火山への進入

 時間を忘れそうになるほど美しい光景だったが、アカネから早く戻るように言われていたことを思い出す。

 ここまでたくさんの星々を見るのは初めてで、後ろ髪を引かれるような想いで踵を返した。


「――おっ、またか……」


 民家へと引き返す途中で地面が小刻みに揺れた。

 大きな地震ではないものの、猿人族が駆け引きのために火山活動をそのままにしているのだろう。

 俺は足の運びを早めて、仲間のところへと向かった。


 先ほどの部屋に戻ると、皆一様に険しい顔をしていた。


「おかえり。さっき揺れたの分かった?」


「はい、もちろん」


「猿人族は引く気ないみたいだね」


 ミズキは複雑な表情のまま低い声を漏らした。


「姫様、そろそろ出るとしましょう。宝刀を火口に投げこむことができれば、全て丸く収まります」


「うん、そうだね。あたしがやらないと」


 ミズキは決意をこめたように立ち上がった。

 彼女がその気ならば、こちらも応えねばという気持ちになる。


「事前に見つかりにくい経路を見つけてある。二人とも、拙者の指示に従うように」


「もちろん、大丈夫です」


「私も問題ないわ。地面が揺れると気持ち悪くなるから、サクッと終わらせるわよ」


 アデルはいつも通りの様子で力強く感じる。


「マルクくん、アデル……ありがとう。このお礼はしっかりするから」


「なかなか太っ腹ね? サクラギの高級食材をありったけ要求するわよ」


「それはちょっと……要相談でお願い」


 アデルの冗談めかした言い方に場の空気が和む。

 ミズキも彼女とのやりとりに慣れているようで、笑顔から余裕が戻ったように見えた。


「――では、参りましょう」


 アカネが先導するかたちで、俺たちは民家を出発した。


 村の中を歩き出すと、焚かれたかがり火に見送られるような心境になる。

 最初は民家の影で気づかなかったが、軒先で村人たちが頭を下げていた。

 ミズキは猿人族に目立たぬようにという配慮もあるのか、声は出さずに手を振って応えている。


 やがて村の出口に至り、そこを抜けると暗闇が広がっていた。

 反射的にホーリーライトを唱えそうになるが、猿人族の警戒網に意識が及んだ。

 不自然に光っていれば、いくら離れていても見つかってしまう。


「足元が見えづらいのでご注意を」 

 

 先を進むアカネの声が聞こえた。 

 道の左右に林が広がり、本来は暗闇が深いはずだ。

 しかし、火山の方から見える閃光の影響で、どうにか進める程度の明るさはある。


 火山活動の状態が気にかかるが、今は気を逸らす余裕はない。

 転ばないように気をつけながら、一歩ずつ前に進んでいく。

 猿人族はいないようで、この道にいるのは俺たちだけのようだ。


 やがて、途中から木々の数が減り、進んだ先で視界が開けると火山の麓に出た。 


「この先、猿人族が見回りをしているため、拙者が探り当てた目につきにくい道を進みます」


「アカネ、案内は任せたよ」


「承知しました」


 ミズキとアカネの気心が知れたやりとりを耳にして、少しばかり緊張がほぐれる。


 火山の裾野から傾斜のついた道があり、山頂へと伸びていた。

 自然にできた勾配を人工的に整えた様子が窺える。

 前方を見上げれば火口付近は明るくなっており、熱くたぎる溶岩の存在を想像させた。


「――魔法が使えるお二人に再度お話が」


 いざ火山へ上がろうという段になったところで、先頭のアカネがくるりと振り返った。


「猿人族は我ら以上に魔法に詳しくない。見つかりそうになった時は光の魔法でかく乱を」 


「ええ、分かったわ」


「はい、その通りに」


「それと猿人族に不要な危害は加えたくない。危険があっても最小限の攻撃で回避するよう、お頼み申す」


 アカネの言葉に俺とアデルは頷いて返した。


 会話が済んだ後、アカネは素早い身のこなしで飛び出していった。

 次に彼女の動きが止まると、裾野から少し上がったところに姿が見えた。


「……来ていいって合図を出してる。あたしたちも行こう」


 続いてミズキが駆けていった。

 お姫様というよりも手練れの武芸者のような足さばきだった。


「俺たちも行きますか」


「そうね、遅れるわけにはいかないわ」


 二人で周囲を確認して、アカネのところへと走り出す。

 近くに猿人族のかがり火は見当たらないが、火口付近が明るいことでこちらの姿が見つかる可能性がある。  

 

「はぁっ、はぁっ……」


 そこまで長い距離ではなかったが、一気に駆け抜けると少し息が上がった。

 こちらと並走するかたちだったアデルも肩で息をしている。

 一方、ミズキとアカネは平然とした様子で息切れを起こしていない。


「極力、拙者が猿人族を払うが、自分の身は自分で守られるよう」


 アカネは俺とアデルに向けて言った。

 ミズキには言うまでもないということなのだろう。


 アカネが山頂に向けて歩き出し、それに続いて足を運ぶ。

 離れたところにかがり火の気配が見られるが、近くに猿人族はいないようだった。

 全員で息を潜めて、緩やかな坂道を登っていった。


 アカネがあらかじめ言っていた通り、見回りが手薄なところを通っているようで、出くわすことなく進めている。

 火山を登り始めてしばらく経ち、気が緩みかけたところで、その存在が目に留まった。


「……壁際に身を寄せて」


 アカネが小さな声で指示を飛ばした。

 それに従って、岩壁に沿うように身を寄せる。

 

「あれが猿人族ですか?」


「この距離なら問題ないはずだが、油断はできん」 


 アカネはこちらの質問には答えず、再度警戒を促した。

 息を潜めているとわずかな瞬間目にした、黒い毛に覆われた人型の何かが脳裏をよぎる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る