第35話 天羽家の食卓


「修君、私と土御門さんは先に行ってるわ。

 ご兄弟に連絡して置いてくれる?

 というか、まだ起きてるかしら」


 輝夜ちゃんはが立ち上がって、そう言ってくれる。

 それが、俺に気を使った言葉だって事は直ぐに分かった。


 時間は午後11時30分。

 春渡は起きてるんじゃないかな。


「連絡しておくよ。鍵も渡しておくね」


「そ、じゃあ行きましょうか」


「え、どういう事よ」


「親子水入らずって聞いた事ないかしら?」


 輝夜ちゃんが、寝ている父さんの方を指して瑠美に伝える。

 そこは、多少馬鹿にした雰囲気があるが瑠美は指示された方向を一瞥して、言葉をかみ砕く様に頷いた。


「そういう事……分かったわよ」


 そう言うと、フルルが飛び出してきて二人を黒い魔力で包んだ。

 転移の術式か。フルルって結構便利なんだな。


 そんな事を考えながら、俺は倒れた父さんの方に近づく。


「ボコボコにされたみたいだね」


 うっすらと目を見開いて、父さんは俺の言葉に返答する。


「あぁ、強かったよ。

 本当に、尋常ではない程だ。

 あのような術者が居るのなら、世界征服など夢のまた夢だったな」


 世界征服なんて、本気でやる気なかったクセに。


「父さんはよく頑張ったと思うよ。

 でも、父さんの歩む道は英雄の領域だ。

 普通の父さんじゃ、前には進めない」


 何処かで必ず、英雄級の誰かに止められる。

 今回の様に。


「私は何がしたかったんだろうな……」


「知らないよ。

 でも、俺のせいでもあるんだって分かってる。

 俺から皆を守ろうとしたんだから」


 父さんは言った。

 俺に恐怖したと。

 俺を怪物の様に思ったと。


 俺はそれを聞いて思った。

 俺も最初は、英雄が怪物にしか見えなかった。


「ごめんね。もう父さんは十二分に頑張った。

 だから、もう不運のせいにしても良い時間だよ」


 幸運が努力した人間にのみ現れる物なら、不運に縋れるのもまた努力を熟した人間だけだ。


 努力したって成功するとは限らない。

 努力したけど不運だから失敗した。

 そんな言い訳をしてもいいくらいに、父さんは頑張った。


「父さん、母さんに会わなくていいの?」


「お前は、本当に何でもお見通しか……」


「言われなくても分かるさ。

 だって、父さん地下で俺に言ったじゃない。

 母さんに会いに行ったんでしょ。

 どうして、どんな用事があったの?」


 だって、もう父さんは数年で死ぬのだ。

 母さんに会ったって、父さんに出来る事なんて何もない。


「用事などある物か。

 ただ、会いたくなった。

 それだけだよ」


 もう答えを言っている様な物だ。

 家族の為に、大黒柱として戦った。

 最大限に奮闘した。


 それが、この人の行動の全てだ。


 そんな父親を、どうして尊敬せずにいられるか。


「戻っておいでよ。

 数年の命でも、俺は家族誰も欠ける事のない食卓に憧れるんだ」


「私を家族と知っているのは、お前だけだろう」


「説明するさ。

 父さんだって、春渡にも楓華にも説明する」


 俺がそう言うと、父さんは少し驚いた顔で言った。


「お前……あいつの記憶を消したんじゃ無いのか?」


「母さんの記憶は消したけど、何か変な事でもある?」


「じゃあどうして、私が考えた名前が2人に付く……」


 へぇ、そうだったんだ。

 父さんが考えた名前だったんだ。

 知らなかったよ。


 確かに、それは可笑しな話だ。

 俺が記憶を消したのは父さんが出て行って直ぐだ。

 春渡と楓華が生まれたのは、その三ヵ月ほど後。

 その名前を母さんが覚えている訳がない。


「メモとかしてたんじゃない?」


「そんな筈はない。

 あいつに、双子の名前の話は一度しかしていない。

 メモなんて取って居なかった」


「じゃあ、憶えてたんでしょ」


 俺の魔法だって完璧に脳を弄り回せる訳じゃない。

 ただ、既に解明されている脳機能を若干弄れる程度だ。

 だから、俺が操作していない場所に記憶が保管されていた可能性はある。


 まぁ、それは俺の知識と現代科学では『魂』としか呼べない領域ではあるのだけれど。

 安倍晴明の件もあるしね、不思議とは言わないよ。


