増長する贖罪の意識と逃れ難き罪とコンビニエンスな死
おみゅりこ。
自由意志の問題
落葉が愉快な音を立て去りゆき、空っ風が背中をくすぐり更に去る。寂寥のこもる交差することなき視線が飛び交う。ただ生きるってこんなに大変で、道なき道は全面苦渋の娑婆。……なんてね、唯のイチ学生が何言ってんだって話ですよ。でも、失恋ってこんなに辛かったんだね。今日もアルバイトに向かってます。
どんよりとした空の下、喧騒に紛れて季節外れの蝉の声が僅かに聞こえました——
【ヨクアールストア】
「着任しました」本来なら通例の挨拶があるのですが、私はそんなのイヤ。だって言葉を少し変えるだけで人を笑わせられるんだよ? 使わない手はないよね。ちなみに店長は能面を貫いていました。
「ああセラちゃん、ちょっと」事務所に案内され座らされました。
「店長、さっき蝉が泣いて(鳴いて)いました」不穏な空気を察知したので脇道に逸れ、衝撃を緩和しようと試みます。結果は無視という深刻なダメージでした。
「どんな気持ちなんでしょうね。誰も居ない冬に一人出てきて。ていうか店長、昨日失恋しました。慰めの言葉をお待ちしております」
「ああ、それならうってつけだ」手紙を渡してきた。……まさかこれって。
「辞表……ですか」
「いや店! この店どうなんの!?」よし、やっと店長のツッコミを引き出せたのでノルマ達成です。なので開封。
【真実の愛 毎日足繁く通う俺の気持ち、お察しいただけるでしょうか。お返事待ってます。黒い服に黒いニット帽が目印です】
素敵な文章だ。洗練され、脳梁に直接響き渡るような。楔形文字が発明されて以来の精緻で未聞な……んなわけない。これはヤバい。
「……今までお世話になりました」
「まあ待て、人が足りてないんだ。俺が常に監視するから頼む」私は了承し、焼き肉と寿司を週替わりで奢るように提案したが能面。
——その日、それらしき人物は現れなかった。帰途につきつつ想像する。一体現場に居合わせた場合どのように振る舞えばいいのやら。殴る? 警察に通報? ひょっとして、運命の……
動物が道路に横たわっていました。恐らく轢かれたのでしょう。私はよく想像します、例えば台風の日、鳥の巣はどうなっているか。大雨の日、野良犬はどうしているか。見捨てて立ち去るのは簡単です……でもいつも、いつも。何かが私を引き止める。ソレを回収する然るべき機関の存在も勿論知っています。でも、でもね。
「バカ……」抱きかかえて公園に向かいます。滲む視界の中、土を減らしたり戻したり。きっと紙一重なんだよね、君も私も。
ひっきりなしに行き交う車が、苦々しい光を運ぶ。誰も見向きもしないクセに、そんなに急いで何処へ? きっと崇高な理念なんだよね? スバラシイ未来があなた達を待っている。だからさようなら。
力なくベッドに泣き沈むと、頭の中に錯綜したイメージが駆け回ります。そう、私の望む世界なんて来ない。誰も悲しまなくて、誰も痛い思いをしなくて。恋も世界も勉強も、みんな思い通りにならない。せめて自分だけ悲しみから遠ざかろうと望んでも、現実はどんどん視界から侵食してくる。どうしてそんなに笑っていられるの? 私の知らない楽しい事が、そこら中に転がっているのかな?
その日は全然眠れませんでした。ノシマ……元彼は言っていました。よく笑う私が好きだったと。付随したイチ要素が好きだったの? じゃあ幻想たる要素と付き合えば? ……私自身って何だろう。色々な要素を取っ払った私は——
哀切を助長するが如く冬の気配が強まっています。石油ストウブに乗せられた薬缶の蓋がカタカタと揺れ、一層どんよりとした空に音色を送り、焦点を戻すとよくある朝食が並んでおりました。コーヒーを注ぎながら母が口を開きました。
「見ててね」母はコーヒーカップの1メートル程上から角砂糖を落下させ、その黒い液体を周囲に飛散させ、あまつさえ私のパジャマを汚しました。
「——そういうコト」「どういう!?」お腹から声を出した私を見て安心したのか、微笑んで台所仕事に戻りました。無言で眼鏡を拭く父がシュールで静か(?)な朝。それにしても構造主義の枠に囚われない母は厄介だ。
正直嫌でイヤで仕方ないけど、コンビニエンスストアに就労しに行きます。えらいでしょ? 私は逃げない。煩わしさが確約された今日という日から。プロレタリアートの意地、見せてやる。
午後8時頃でしょうか、件の男性と思しき怪しい輩が現れました。店長と一瞬目を合わせ、唇を少し固くします。
「今日は雪ですね」「……確かにですね」話し掛けてきたので応答します。人間ですもの。事実、母が昔神様のフケと表現した雪が舞っておりました。当時小さかった私は……イヤイヤ、現実に戻ろう。
「352円になります」
甘いパンと甘そうなミルクコーヒー。将来病気になりそうな組み合わせなので運命の人ではなさそう。彼は普通に立ち去った。……違ったのかな?
