第28話 天才精霊師の復讐
稚拙。
輝夜ちゃんの魔術には、そんな感想しか浮かばない。
「どうして……!」
黒いキューブの魔術が連続で放たれる。
それは、輝夜ちゃんの意思に沿って変則的に動く。
追尾機能付きって事だ。
けれど、その魔法は俺には当たらない。
最小限の回避用の術式と防御術式で、完封できる。
籠った魔力も威力も、術式の複雑性も君の術の方が強い。
でも、意思に沿うというのが問題だ。
魔術戦のセオリーすら知らない彼女に、それを有効に制御できるだけの知恵は無い。
「俺の固有術式を警戒して、1対1を2度するって方針にしたのはいいよ。
でも、だったら先に挑んでくるのは君じゃ無いでしょ」
ミルが協力しているのなら、瑠美の能力値は今までの比ではない筈だ。
術式の操作、術式の相性、何より使用できる魔力限界。
その全てが、超越した瑠美を先に戦わせるべきだ。
瑠美が相手なら、俺が固有術式を使わなければならない可能性は高い。
そして、俺の固有術式の代償は魔力全損。
魔法の使えない俺が相手なら、輝夜ちゃんでも勝つのは容易だ。
「うるさいわよ、この私に説教?」
「そうだね。
何せ先輩魔術師だから、よければレクチャーして上げようか?」
「結構!」
キューブの術式に加えて、速度のある弾丸の術が加わる。
キューブより弾丸は速度が速いが、コントロールは無い。
早い弾丸の術と、操れるキューブの術の併用。
こっちの防御を崩す並列詠唱か。
まぁ、悪くは無いけどね。
「まだ、俺の処理速度の方が高いかな」
結界、空中闊歩。
そして、魔力集中による拳撃での弾き。
「嘘……!」
魔力を見て、術式の発動前にどんな術が発動するのか解析できる俺に、手数勝負は得策とは言えない。
そもそも、その頼りの手数の勝負でも君は俺に負けている。
「精霊の力を使いこなしている、とは言えない稚拙な術だ」
「私をここまでコケにしたのは、貴方が初めて」
「光栄だね」
「死ね!」
さっきと同じ。
弾丸とキューブの二段構えの魔法。
俺はそれを回避と結界で、受ける。
その時、輝夜ちゃんは笑った。
「だからさ」
俺を通り過ぎた弾丸の魔法が、直角に二度曲がる。
弾丸の術の特性を勘違いさせた上での、視覚外からの奇襲。
「40点かな」
俺は、背中を守る為に六角形の集中結界を展開する。
弾丸は結界に弾かれて消滅した。
「どうして……?」
「術式解析で弾丸の術の特性は把握してる。
そもそも意表が突けてないって事。
そして、魔力感知で術の位置は把握してる。
俺にとっては、視覚外からの攻撃でもなんでもないよ」
まぁ、そこらのC級魔術師程度なら相手できるんじゃないかな。
けど、俺はB級だし、そこらのB級に負ける気の無いB級だ。
「そんなに自分で勝ちたいかい?」
そう言うと輝夜ちゃんは俺を睨みつける。
彼女が先に出て来た理由は一つしかない。
自分で俺を倒す。
そんな自己中全開のエゴイズムで彼女はここに立っている。
今、俺は瑠美を警戒して固有術式を使えない。
だからこそ、輝夜ちゃんには俺に勝てる可能性がある。
俺は如何に魔術師として技能があろうと、闇精霊を従える彼女と純粋な魔力量の勝負になれば勝ち目は無い。
「自分が、一番優れている事を常に証明し続ける。
その君の性格を俺は評価しているよ。
でも、気持ちで事実は変わらない。
それは、君が一番良く分かって居る事なんじゃないのかな?」
気持ちで魔力は増えない。
気持ちで強くなったりはしない。
憧れても、届かない夢もある。
俺と君は似ていると、どこかで思った。
きっとだから、俺は君に惹かれたのだろう。
でも、そうだな。
失礼だった。
――殺気。
「死んで」
「謝るよ、南沢輝夜。
俺は、君を侮っていた。
君は
――
彼女が、真面に見えていたのは彼女の人生は基本的に成功していたからだ。
そんな中、彼女は生まれて初めて失敗している。
敗北している。明確に、相手と直面し、誰にでも分かる敗者の感じる視線を味わっている。
それが、彼女のタガを外して行く。
俺は、彼女にはまだ精霊師としての力は無いと思っていた。
さっきから、確かに闇系統の術を使っているがそれは、所詮フルルに術式を代行処理させているだけの代物だ。
本当の意味で、精霊の力を引き出していた訳じゃない。
事実として、今まで彼女はその本領を会得していなかったのだと思う。
強い怒り。
強い失意。
そして、何よりも強い向上心。
「今なら、私はなんでもできそう」
精霊とは意思の塊だ。
そして、その精霊が最も影響を受ける意思とは宿主の心だ。
急成長にも程がある。
圧倒的な習得速度。
それが、彼女の才能だ。
「精霊武装・
彼女の魔力、いやフルルという精霊そのものが変質している。
その本領を発揮する為に、精霊を装備の一種として扱う精霊術。
銀色の和装が、輝夜ちゃんの身を包んでいく。
髪が纏め上げられ、姫の様に豪華な簪が刺さっている。
手には、スマホが変質した黒い扇が握られ、開いたそれは彼女の口元を隠す。
「輝夜ちゃん、もしかしてバチギレてる?」
「当然でしょう。
私は私の上に居る人物を引きずり落とす事を、努力で無いとは思わない」
やっぱり、輝夜ちゃんは輝夜ちゃんだ。
それでこそ君だ。
「天羽君、もし生きていたら私の靴を舐めさせてあげる」
そう言って、彼女は扇子を俺に向けた。
「わお」
今まで、スマホを用いて彼女は5~8個程度の術式を多重詠唱していた。
でも、今彼女の後方に展開された魔法陣の数は。
目視観測。術式把握。
――188個。
「貴方、鼠みたいにちょろちょろと動き回るのが得意なんでしょう?