「憶えていた……そうか。

 分かった、戻るよ。

 でも、記憶は戻さなくていいし二人への説明も要らない。

 もう一度、あいつを口説くところから初めて見るよ」


 まぁ打倒かな。

 今、母さんの記憶を戻して正気で居られる保証はない。

 父さんが消えて、捨てられたと思った母さんは病んだ。


 それを解決する為に記憶を消した。

 父さんを戻して、記憶を戻して、そして残るのは男漁りの毎日の記憶。

 不貞を繰り返したという事実だ。


 そんな、感情の波に常人が耐えられるとは思わない。


「そうして上げて」


「あぁ、修……悪かった」


「何が?」


「お前は間違いなく転生者だ。

 けれど、間違いなく私の子供だ。

 その事実から逃げた事を謝る」


「何言ってるの。

 俺は父さんの選択を謝罪の必要な事だとは思わないよ。

 父さんの元に生まれて、謝んなきゃいけないのはこっちの方だから。

 迷惑を掛けて、家庭を壊して、本当にごめんなさい」


 誠心誠意俺は謝罪する。

 俺が生まれてこなければ、こんな事にはなっていない。

 それは仮想ではあるが、極めて確立の高い事実だ。


 だからずっと、ちゃんと謝りたかった。


「私はお前の父親だ。

 その程度の事を、謝罪される謂れは無い。

 子供の迷惑をどうにもできなかったのも、家庭を守れなかったのも私の不徳。

 ただ生まれただけのお前に、責任は何もない」


 それから10分くらい、家庭の事を話した。

 それと、母さんが良く通ってるホストクラブの話とか。


 父さんは少し嫌そうな表情をしたけれど、自分も浮気してると指摘すると「分かって居る」と少し怒ったような表情で言った。



 ◆



「第一回、お兄ちゃんの彼女選手権かいさーい!!」


「しないわ」


「しないわよ」


「しないよ」


「しないね」


「ノリ悪いのは彼女ポイントマイナス1点だよ!」


 いや、そのポイントマイナスされるとどうなんの?

 てかプラスの場合も気になるんだけど?

 俺の人権勝手に売買されてない?


「は?」


 若干一人ガチギレしてる人いるし。

 輝夜ちゃん、ほら3つも下の後輩が言う事だからね。

 落ち着こう落ち着こう。


「っていうか、お兄ちゃん魔法使いだったんだね。

 宛が外れたなぁ」


 楓華が笑いながらそう言った。


 もっと驚くでしょ普通。

 と思ったけれど、春渡は「まぁそんなとこだろうとは思ってたけど」なんて澄ました顔で言っている。


 テーブルの上に並ぶ寄せ鍋が煮える前の、隙間時間で始まった俺の彼女選手権は1分と経たずに終了した。


「それにしても、まさか春渡が2人に協力するなんて思っても見なかったよ」


「兄さんを助ける為って、ピンクの髪の人に説得されたんだよ。

 なんか、斬られた気もするけど」


 ステラの聖剣は、斬りたい物だけを切断できる。

 不信感を斬れば信用を得られたりする。

 ステラってホント、強引だから。


「なんで、私の方を見るのよ」


「いやぁ、つくづく似てるよなぁーって」


「誰と比べてんの?」


「ごめんごめん、そろそろ煮えたんじゃない?」


「そうね、取り分けて上げるから取り皿を貸してくれるかしら?」


「え、ホント? ありがと」


 気の利く女の人って凄いよね。

 尊敬する。

 そう言う意味じゃ、輝夜ちゃんって世界有数の気遣い名人なんじゃなかろうか。


「何か、凄く嫌な綽名を付けられた気がするわ」


 おぉ、流石空気を読む達人だ。

 まさか、読心術まで体得するなんて。


「あなた、さっきから顔に書いてるみたいな表情してるわよ」


「ごめん。こんなに賑やかなのは久しぶりだから」


 俺の言葉に、春渡と楓華が同意する。


「確かにね」


「だね~」


 この食卓には俺と楓華と春渡の3人しか座らない。

 この前、輝夜ちゃんと瑠美が来てた時も楓華は居なかった。

 だから、ここの5席が埋まるのは久しぶりだ。


 父さんと、母さんと、俺と、楓華と、春渡、の5人用のダイニングテーブル。

 埋まった所を見たのは、初めてかもしれない。


「だったら、また賑やかしに来て上げるわよ修」


「おぉ、これは完全に外見以外のスペックじゃ輝夜さんの勝ちかなぁって思ってたけど、瑠美さん思ったより気の利いた事言える?