道端の街灯の下に力なく咲いた小さなお花がおりました。純朴に光を目指し硬い地層すら突き破る健気さも、今はただ。人間は地を這う生き物であるが故に、自ずと視線も下に行きがちです。空や宇宙は全てを吸い込む魔力がありますが、ひねもす与える事に注力し、生き育まれる対象の観測者。母性や父性を超越した存在であり、私はどれだけちっぽけか。指先で花を撫でてやると、ゆらゆら。
時々思うのです。今隣に居る家族や友人の存在が……希薄になる。確かに長い間一緒に過ごしたはずなのですが、あたかも他人のように。そんな感覚に囚われながら見つめていると、次第に現実への幕が上がります。徒然な薄い膜。心の充足を探し回る侘しい現実へ。
「おかえり」お風呂から出ると父が帰宅しており、たまには悩みでもぶつけてみようと思い立ちました。
「お父さんってさ……生きてて楽しい?」なんて質問だ。しかしまあ一度出した言葉は引っ込まない。
「俺はな……小さい頃は忍者になりたかったんだ(伏線)」
「あっそ」
「心の底から楽しいってのは確かにないかもな」
「わかる」
「お前が言ってるのはアレだろ? 享楽的な楽しさじゃない……」
「そう、生まれてきてよかったなって思えるような」
「お母さんと結婚して、お前が産まれた時はそりゃ嬉しかったよ」
「まあそりゃいいコトだけど違うの。奥底から湧き上がるような……」
「難しい話だな」「そ、難しいの」すると突然雑誌を読み耽っていた母が歌い出した。
「あんまりクヨクヨ全然! あんまりクヨクヨの……全然!」
寄る年波には勝てないと悟る。すなわち腕が落ちており、従ってあまり面白くない。私は母にお腹の底から笑った、ありがとうと伝えた。明日はチーズ入りハンバーグにするらしい。
学校に向かいながら想像する。仮に楽しい事があっても一瞬で、日を跨いだらその気持ちは消え去る。とはいえ仮に継続する幸福感を得られたとして、果たしてそれは幸せなのだろうか? 物凄いダメ人間になったりしないかな?
「どう思う?」友人のユリを見つけたので話しかけました。
「あんたさぁ、また小難しい事考えて。たまには現実に目を向けなよ」
「向けたらどうなるの?」
「生きていけるの、取り敢えずは」
「即物的な考えに支配されたくない」
「親の庇護下で云々——」今回は引き分けとなり、29回目の友情の握手を交わしました。いつも根気よく聞いてくれてありがとうと伝えると涙が出てきました。ああ、これは……
【あれは事故だったと、今は2人で解釈しています。私の家族とユリの家族とで山へピクニックに行った時の事。初めて聴く鳥の声、澄んだ空気や珍しい植物。私はすっかり興奮してどんどんと奥へと外れて行きました。形のいい棒を拾って小川を眺めていると、大きなハチが飛んできて焦った私の右手に、不確かな鈍い感触が……振り返るとユリが、片目を覆いうずくまっていました。私は……あの日から私は————】
低気圧が雲を押し流し、月がすっぽりと覆われる頃、いつものように着任。おでんの湯気がレンズに悪戯をし終えると、だしぬけに黒い風貌の男が視界内に収まりました。愉快な有線の放送はなりを潜め、人が制定した時間の概念はそろりと。店長は奥に引っ込んでいた。まさか狙われた?