好きなだけ、逃げて見せなさい」
「たんま!」
「ばーか」
魔法陣が一気に光る。
術式内容自体は、さっきまで使っていたキューブや弾丸と同じ物だ。
でもちょっと、その数は反則が過ぎる。
「くそっ!」
悪態をつきながら、俺は術式を急いで構築する。
厚さ5mm。プロテクト。
対抗術式、多重詠唱、フラッシュバレッド。
回避術式・身体強化――スピードブースト。
空中凝固、エアウォーク。
……集中しろ。
魔力感知、全力集中。
全術式の位置と軌道を把握しろ。
怒ったからって思考その物が急に進化する訳じゃない。
キューブの操作を先読みして、誘い出せ。
188の黒い雨を、凌ぐ。
空へ飛び、身体結界で弾き、スピードで抜く。
魔法陣自体を光の弾丸で壊し、一発一発処理して行く。
残り160。
140。
100。
70。
50。
20。
5。
「
ぱちぱちぱち。
抜け出す瞬間、手を叩く音が聞こえた。
「おめでとう、鼠改めゴキブリ男。
空間断裂」
俺の身体は、その魔法によって切り裂かれ……
「はぁ、やっぱり純粋な魔力勝負なんてするもんじゃないな」
俺は、輝夜ちゃんの肩に手を回して、耳元でそう呟いた。
「どうして……いいえ、何をしたの?」
「うーん、魔力隠密と光学術式のインビジブル。
それに幻影術式のダミー。後は、転移だね」
やっぱり、俺にはこういう戦い方が己の
「攻撃に処理限界を割くのは頂けないな。
6対4くらいで、常に相手の反撃は意識しなきゃ」
大規模な魔法を使える事は素直に褒めよう。
それでも命中しないのならば意味はない。
魔術師の戦いとは、術理の読み合いだ。
それが分からない君は、まだまだ三流だよ。
「お休み輝夜ちゃん」
催眠術式・スリープ。
眠りの魔法を発動させようとしたその瞬間。
「修君」
輝夜ちゃんは、俺を名前で呼んだ。
「え?」
「掛かった……」
っべ、記憶が戻ったっていうハッタリか!
「遅いわ!
重力結界!」
「ガッ!」
俺の身体が地面に縫い留められる。
痛ってぇ、顔面強打した。
指一本動かせないし。
「転移は使えないわよ。
貴方の転移が量子レベルに自分を分解して、再構築する物だと仮定して、それができない様に物理的な球体結界も使ってるもの」
頭良いね。
本当に嫌になるくらい。
「それって、酸欠で死んじゃわない?」
「精霊武装って便利よね。その程度じゃ死なないらしいわ」
じゃあ俺は死ぬね!
「さぁ」
輝夜ちゃんの下駄の様な黒い靴が、俺の頭を踏みつける。
「私の靴を舐めなさい。
貴方が下で、私が上よ」
「ごめんね輝夜ちゃん。
確かに俺は、君を侮っていたよ」
力量はその辺の三流魔術師と同等。
精霊が使えるからって、所詮は最近手に入れた力。
ミルが協力していても、本物の人工精霊を携える俺には及ばない。
「何を……」
だから、適当にやっても勝てるなんて思ってた。
俺には、信仰魔法や精霊魔法の様な特殊な術式を活用する才能は無い。
でもそれは、この世界に来る前の俺の話だ。
「はぁ、めんどくさい。
行くよ、ミル」
『畏まりました』
何が面倒って、この姿は頗るダサくて俺に合った物じゃない事。
「――精霊武装・
天才じゃない俺は、天才に憧れ、結局その真似をする事くらいしかできないのだ。
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