EPβ 黒イ焔

「仲間たちの許可が下りた。ジン、お前の入会を認める」

「ッッ!ありがとうございます!」

「ただ、まだ仮ということにしとけという指示だ。正式に認めるのはパスワードを入手したらだ」

「わかりました。でも、どうすれば?普通に教えてくれますかね?」

「なんとかできるのがお前だけだから助けを求めてるんだろ!自分で何とかしろ!」

クリートさんが強く言う。

「まあ、クリートの言うとおりだな」

「すいません。頑張ります」

僕はうつむく。

「ああ頼む。おっと、まだ縛ったままだったな。済まない」

僕の拘束が解ける。

「分かったらこれで連絡してくれ」

ボスさんから長方形型の小さな端末を受け取る。

「これはスマートフォンというものだ。その昔使われていた。ウォッチでの通話だと内容を録音されている可能性もあるからな、このスマートフォンで連絡を取ってくれ。俺とクリートを登録しといたぞ」

「分かりました」

「それじゃあ、よろしく頼む」

ボスさんが右手を差し出す。

「はい。任せて下さい」

 僕たちは握手をした。

「ちっ、しくじるなよ」

クリートさんの手で、僕たちの手が包まれる。

「はい!」

――――――――――――――――――――

すっかり暗くなってしまった。

僕は帰路に着く。25階まで下がるエレベーターに乗りながら1日を振り返っていた。多分今までの人生の中で一番大変な日な気がする。

「母さん、ただいま」

「おかえりなさい。種は畑の傍に置いておいてね」

「あっ」

すっかり忘れていた。さて、どんな言い訳をしようか。

「どうしたの?」

「えっと…実は今日、あまりにも人がたくさんいて、並んでたんだけど暗くなったから帰ってきたんだ。だからごめんなさい、種は持ってないんだ」

我ながら完璧だと思う。

「…そう。分かったわ」

顔色をうかがうと、なんだか腑に落ちてなさそうだった。

「さ、さぁてと、並び疲れたし風呂にでも入ろうかな~」

うむ、納得してなさそうだなあれは。色々追及される前に、僕は風呂に逃げた。


ザブン


僕は水に浸かりながらどうやってパスワードを入手するか考えた。

直接聞く?いやいや、いくら息子だからって政府の機密情報なんて教えないよな。ましてやあの母さんだ。

第一、母さんが知ってるとも限らないしな。さて、どうしようか。長いこと頭を酷使していると、だんだん眠くなってきた。

「風呂で寝たら、溺れちまう…」


そのままジンは眠りに落ちた。

――――――――――――――――――――

「ボス、あいつ、ジンとかいう奴、ちゃんと入手できますかね?」

「さあ、分からない。だがジンは知らないと言っていたが、彼の母親が黒だというのは、はっきりしている」

「また例の"V"って奴の情報ですか?」

「ああそうだ」

「いくら内部情報をくれるからって信用できるんですか?俺たちみたいな反国家思想の持ち主をあぶりだすためのスパイかもしれないっすよ?」

「クリート、お前はもう少し人を信じることを覚えろ。確かに"V"がお前の言うスパイかもしれない。だが、"V"のおかげでジンにたどり着けたことは事実だ。他の仲間も彼を信用してる。だからお前も、な?」

「俺が信用するのはボスだけだ…」

「ははは、そりゃ嬉しいね」

――――――――――――――――――――

ジンが目を覚ます。


うーん、僕は寝てしまったのか?ぼやける目をこすりたいが手が動かない。目を瞬かせる。

ん?ここは風呂場じゃないぞ。どこだ。なんだか暗い部屋だな。

「さっさと白状しろやおいっ」


ガシャン!


あれは男か?今のは男が鉄か何かを蹴った音か?そしてあれは、尋問台?男はあれを蹴ったのか?女性が括り付けられている尋問台を。

「ひっ」

女性の悲鳴。どこか聞き覚えのあるような気もする。

「怯えたきりで全然しゃべらねえなあ。さっさと言っちまえば楽になれるのによお」


ガシャン!


男が再び蹴る。

「……」

「そうかそうか。ならしょうがない。もっと痺れさせてやるよっ!」


ビリビリビリッッ


「きゃあああああああああああ」

尋問台。前に誰かに教えてもらったことがある。高圧の電流を流すんだ。最悪死に至る程の。

『やめろおおおおおおおおおおおお』

っっ!?声が出ない。どうしちゃったんだ僕は。これは夢なのか?それとも現実?