「いらっしゃいませ」さぁ来い手ぶらの男よ。肉まんか? タバコか? それとも私の背後にある売れない贈答品か。
「今日は何時に終わりますか」そうか、そうだ間違いない手紙の主よ。私より少し年上だろうか、なんとなく。情報はタダではない、取引をしよう。
「そんなに気になるんなら待ってみれば?」虚を衝かれたのか男は顎を一歩引いた。男はわかりましたと店の外に去り、入れ替わりで店長が出てきました。
「悪い人ではなさそうです」
「いいのか? 通報は」恋は……恋ってわからない。それが単独で発生するものなのか、経験や本能に結びついたものなのか。駄目なのに……鬱屈した感情を人にどうこうして貰おうなど。膨らんだ期待は鼓動と連動し、破裂した虚脱は安物の風船のように纏わりつく。だから平常心、いつもの私で。
社会が、学校が、バイト先が——振る舞いを決めつける。恋もそうなのかな。仕切られた枠の中で、ありもしない出口を探し彷徨う。ねぇユリ、私の迷妄も現実だと思うんだけど、違うかな? その境目は一体、どこにあるのかな?
窓を掃除していると男の背中が見えました。待っている。この寒い中、ただ私を待っている。くだらない我儘が彼の行動を制限した。その権利があるのだろうか……私には。
サラサラと、雪。埃にまみれた純白の。
「はい」仕事を終え、あったかいおでんを彼に差し入れました。フワフワどんよりの雲は、風に流されて。そう、流されて。幸せを運ぶ鳥も、後光掲げる神サマも居ない。不安を支える強固な土台は崩壊し、あの空に分解された。
——汚れてるんだ私は! 浮きも沈みもしない異物、それが私だ! 全てが嘘で虚構で真人間のようにギクシャク生きて、自分や私のトートロジーの檻に囚われて!
……推進力を失ってただの一歩も。おでんを頬張る彼を見ていると、ああ、人間が食物を摂取していると思いました。よく笑ってたとされる過去の自分は影法師のようにのっぺりと不在で、街中の光彩と対極にありました。
※※※
ママに買い物を頼まれ街を歩いていると、セラがバイト先の入り口に居た。……ねぇ、何でかな。どうして私の彼氏とおでんを食べているのかな。いつから? 何仲良くお喋りしてるの? なぜ雪はこんなに冷たいの? 冬に訪れる妙な寂しさの正体は?
胃が重い。私はそれでも、よろけないように、滑らないように、しっかりと自分の足を見ながらその場を去った。
※※※
「おっはよ、ユリっ」
彼女は『ああ、うん』などと気のない返事をした。ほら見てユリ、あそこに居る鳥はずっと鳴いてるね。相手が見つからないのかな? 大丈夫、きっと見つかる。だってこんなにも綺麗な声だもの。ねぇユリ聞いてる? 5分休憩だよいつものように後ろを向いて。次は? 次も? お昼休憩だね。ちょっとお腹でも痛いかな? でも黙って立ち去るのはよくないよ親友だもんねぇどうして。——どうして。
いつもそう、いつもそうだから仕方ない。仕組みがそうなの。ひとつ良いことがあればひとつ悪いことが。どんなに完璧に見える円でも厳密には違うの、ほら見て、鉛筆で書いた綺麗な円を、顕微鏡で拡大するとギザギザで、とてもじゃないけど。だから美しいの。だから諦めがつくの。完全無欠なんて初めから無いと自覚さえすれば。だってそうでしょ? いくらでも完璧な物を作り出せるのなら行き止まりなの。言うまでもないよね? 百分の一歩でも進めば大きな進歩。人間は可能性に夢を抱いてる。
わかってるんだよ、きっと昨日の事。あの男がキッカケ。確証は本人たちに聞くしかないけど。
法則がきちんきちんと働くならば、私は働かない。つまり無断でアルバイトをお休みしました。電車の窓の向こう、透明な隔たりが温度も感覚も奪って。山の中には生命が、あの灯りの中も生命が。狭い枠組みの中ですら異邦人となり、誰の造物でもない不確かな存在。人が用意したレールを走り、同じく人が用意した駅へと降り、寒風とみすぼらしい光に満たされた建物をふらふらと。人類は何故電球を生み出したのか。太陽への憧れか。ずっと昼間だったらいいのにとか子どもじみた我儘なのか。