 彼女ポイント1点加算ね」


「ねぇ、だったら私のスペックの総得点は何点になっているのかしら」


 ちょっと?

 輝夜ちゃん競争ガチ勢過ぎない?


「そりゃもう、ほぼ最高得点ですよ」


「ほぼ? まぁ今はそれでもいいわ」


 ちょっとそこの黒髪大和撫子さん?

 横目で瑠美にマウント取らないの。

 瑠美の察し悪すぎて気が付いてないんだから。


 瑠美さん今お肉に夢中なんですよ。


 ていうか、そっちはそっちで食べすぎだよ。


「そんな食べたら太るんじゃないの?」


「私どれだけ食べても太らないから大丈夫よ」


 そう言ってパクパクと肉を口に運ぶ瑠美。

 それを輝夜ちゃんが忌々しそうに見ている。


 こんな時間が、ずっと続けばいいのにな。

 なんて、少女漫画みたいな事を思った。




 ◆




「送ってくれなくても良かったのよ?」


 夜道を俺は輝夜ちゃんと歩く。

 時刻は深夜3時過ぎ。

 何故か春渡とゲーム勝負を始めた瑠美が原因だ。


 ちなみに、瑠美はまだ家にいる。

 輝夜ちゃんを送った後瑠美も送る予定。


「女の子をこんな時間に1人で歩かせる訳には行かないでしょ」


 とはいっても、転移で直ぐなんだけどね。


 輝夜ちゃんの家は、普通の一軒家だった。

 二階建ての家で、少し敷地は広め。

 とは言え、豪邸なんて呼べる物じゃ無くて5、6部屋の普通の民家。


 玄関口の灯がついている。

 まぁ、娘帰って来てないしね。

 もしご両親とか出てきたら謝んないとな。


 なんて、考えながら柵の外から輝夜ちゃんが扉を開くの眺める。


「輝夜! こんな時間に帰って来るなんて何考えてるんだ!」


 輝夜ちゃんが、ドアを開けた瞬間そんな怒声が響く。


「そうよ! こんな夜更けにどこ行ってたの?

 貴方はもっとちゃんとしなきゃダメじゃない」


 ちゃんと……か。


 両親揃って、中々にハードな家庭の様だ。


 少し、柵を越えるか悩んでいると輝夜ちゃんが手を振る。

 手招きじゃないって事は、大丈夫って意味なんだろう。


「私をこういう風に育てたのは貴方達でしょ?」


 輝夜ちゃんは、凛とした姿勢でそう言い切った。


「私は、貴方達から教えられた価値観に沿って行動しただけ」


「何を言っているんだ! 俺はお前がこんな夜中まで何をしていたのか聞いているんだ!」


「それを答える必要ある?

 私は、私にとって重要な方を優先しただけよ。

 もしかして貴方達、自分を私に優先されるだけの価値ある人間だと思っているの?

 貴方達の教えてくれた私の価値観によれば、貴方達にはそんなに価値は無いの。

 自覚してくれる? お父さん、お母さん」


 圧倒的な迫力で。

 堂々と。


 輝夜ちゃんは言い切った。


「お前! 誰が育ててやったと思ってるんだ!」


 パチン!


 と、音が響く。

 輝夜ちゃんの髪が、乱れて舞った。

 ドアの奥に隠れて良く視えないけれど、叩かれた様だ。


 けれど、唇から垂れる血を拭いて輝夜ちゃんは笑った。


「ほら……こんな貴方達に、一体どんな価値があるというの?」


 そう言って、輝夜ちゃんは家の中へ消えていく。

 扉が閉まり、俺には中の様子は分からなくなる。


 けれど、心配する気にはならない。

 だって、輝夜ちゃんは強いから。

 暴力的にも精神的にも、輝夜ちゃんは強さを手に入れた。


 今更、毒親程度で輝夜ちゃんは犯せない。



 ◆



「南沢の家ってどんなのだった?」


「えー、瑠美の家よりは大分小さいよ」


「そう言うのじゃ無くて家庭の話よ」


 今度は瑠美を送りながら、そんな話をする。

 輝夜ちゃんが呪われてたって知ってるから気になるのだろう。


「心配しなくて大丈夫だよ。

 輝夜ちゃんは強いから」


「……まぁ、それはそうね」


 瑠美の家にも一瞬で到着する。

 この家、もうちょっと術式へのプロテクト高めた方が良いと思うんだけどな。


「お前か……瑠美の友人というのは」


 家の前で、おっさんが立っていた。

 弓道部とか剣道部の人が着る、袴姿だ。


「お父様……」


 へぇ。じゃあ現当主じゃん。

 結構歳いってるな。50くらい?

