気づいて、小走りで駆け寄った。

 彼女は短い話をした後、二人でこちらへと歩いてきた。


「はじめまして、私の名前はクーデリア。普段は素潜り漁をしている」


 クーデリアは不思議な魅力を感じさせる少女だった。

 見た目は十代後半ぐらいで金色の髪を後ろで束ねており、短い丈の薄手の衣服を身につけている。

 ヤルマの日差しで日焼けしそうなものだが、陶器のように白く滑らかな肌と整った目鼻立ちが印象的だった。


「……はじめまして」


 彼女から発せられる何かに圧倒されて、上手く言葉が出てこない。

 しかし、ミズキは平然とした様子で、クーデリアに話しかけようとしている。

 さすがは領主の娘といったところか。


「その魚はクーデリアさんが獲ったの?」 

  

「うん、これはそこの海で獲れたものだ」


 クーデリアは魚を括った縄を持ち上げて見せた。

 色とりどりの魚がおり、まだ生きているものもいるようだ。


「ふむ、なかなか美味しそうな魚ですね」   


 アカネが控えめな声で言った。

 初対面のクーデリアに遠慮して、食べさせてほしいとまでは言えないのだろう。


「黒髪の君、美しい顔立ちだね。今日はたくさん獲れたから、ご馳走するよ」


「えっ、よろしいのですか?」


 クーデリアはアカネに声をかけて、彼女に数歩近づいた。

 容姿を褒められたからなのか、アカネは照れくさそうにしている。

 彼女とは女同士のはずで、勇者殿の発言は少し違和感があった。

 

「うん、構わないよ。君たちも一緒にどうかな?」


 さわやかな表情を向けるクーデリア。

 本物の勇者に誘われて、断る理由などない。


「じゃあ、俺もお願いします」


「あたしもよろしくー」


「クー様、わたしもいいっすか?」


 リンの問いかけにクーデリアはにこりと微笑んだ。


「もちろん、一緒に行こう」


「やったー!」


 俺たちはクーデリアの案内で、彼女が使っている浜小屋へ向かうことになった。


 俺だけが男で残りは若い乙女ばかりという顔ぶれで砂浜を歩く。

 エメラルドグリーンの海は波が穏やかで、辺りには海水浴客や日光浴を楽しむ人の姿がちらほらと目に入る。

 波打ち際の少し先にはサンゴ礁が広がっていた。

 

「ここがそうだ。私は着替えてくるから、小屋で待っていてほしい」


 海辺と町の中間辺りに浜小屋はあった。

 クーデリアは小屋から衣服を持ち出して、どこかへ歩いていった。


「さあ、入るっすよ」


 クーデリアに慣れているリンが率先して足を運んだ。

 それに続いて、俺やミズキたちも中に入る。


 小屋の中は漁具がいくつか置いてある以外に物が少なく、クーデリアの性格が出ているようで整頓されていた。

 ここまで話した感じでは真面目そうな雰囲気だったので、わりときっちりしているのだろう。


「……あれ、意外に涼しいですね」


 小屋の窓は開いているものの、涼しい風が入るとは考えにくい。

 外の気温はそれなりに高いのだ。


「マルクくん、ここから冷たい風が出てる」


 ミズキが示した先には横長の大きな木箱があった。

 おもむろに近づいてみると、通風口のような隙間から冷たい空気を感じた。   


「うーん、これは一体? 勝手に開けるわけにもいかないな」


「それは魔法の箱っす。クー様は魔法の力で何かを冷やしたり、冷たい空気を作ったりできるらしいっすよ」


 リンが得意げに教えてくれた。

 意識が及んでいなかったが、勇者なら魔法が使えてもおかしくはない。


「お待たせ」


 木箱の近くで盛り上がっていると、クーデリアが戻ってきた。

 泳ぎやすそうな衣服から、素朴な風合いのものに変化している。


「クー様、この人たちが箱について知りたいみたいっす」


「ふんふん、その箱なら……」


 クーデリアは木箱に近づいて、その蓋を上に持ち上げた。

 中には先ほど彼女が持っていた魚と氷の塊が置いてある。


「こんな暑いのに氷とは……あっ! 魔法で作れるんですね」


「ふふっ、その通り。――アイシクル」


 クーデリアは木箱の上で片手を掲げて、魔法を唱えて見せた。

 すると、片手で掴める大きさの丸い氷が出現した。


「魔法が使えるようになって久しいから、こうやって大きさや形状を調整できるんだ」


「これはすごいです! 微調整は難易度が高いのに」


「だろう、それはこれから――」


 俺とクーデリアの魔法談議が盛り上がりかけたところで、ミズキとアカネの視線を感じた。

 魔法を使えない二人からすれば退屈だろうし、アカネに至っては魚の味が気になっているはずだ。


「クーデリアさん、説明ありがとうございました」


「ははっ、これぐらいどうってことない」


 俺たちは何ごともなかったように会話を終えて、クーデリアは木箱の中から魚を取り出した。

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