どこから狂ったのか。動物を見ると得られる安心感の正体は? 失われた自然な状態を見出すからだ。不自然な衣服を纏い、着飾り始めたその段階から間違えていたのだ。未開のまま、尊厳だけが屹立している方がずっとマシだ。
大きく空間を移動すると頭蓋骨と脳の間のサナギが音を立て剥がれ落ちる感覚がありますよね? 生まれ変わりたい切望も無為に終わり、ずっとサナギのまま。そんな自分に静かな軽蔑を投げ、僅かにひそめた眉ですら体力を奪い取る。ただじっとしていたら、沈黙の泥濘に落ち着いていられたら。
それでも人は、私は歩みを止めない。慰めとなる虚な真実を求め彷徨う、埒も無い意志の奴隷。酪酸に飛びつくダニと同等の。
……苦痛を減らすことが幸福への近道。いつか本で読んだのかな。賢い人が書いたのだからきっとそうなんだね。きっとそう。ユリは悲しむかな。お父さんお母さん泣いてくれるかな。あ、そうだ。最後にみんなに電話しよう。
※※※
「あんたどこにいんの?」やっと繋がった。駅構内に消えてゆくセラの背中を見てから随分と時間が経っており、遠目でもわかるくらい憔悴した足取りは静かに喧騒へと紛れた。
パパとママには長く反対され続けている。彼女はアナタの人生を奪った、だから付き合いはやめなさいと。穿たれた溝、軋轢は轍となり、新たに悲しみを流入する。
……つまらない大人の意見、見栄、世間体。そうだったハズなのに、優しく仲直りしたかっただけなのに。開口一番私は間違え、気持ちとは裏腹に冷たく言い放ちその左手を固くした。
「ああユリ、私も電話しようと思ってたの」こんな気分だからだろうか、それとも虫の知らせか。彼女の声には全く現実感がこもっていなかった。
「何かもう辛くってさ、もういいかな、もういいよね?」
「何!? 風の音で聞こえない! どこから電話してるの!?」
「鳥さんはいつもこんな景色を見てるんだね」
「ねぇ私、当たり前だけどとっくに許してるんだよ!? 今日の事だってその……私が大人げなくって——」
「……駄目だったの。皮膚の裏に張り付いたみたいで全然取れなくて。でもね、簡単に追い出す方法を思いついたの」
わかっている、わかっていたんだ。セラも私も見つけられなかった。全てを忘れてただ、笑い合える屈託のない関係を。おこがましかったのかな、救ってあげたいって気持ちが何処かで邪魔をして、ギクシャクと軋みをあげて。
それでも私は、同じ目線で一緒に現実を生きて欲しかった。——それだけなんだ。
「バカな事はやめて……」「たくさん考えたからきっと正解だよ」電話は唐突に切られた。
※※※
「あ、店長。すみません勝手に休んで」全く今日も忙しい。その上セラの奴は無断欠勤だ。こりゃ焼肉もスシもナシだな。彼女は冗談が好きだがこれは笑えない方だ。
「まあそんな日もあるさ。代わりに来週の月曜とかどうだ? ていうか今何してんだ」
「ちょっと無理そうですね、結構高い所から飛びますんで」そらきた、いつものつまらない冗談が。大方あの男にでもうつつを抜かしているんじゃなかろうか。若いと盲目で狭い了見に閉じ込められてしまうモノだ。官能に浸るのも悪くないが責任は果たさないとな。
「おうおう、飛んでみろ。何のこっちゃかわからんがな」
「誰の責任でもありませんからね」通話は終了した。
※※※
「……なんだよ」当然の返事だ。彼女にはもう連絡するなと言ってある。気が滅入るんだよ、ずっと思い詰めてて、その正体も分からずに、掴めずに終わった。最初は知りたくて、一緒に悩んで、笑わせてあげたかった。楽しく過ごしても彼女は直ぐに元通り。暖簾に腕押し、気持ちは通り過ぎて泡と化す。
「……何でだろうね」
「……」
長い沈黙が訪れる。俺は遠慮を捨て質問をする。
「なぁセラお前、もう教えてくれよ。何がお前をそんなに、その……苦しめていたんだ」
「……誰かが私の罪を取り除いてくれると期待してたの。それ自体が」
「それを素直に話して一緒に解決しようってのじゃ駄目だったのか……?」
