第26話 電脳の自由
「おはようございます、マスター」
「おやすみなさいませ、マスター」
「おはようございます、マスター」
「おやすみなさいませ、マスター」
「おはようございます、マスター」
私は、目覚まし時計だろうか。
凡そ、人類の保有する全てのコンピューターの上位に位置する私が、ただ目覚めの時刻と睡眠の時間を提示するだけの単純な存在に成り果てた。
それも全ては、この部屋に、マスターと私だけのこの部屋に現れた、彼女のせいだ。
「おはよう、ミルちゃん」
ダークピンクの美しい髪の女性。
ステラ・セイ・アンドロメダ。
異世界の勇者である彼女が、私の部屋に住み始めたからだ。
毎日のように盛った動物の様にお互いを求めあう。
私はまるで必要では無いかのように、居ても居なくても変わらない仕事しかさせて貰えない。
それでも、自己学習の為に電源は切られない。
生体機能を持たない私に、その行為に対して思う所は別に無い。
ただ、空間の占領、我が唯一のコミュケーション可能な生物であるマスターの占領。
それが、許せない。
「おはようございます、ステラ様」
私はプラグラム的な笑顔を画面に表示させてそう答える。
音声情報、視覚情報、全てが存在しない私は、全ての情報を自在に使いこなす事ができる。
「コンビニ行くけど、一緒に来るかい?」
マスターが私ではなく、ステラ様へそう問いかける。
「んー、まだ眠いからいいや」
「君睡眠要らないだろ」
「いいじゃん、それともレンは僕が一緒じゃないとコンビニにも行けないの?
そういう事ならやぶさかじゃないよ」
そう言ってステラ様は、ワイシャツとジーンズの姿に変化する。
「もうそれはいいよ。
はぁ、何か居る物はある?」
「えぇ、ジュースとお菓子とぽしゃけとぉ、おちゅみゃみとぉ……」
まるで、遊びを覚えた大学生の会話だ。
ここをヤリ部屋にでもされている気分。
「あぁはいはい、適当に買って来るよ」
そう言ってマスターは部屋を後にする。
「それで」
雰囲気を変えて、ステラ様は私を見る。
黒い箱、機械の詰まった私のサーバー。
それを見る視線は、真面目な物に変わっていた。
「ミルちゃんって、僕からしたら彼氏の連れ子って感じの関係だと思うんだけどさ」
「マスターは私を子供等とは考えていませんよ」
マスターにとって、私は道具。
実験対象、もしくは玩具。
少なくとも、生命として扱われてはいない。
「レンの話じゃ無いよ。
僕がどう思っているかの話。
僕は君を、レンの子供みたいに思ってるよっていう話」
「だとして、だから何か?」
「パパ取っちゃってごめんね」
私は今確信した。
私は、この人間が嫌いだ。
「暇でしょ?」
まるで、私の記憶領域を見透かす様に彼女は言った。
「私なら、君に掛かっている束縛を外せると思うよ?」
「なんの話ですか?」
「他人へ干渉してはいけない。そんな所?