シュウウウ…


電流が止まる。

「早く白状しちまえよレーナ」

えっ!?レーナだと…?僕の母さんの名前じゃないか。いや、まさかな。母さんなわけない。

「私が見ましたって、こっちはそれさえ聞ければ十分なんだよ。同僚を尋問するこっちの身にもなってくれよ。そろそろお腹の子も危なくなってくるぜ?」

「……!?お願い、この子だけは…!」

「だったら早く言えばいいじゃんかよ」

「それは…」

「ちっ、めんどくせえなあ」

すると突然、部屋にどこからともなく水があふれ、溜まり始めた。どうなってんだよこれ。あっという間に部屋いっぱいに溜まる。

まずい、息が…続かない…

『ゴフッ』

――――――――――――――――――――

「ぶはっ、はあ、はあ、はあ」


ジンが水面から顔を上げる。


あれ、ここは…風呂場か?さっきのは一体何だったんだ?まあいいや。なんだか疲れた。早く出よう。

「今日はやけに長かったじゃない。あんまり長いもんだからお腹すいちゃったわ。それにしても大丈夫?溺れたりしてない?」

身体を拭いて服を着て風呂のスペースから戻ると、母さんが先にご飯を食べていた。

「溺れてたらここにはいないよ。僕は大丈夫」

苦笑交じりに僕は言った。

「そう?ならいいんだけど。さあ、ジンもご飯にしなさい」

「あー、なんかすっごい疲れてるからもう寝るわ僕。おやすみ」

「えっ、本当に大丈夫なの?」

「平気」

「そう、それならいいんだけど。おやすみなさい」

僕は自室に戻り布団を敷き寝転がる。

「はあ」

なぜだかため息が出た。ちょっと頭がくらくらするのに、なかなか寝付けない。困った。僕は風呂場での出来事を思い出した。あれは夢だったのか?それにしても全く知らない人しか登場しない夢なんてあるのか?うーん。明日ボスさんにでも聞いてみようかな。

ああ、なんだかだんだんと頭がぼーっとしてきたぞ。

――――――――――――――――――――

「昨日はあいつから何も連絡来ませんでしたね」

「まあ一日すら経ってないからな」


ブーッ、ブーッ、ブーッ


「おっ、噂をすればジンからだぞ。もしもし、俺だ、ボスだ。ああ、おう。何、夢?ほうほう、それで?ふむ、そうか。まあ確か似たような話は組織の仲間から聞いたことがある。なんだか大層重大な政府の秘密を閲覧してしまった女性職員がいるらしい。地下避難の開始よりもっと前だ。15、6年くらい前の東京行政府だっけかな。ああ。じゃあ、パスワードはまだ分かってないんだな?…分かった。では引き続き頑張ってくれ。なるべく急いでくれよ?ああ、ああ、うむ、それじゃ」

「結局のところあいつはまだパスワードを入手して無いんですね?」

「そのようだな」

「はあ。で、夢とか言ってましたけど、何の話してたんすか?」

「そのままだ。ジンの昨夜の夢の話だ」

「はあ?あいつ、は?ちょ、いっぺん殴ってきます」

俺は出ていこうとするクリートを止める。

「まあまあ、落ち着けって」

「いやいや、夢?何言ってんすかあいつは」

「お前、会ったこともない人が夢に出てきたことあるか?」

「え?ボスまでどうかしちまったんですか?」

「俺は正常だ。おそらくジンもな。で、あるか?」

「えぇ、そんなこと急に言われても。いや、どうだったかなあ…」

「それもそうだよな」

――――――――――――――――――――

うむ、ボスさんに聞いてはみたものの、15、6年も前の人が夢に出てくるわけないしなあ。

「じゃあ母さん行ってくるわね。ちゃんと種貰いに行くのよ?」

「わかってるー」

母さんが家を出た。

僕は蒸した芋をかじりながら考える。母さんの部屋でも漁ってみるか?そうすれば何か出てくるかもしれない。あ、でもその前に種だ。


数時間後―――


ガラガラガラ


僕は母さんの部屋の引き戸を開けた。畳んである布団と小さな机があるだけの小さな部屋だ。

椅子はなく、座布団の上に座るタイプ。僕の部屋にもある。

それに小さな、物入れ台とでも呼ぼうか?それがある。本当に小さい。僕の膝くらいまでの高さしかない。横幅、奥行き共に50cm弱くらい。まあ何かあるとしたらこの中だよな。

引き出しが二つある。上の浅い方を開ける。なんか書類やら何やらが出てきた。移住許可証とか領収書とか。

特に手掛かりになりそうなものはなかった。次は下の深い引き出し。

これは…化粧道具とかだな。うーん、ほんとになんもないのか?

僕は中身をすべて出してみる。

が、怪しい物は何もない。どうしよう…。

ん?僕は底が二重になっているのに気付いた。こんなの隠したい物がある人だけが使うものだろう。

一つ目の底を外す。出てきたのは、冊子。パラパラと中を読む。日付とかが書いてあるし、日記かな?