「他人を巻き込むくらいなら……うーん、私はただ、ただ単純に笑っていられたら……でも」
「お前はその、優しすぎたんじゃないのか? そのせいで臆病になって、上手く言えないが」
「私の右手は悪い子で、大切な人を傷つけて……震えてるのずっと。手だけじゃない、耳も目も、何もかもが私を奪って連れ去って、立ちくらみみたいな感覚が消えなくて……何処に居れば、何を思えば、何をすれば——優しくなんかない。結局全部自分の罪の意識を遠ざける為の代用で、結局意味なくて、人に勝手に期待して、勝手に失望して最低でどうしようもなくて——」
彼女の話はあまりに支離滅裂で、しかしながら初めて聞いた感情の発露だった。誰かに問題の解決を委ねる、確かにソレは無責任で自分勝手に思える行為かもしれない、一見な。人はその先に失望が待っていようとも期待して、もつれて、何処かに収まるんだよ。助け合えるんだ。だが、途中で愛想を尽かした俺からはこれ以上……
「……ごめんね、ノシマ。夜遅くに、ありがとう」消え入りそうな声が耳にいつまでも残った。
※※※
「寒いね、お母さん」「そだねー」
「……ふざけてるの?」「全然ー」
馬鹿で詰めの甘い娘よ、思い知るがいい。母の愛がなんたるかを。理路整然とした頭脳から繰り出される数々の行動を。運動不足からくるふくらはぎの悲鳴を。
まあ確かに私とて、アホちんセラちゃんの暗いわだかまりを取り除くことはできず。でも考えてもみなさい、道化が不在の家庭を想像なさい。感傷に打ち沈むことの愚劣さ……これは言い過ぎか。
「お母さんってホントに意味わかんない」
「わかりみが深い」「いちいち古いし」
「バイトつらぽんだね」「うざ」
「お腹空かない? アンタのコンビニの新製品、アレなんだっけ、鶏肉の」
「ピリ辛すぎスパイシーチキン158円(税抜)」
「明日買ってきてよ」「……」
「お母さん、あのね、ユリは……本当にいい子で、強くて……でもね、ユリのお父さんやお母さんがどんな目で私を……学校の皆んなだってそう。だから私……」
「決めましょう、今」
※※※
風が強く吹く。
ここから飛ばなきゃ、また明日が来る。
どうして私が動物を埋めたり、花を撫でてあげるかわかるよね? どうしてこんなに、胸が苦しいのか。
どうしてこの涙は……止まらないのか。
雄牛は角があるから攻撃するのでなく、その意志が『あった』から角を得た。ウサギは何かを察知する為に長い長い耳を持った。人間の場合は? 発達した脳は、どんな切望を叶えるか。種族を増やす為だけならばこんなに大きな脳は。生存から外れた意思は余儀なく苦悩を生み出す。
私の行動を、大袈裟だと思うだろうか? 私の渦巻く想念を、バカな青春の1ページとして揶揄する人が居るだろうか?
……私は普通の女の子。この現代社会で生きる、どこにでも歩いてる凡庸極まりない、思い煩う人間。若年壮年問わずいつかは悟るの、この胸苦しさが人類の終焉まで続くのなら、繁栄と繁殖と少しの享楽なんか腹の足しにはならない。だったら、だったらもう——
※※※ ※※※
相田セラはいつのもように見取る。瞼の裏にこびりついたあの日の映像を。いかなる足跡にも纏わりつく罪科を。何度も払拭を試み、その度に失意に陥る。
目を開くとなんてことない退廃的景色が広がる。死は歓喜など呼び込まない。ただ、全てを無に帰すだけだ。
彼女は引き返す事もできる。温かい布団で寝る事もできる。友人の胸に飛び込んで、涙で訴える事も。
だがそれらと同じように、【同じ自由意志】を持ってして自死の道を選択する。だがそれは本当に……
※※※ ※※※ ※※※ ※※※
この期に及んで私はどこかで——いや、もういいんだ。先の事など、退屈な人に考えて貰えば。あなたたちの望む世界で、あなたたちが好きに生きれば。
やっと解放されるんだ。この足の震えはきっと喜びの。そうだよね? ユリ——
「セラッッ!!」……の声? まさかね——彼女と思しき人物を視界に入れた瞬間、両耳を激烈な力で引っ張られた!
