君が眠る海(連載版)

第1話 ベスの場合

白く広大な砂浜に今日も海に祈りを捧げる者がひとり。

「ああ、クララ…クララごめんね」

祈りを捧げる女性はベスと言った。

何人か出産しているのだろう。

割と恰幅のいい体型をしている。


すると突然、祈るベスに「貴方はどうして海に祈るの?」と降るような声がした。

「え、ええっ!?」

驚くベス。

「ぼくはペルシャ。海を旅する魂だよ」

ペルシャと名乗る少年はベスに抵抗なく話す。

ペルシャはまだ4歳くらいだろうか。

小さな身体が美しく輝く夜の海をバックに浮かんで見える。

少し褪せた金髪に緑色のペリドットを思わせる瞳が印象的だ。

「いやー! お化けー!」

ベスが叫ぶ。

「どうして? ぼくは怖くないよおばさんの事」

ペルシャはベスに向かってゆっくりと話しかけた。

ペルシャの声を聞き魔法のように落ち着いたベスは、たどたどしく話し始めた。


「娘が恋人に殺されて海に捨てられたのよ。…まだ10歳だったわ」

ベスがそう言うと「10歳! 早くに亡くなったんだね!!」とペルシャは驚く。

「殺されるってどんな気持ちなのかな? いつも聞いてるんだけども」

そうペルシャが言うと、ベスは「聞いてる…?」と呟いて不思議な顔をした。

「ぼくは死者の魂と話すことが出来るんだよ!」とペルシャは嬉しそうにベスに言うと、「えいっ!」と指を空に指した。


すると『ぼわり』と音がしてペルシャの娘クララが現れた。

揺蕩うブルネットの髪に10歳とは思えない大きな胸をしており、クララの成熟さを感じさせる。

そしてその死の理由も。


「ま、ママ…私ママと話せるの!?」

姿の現れたクララはベスに泣きながら訴える。

「ママ、あの男を殺して…私痛かったの…辛かったの…ねえママ」

ベスは「ひっ! クララなんて事を言うの!?」と思わず叫ぶ。

「えいっ!」

ペルシャの声が響くと、クララの姿が消えた。

「死者の魂の声を聞くのって、時には危険を伴うんだ。今日は1分で終わり」

ペルシャは何も気にしない素振りでベスにそう話した。

「クララ…クララごめんね。守ってやれなかった…」

ベスが泣き始めると「相手を殺しちゃえばいいのに。そんなに泣くなら」と海から陶器の肌をした美しい人魚の姿が現れた。


「マリーベル、人間は敵討ちなんて出来ないものなんだよ。法律っていうのがあるんだって聞いてるよ」

そうペルシャが言うと「ほーりつって何よバカバカしい」と人魚マリーベルが言った。

ベスはマリーベルに失礼な事を言われたのに「美しい…」と感嘆の声を漏らした。

マリーベルの流れる宝石の銀髪にアクアマリンを嵌め込んだような蒼い切れ長の瞳には、誰もが感嘆の声を隠せない。


マリーベルは「ベスとやら、私の事綺麗だと思ったでしょ?」とご満悦だ。

マリーベルは続けて「だって私は神に選ばれてペルシャに使わされた人魚だもの。選ばれし者なの!」と嬉しそうに言った。


「…ああでも…久しぶりに娘の顔がみられて良かったわ…」

ベスは涙でくしゃくしゃになった顔で笑う。「ありがとうペルシャ、マリーベル。これで私は生きて行けるわ」

ベスは心の底から嬉しそうに笑っていた。

いつの間にか夜が明け、美しい青い光が砂浜を照らしていた。

ブルーモーメントだ。

そしてベスは、ペルシャとマリーベルの元から帰って行った。


「今回も良い事をしたわねー!」

マリーベルはそう言うと誇らしげにしている。

「あのおばさんに娘さんの姿を見せただけだけどもね」

ペルシャは朝焼けの青い青い光の中に照らされながらそう言った。



そして暗転、ここは暗い刑務所。

ベスは刑務所に留置されていた。

涙が止まらず泣きじゃくるベス。

「ああ、娘の言うままにあの男を殺してしまったわー! せっかくクララの姿を見せてくれたのに…。ごめんねペルシャ、マリーベル!」


海ではペルシャとマリーベルが旅を続けていた。

沖の方に出てもその日の海は凪、空には逆さ虹が出ていてペルシャとマリーベルの心を照らしているようだった。

空に浮かぶペルシャはマリーベルにこう言う。

「ぼくね、またあのおばさんと海で会えると思うんだ」

ベスに良い事をしたと思っているふたりは終始笑顔だ。

「そう言えばあの娘さんは悪霊化しちゃってたわねえ。私達何もしてないけども」とマリーベル。

ペルシャは「あのおばさんが納得してたからいいんだよそれで」と言った。


ベスはペルシャとマリーベルのせいで極刑が免れない立場になってしまったが、無常にも海は何処までも美しく輝いていた…。

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