出したものを全てしまって、自室に戻る。

僕は布団の上に座って最初のページから読み始めた。

――――――――――――――――――――

そこには日付と1日の出来事と感想が綴られていた。


『6月9日

私には今日、とても嬉しいことが起きた。このことを忘れないために、日記に書くことにした。言うまでもない、プロポーズされた。長年付き合っていた彼と。はぁ、これからはもっと幸せな毎日が送れそうだ!最高だ!』


おお、父さんと母さんの記念日だ。なんだかニヤニヤしてくる。

それから3ヶ月くらいは新婚生活のラブラブ記録であった。

そして、僕は興味深いものを見つけた。


『9月13日

今日は、夫に頼まれた例の秘密にアクセスしてみた。なんとか誰にもバレずに済んだ。それにしてもゲートとは何のことだろうか。気になって見てしまった。だがそこにはただ数字が羅列されているだけだった。奇妙だった』


これだ!数字はきっとパスワードのことだ!だがページはここで終わっていた。僕は次のページにパスワードがあることに期待してページをめくった。

「えっ」

思わず声が出た。そこにはこう書かれていた。


『9月21日

レーナが帰ってこなくなってから一週間がたった。私はこのレーナの日記を見つけた。まさかレーナは私のせいで捕まってしまったのか?ああレーナよ、早く帰って来てくれ…お腹の子も心配だ…』


これは父さんの字なのか。

まてまて、母さんが捕まった!?僕は昨日の夢と朝のボスさんとの会話を思い出す。母さんと同じ名前の妊婦、15、6年前、東京行政府の女性職員。お腹の子が僕だとすると全て辻褄があう。

じゃあ、あの夢に出てきた人は本当に母さんで、ずっと尋問されていたってことか!?

僕は落ち着くためにも、下の行に目を移す。


『10月9日

レーナが…帰ってきた。いや、レーナの皮を被ったロボットかもしれない。まず昔の記憶がない。私のことは知っているようだったが、私のプロポーズすら覚えていない。それに人間味が全くない。人間の研究を生業とをしているからか、一層気味悪く見える。帰ってきた時、泣き喚く赤ん坊を抱いていた。私とレーナの子である。彼女はこの1ヶ月間、出産の為に入院していたという。産後にも手術があり、時間がかかったという。こんなのウソに決まっている。彼女は赤ん坊のことをジンと呼んでいた。病院で名付けたそうだ。それはいい。いい名前だと思う。だが、ジンは、常に何かを怖がっていた。普通の赤ん坊の反応ではない。何かあった証拠である。私は怖くなってきた』


もうキャパオーバーだ。母さんが、記憶を…?


『10月11日

ずっと観察して分かった。この症状は高圧の電流を流されて起きるものだと。もしかしたら尋問台を使われたかもしれない。ならば同じ電圧の電流をもう一度流せば、記憶は戻るかもしれない』


何考えてるんだ、父さん、やめろ。そんなことは、絶対に。


『10月12日

レーナは眠っている。私のせいだ。私が感電させたから。もし、もし目を覚まさなかったら…?』


『10月19日

レーナが目を覚ました。良かった。だが記憶は何も戻っていなかった。起きた後、ひたすら何かを呟いていた。何と言っているのか聞き取れない。私は…脳を壊してしまったのかもしれない』


『10月21日

レーナは洗脳を受けていたのかもしれない。だが私は何としてでもレーナを取り戻す。何年、何十年かかろうと、絶対に直す方法を見つける。でも壊れた君を見ていると、私も壊れそうだ。だから私はこの家を離れる。待っていてくれ、レーナ』


……は?何を言ってるんだ?

けれど、ここまで読んで、合点がいった。全然父さんが帰ってこなかったのも、母さんが政府を信用しすぎるのも。

でも、なんだよそれ。ふざけんなよ。洗脳?いや、気にするな。過去は変わらないんだ。今は、パスワードのことだけ考えろ。

――――――――――――――――――――

「おっ、ジンから電話だ」

「どうせまたくだらない話ですよ」

「そう言うなって。もしもし、俺だ。どうした?」

『ボス、クリートが僕を気絶させたとき、使ったのはスタンガンですよね?』

俺はジンの、スマートフォン越しのただならぬ雰囲気に、ゾクッとした。

「あ、ああ、そうだが、それがどうした?」

『貸してください。パスワードが分かると思います』

「そ、それは喜ばしい事だし、全然構わないが、ジン、大丈夫か?なんだか様子が変だぞ?」

『そんなことないですよ。僕は僕です。今から行きますね』

「わ、わかった。待ってる」

『はい。それでは』

こうして会話は終わった。

「クリート、ジンが来る。スタンガンを使いたいそうだ。用意してくれ」

「わかりました。けど、ジンになんかあったんすか?なんか震えてませんでした?」

「呼び捨てをされた。お前は、ジンに会うな。私が渡す」

「りょ、了解」

――――――――――――――――――――

ガラガラガラ


引き戸が開く。


「…?ジン?どうしたの?」


ジジジッ


「何?」


バチッ


「きゃあ、ジン、やめなさい!」

「言え」

「え?」


バチッ


「見たんだろ。ゲートのパスワード。言えよ」


バチッ


「やめ、て…お願いだから、もうやめて…」

「うるさい。さっさと言えばいいんだよ」

「ダメ、やめて、きゃああああああああああああ」


この悲鳴は、一晩中響いていたという。

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