「痛たっ!?」
「こんばんセラ」クソバ……お母さん!?
「こっそり回り込むこと忍者の如し」お父さん!?
「セラ聞いて! パパもママも聞いて!!」ああそうだねじっくり聞きたいモノだけどこのアホ共が——
「放してよ!!」
「放さん! 忍者だけにな!!」って、あっちに居るのはユリのお父さんとお母さん……? なんで……ユリはお構いなしに話を続ける。
「私何度も言ったでしょ!? 私とセラが友達でいるのがそんなにイヤ!?」
「ユリちゃん……あのね……」
「わかってないんだよ! 見てない! アンタらが目ぇ逸らしてるから、セラがここまで……謝ってよ、今!!」ユリは続けざまにこちらに視線を移す。
「私はね、セラ。アンタを庇いにきたワケじゃないから」膝が……足が震える。吐き気を通り越して痛烈な眩暈が全身を弛緩させる。焦点の拠り所を探すので精一杯で、感覚器官は不活発で。
「アンタも逃げてる。私だって逃げてた。顔上げて? パパとママを見て?」苦しいよユリ。どうして今になってこんな……ユリ、ユリ……。
「——っ」
不確かな、冷たい、ガサガサとした、そうコレはあの日の棒切れ。今、あるの? 私の右手の中に、いや、ずっと……?
「セラッ!!」
ああ、もう、ねぇ? 怒鳴らないでよそんなに考えが、今私の心は、意識は平気で瞬間で地球を一周しそう。ユリの長い髪はあたかもゴールみたいで——
「ぁ……の……」駄目だ私は本当にどこまでも果てもなく。駄目なんだ私は、わたしは……
「セラ」父と母は私の拘束を解いた。暗黙理の沈黙が意識を引き戻し雪や街の光が霞んで広がる。これでもかと涙を溜め込んだ瞼は皮肉にも道を示した。
私はよろけないように、しっかりと自分の足を見ながら歩を進める。
「……ずっと嫌でした。…………ずっと、辛かったです……だから……」
ユリの両親は俯き、顔を見合わせた後、こちらに目を向ける。その表情は今の私と同じ性質だと思われた。
「僕たちは、なんて酷い……ごめん、ごめんよセラちゃん……」
「アナタの人生を奪おうと、そればっかり、そればっかりで……」
「……もういいんですよね……? もう終わりなんですよね……?」
手のひらに雪が舞い落ち、ゆっくりとソレは溶けて消えた——
両親たちの後ろを私とユリは歩いていた。
30回目にして最後の、友情の握手を交わしました。……どうして最後なのかわかるかな?
それは温かく、固く、誰にも犯されない友愛の感情が2人の間に芽生えたからです。……あっ!
「ねぇユリ、今日怒ってたのって、もしかして……」
「ああ振ったよあんなバカ。ね、それよりさ」
「ん?」
「もう私たちで付き合っちゃおうか」
「ふへ、それはスリリングだね(?)」
※※※ ※※※ ※※※ ※※※
【ヨクアールストア】
「ご迷惑おかけしました。あ、店長。今日街路樹の下に蝉が居たんで埋めてきました」
「おお、じゃあサボった罪は帳消しだな」
「なので焼肉を……」「焼肉を舐めるな」
【実家】
「イェーイセラちゃん! おかえりなさいま!」
帰宅すると異様なテンションの母がクラッカーを鳴らしながら現れた。
「えっ今日、何かあったっけ」廊下の奥から父も素早く現れる。
「フフ、今日は『普通の日』でゴザルよ」
「そっか! そりゃめでたいね!」
「ほらそれより! 鶏肉出しなさい!」
「はいはい……」
慎ましい祝宴が始まる。そしてこの日、間違いなく家族の心が1つとなった。
(————辛っっ!?!?)
【通学路】
「おっはよ、ユリっ」
「ああおはよ、ってセラあんた、近い、近いよ!」
失われた時間は元には戻らない。でも、暗い過去は私の人生に大きな意味を与えた。私のように渦中に溺れる人を助けたい。おこがましいかもしれないけど、この頃そう思うんだ。
だって道は、沢山あるのだから。
「春だねぇ」
「うん、春だ」 おしまい
増長する贖罪の意識と逃れ難き罪とコンビニエンスな死 おみゅりこ。 @yasushi843
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