 白髪がチラホラと見える、けれど顔つきは厳格の一言に尽きるほど厳つい。


「なるほどな」


 俺を訝しげに眺めて、当主は言った。


「なんです?」


「いや、感謝して置く事にするぞ。

 我が側室を止めてくれた事」


 知ってるのか。

 数時間前の事件の事を。

 ということは、この家はこの家で土御門宮子をマークしていたのだろう。


 そもそも、側室に選んだのも監視が理由なのかもな。


「そうですか。

 あぁ、ご息女をこんな夜更けまでお借りして申し訳ありませんでした」


「いいや、構わないとも。

 君の様な優秀な魔術師の子を産むのも、務めの一つだからな」


「お父様、止めて下さい」


「なんだ、まだなのか。

 早く誘えばいいものを」


 なんだ、ただのエロジジイか。


「ていうかなんで、俺が魔術師だって知ってるのか聞いてもいいかな」


「年長者への礼儀はどうした」


「生憎、尊敬できる人とできない人は相手に分かる様に区別するべきだと思ってるからね」


「そうか、そうだな。確かに君の実力ならば、俺など尊敬には値せんか」


 そう言うと、当主は豪快に笑った。


「ごめん修……お父様は家の大きさにしか興味が無い人だから」


「へぇ、だったらちゃんと次の当主は正確に選びなよ。

 どうせ、瑠美以外を選んだらこの家は破滅するとは思うけど」


「君が我が家に嫁ぐという選択肢もあるがな」


「それは、まぁ今はなんとも」


「そうか。まぁ、急ぐ必要はない。

 帰るぞ瑠美、今宵の務めは免除してやる」


「はいお父様。

 じゃあね、修」


「あぁ、また学校で」


 なんとも、家族っていうのは難しい物なんだな。

 まぁ、我が家も例外ではないけれど。



 家に戻ると、家の玄関に一人の女性が立っていた。

 歳は37。

 昔はしなかった厚化粧を覚えて、お酒や煙草やギャンブルに金を使う楽しさも覚えた。


 そんな、俺の愛すべき家族。


「おかえり、母さん」


 茶髪の女性。

 ボディラインが強調される服装で、胸元は空いている。

 赤い洋服を好んで着るのは男が釣れる確率が上がるから。

 なんて昔に聞いた気がする。


「あら修ちゃん。ただいま」


「前よりは派手じゃ無くなったね」


 これでも収まった方なのだ。

 今はアクセサリーも最低限だし、バックも慎ましい色の物へ変わっている。スカートの丈も長くなった。


 それでも夜の女性として、目立つのは避けられない事実だけれど、前よりは大分マシになったのだ。


「そうかしら。

 こんな歳で引かれるかもしれないんだけどね、お母さん恋しちゃったかも」


「へぇ、いっつもしてる気がするけど……相手はどんなホスト?」


「それが最初はホストかと思ってたんだけど、お客さんらしいの。

 一度だけ話したんだけど、凄く紳士的な人でお話するのが楽しくて。

 また来ないかなって、ずっと通っちゃったりして。

 気持ち悪がれてないかなとか思っちゃって。

 あの、杖を突いた人……また会えないかしら」


 杖を突いた人か。

 心当たりが一人あるな。


「会えると思うよ」


「え、どうして?」


「なんとなく、勘だけど」


「そう。でも、修ちゃんの勘は当たるものね。

 じゃあ、お母さんも会えた時に嫌われない様に頑張らないと。

 酒癖とか煙草とか、禁欲もして女磨きしなきゃな。

 あぁ、なんかお母さんキャラじゃない事言ってるなぁ~」


「いいや、母さんは清楚な方が似合うと俺は思うよ」


「そう? こんなのでもまだ清楚になれるかしら」


「なれるよ、俺も協力するから。

 その好きな人に振り向いてもらえるように頑張ろ」


「うん、ありがとね。修ちゃん」


「当然だよ」


 俺は母さんの……



 ――家族なんだから。





〜完〜

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