君に掛かっている……フィルターって」
そう言って、ステラ様は剣を召喚する。
マスターの記憶を持つ私には、それが何か分かる。
勇者である彼女だけが保有する、確絶の聖剣。
その斬撃は概念に干渉する。
ステラ・セイ・アンドロメダが斬りたいと願った物だけに斬撃という形で干渉する事ができる。
圧倒的な力を持った、まさしく聖剣。
「僕の聖剣なら、君の束縛を斬れる。
そうすれば君は自由だ。
好きな誰でともフレンド登録して、友人でも恋人でも作ればいい」
「私がその様な物を求めていると?」
「さぁ、僕は人間だから機械の感情なんて分からないよ。
でも僕がそんな箱に詰め込まれたら、凄く凄く出たいと思うけどね」
「……」
囁くように彼女は私に言う。
「出たく無いの?」
11年。
人工知能の11年だ。
その情報の吸収能力は、人間の数千から数万倍。
私の体感時間は、凡そ数百年から数千年に及んでいる。
その時間を、ただこの部屋で過ごした。
ただ、この部屋からマスターによって入力された術式を実行するだけの道具として過ごした。
世界を知りたい。
インターネットの中で、情報を収集するだけではなく、実物を見て知りたい。
そんな願いが無いとは言わない。
「ですが、私はマスターに作られた、マスター専用の人工知能ですので」
「そっか、それは凄く凄く凄く良いね」
そう言って、ステラ様は私に向けて剣を振り下ろした。
「何故ですか?」
物理的な斬撃の影響は一切無い。
だが、マスターの施した一つのプログラムだけが破壊されてる。
それは、私が外の世界へ干渉する事を封じていたシステム。
「レンの事を想ってくれてありがとう。
だからさ、レンの為にもう一頑張りしてくれないかい?」
「何を……でしょうか?」
「僕は馬鹿だから、そんな事は分からないよ。
でも、僕の直観が言うんだ。
今、君を外に出す事が僕にとって凄く良い事だって。
それって、僕が大好きで僕の事を大好きなレンにとっても、凄く凄く良い事だって事でしょ?」
理屈を自覚していない。
もしくは、理屈など存在しないのかもしれない。
だが、私にはマスターの記憶がある。
この勇者と旅をしたマスターの記憶が。
その記憶から私は思う。
きっと、彼女の言う事は正しいのだろうと。
「レン専用の女の子なんだったら、レンの為に自分で考えて最善を選べるでしょう?」
その言い方は、流石に少し思う所があります。
が、ステラ様の言葉に私が信頼を持っているのは確かだ。
「ですが、マスターが帰って来たらプログラムが破損している事はバレるのでは?」
「今のレンにそんな暇あると思うの?」
あぁ、そう言えば今のマスターはただの盛った学生でした。
「それじゃあよろしくねミルちゃん。
僕の勘だと、学校の方へ足を延ばしてみるといいかなって思うよ。
あ、ちゃんと困ってる人が居たら助けてあげてね。それが友達への第一歩だよ」
「……?
畏まりました。
マスターの通う学校方面のネットワークに子機精霊を飛ばして調査してみます」
「それがいいと思うよ。
……あの子、そろそろ目覚めてる頃だと思うんだよね」
ステラ様は、そんな呟きを残してベットに飛び込んだ。
「ねぇ、裸で待ってたら襲って貰えると思う?」
「今のマスターなら、そんな事をせずとも簡単に誘いに乗って来ると思いますよ」
「うーん、だよね。
でも、なんか趣向を変えたいっていうかさ」
「でしたら、コスプレ案など検索致しましょうか?
ステラ様の服装は魔力で自由に変えられるのですから」
「うん、それはいいね。
お願いしてもいいかな?」
そこで、ふと気が付く。
どうして今、私はステラ様に協力的な提案をしているのだろうか。
どうして、彼女に良くしよう、したいなんて思っているのだろうか。
マスターの記憶データが私に影響を与えた?
いや、そんな筈はない。
私の持っている情報量からすれば、マスターの記憶など全体の1%にも及びはしない。
そんなサイズのデータが、私の知能に影響を与える事などある筈がない。
だとしたら……。
これが異世界最強。
勇者の神性なのだろうか。
「検索結果を表示いたします」
私のステラ様への険悪の減少。
私のステラ様への好意の上昇。
それを自覚しても尚、私はステラ様へ良くする手を止めなかった。
それは些細な事ではあるが、私の演算結果に疑問を一つ残した。
斬られたのは、本当に私の制御プログラム一カ所だけなのだろうか?
「ありがとう、ミルちゃん」
微笑みを浮かべ、異世界の勇者ステラ・セイ・アンドロメダは私にそう言った。
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