第22話 現代陰陽師の喪失


 土御門家は、代々この地域の守護を任されている。

 お父さんのお爺ちゃんのひい爺ちゃんより、もっと前からそうらしい。


 私が生まれた時から、私の人生は決まっていた。

 土御門家の正妻、今は居ない私のお母さんが私を生んだ時から。


 お父さんは、お母さんが死んで直ぐに別の女の人と結婚した。

 でもお父さんは、家督を私に継いでほしいらしい。


 意味わかんない。

 先祖は代々男の人なのに。

 私の家族はお父さんしか居ないのに。

 なんで、お父さんは私なんかにそんなに期待するんだろう。


 再婚したクセに。



「姉さんってさ、本当に才能無いよね」


 腹違いの弟が、帰宅した私にそう言った。

 学校帰り、荷物を置いて直ぐに夜の街の見回りが始まる。

 その着替えの為に帰宅しただけなのに。

 玄関口で待ち構えていたようにそいつは居た。


 土御門政元つちみかどまさもと

 私の腹違いの弟。


「僕はもう北で頑張ってるんだよ?

 知ってるかな、僕ってまだ12歳。

 でも、姉さんは幾つ?

 うんうん。高校生の16歳。

 3つも上なのにさ、僕より弱くてどうやって家督なんて継ぐ気な訳?

 あのさぁ、才能無いんだからさっさと辞退してくれないかな?」


 ウザい笑顔で、弟はそう言う。

 でも、全部本当の事で私は居心地の悪さを感じざるを得ない。


「大丈夫だって、僕がこの家をちゃんと守って上げるって。

 何せ僕って才能の塊だって。

 僕の母さんだって言ってたよ、あんな病弱女を正妻にするからこんな面倒な事になるんだって」


「……! 取り消しなさい!」


「は? いきなり何マジギレしてんの?

 キモいんだけど、姉さんってマジで現実分かってないよね。

 僕なんかより相当ガキだよ」


「アンタのとこの男に取り入る事しか能の無いクソババッ……」


 私が叫ぼうとしたその瞬間、身体に触手の様な何かが纏わりつく。


「何僕の母さんの悪口言ってんの?

 そもそも、姉さんが僕よりちゃんとしてればこんな事言われて無いでしょ。

 自業自得を、まるで僕が性格悪いみたいに解釈するのはやめてよね」


 これは、こいつの式神……

 クラゲに似た式神は、触手を私の身体に纏わりつかせて来る。

 口も塞がれた。

 魂狐を呼べない……。


「結構低位の式神なんだけどね。

 まぁ、姉さんじゃそれの相手が限界かな。

 そいつ結構女好きでさ、男と女で拘束力違うとかいうクソステなんだよ。

 まぁ、でも姉さんなら雑魚同士お似合いかな?」


「……ぅ!」


「あぁ、喋れないよね。

 戻っていいよ、クソクラゲ」


 そう言うと、私の身体に纏わりついていた物が霊力に還元される。


「あんた、邸内で式使うとかどういうつもり?」


「またそうやって人のせいにする。

 この屋敷で、あの程度の式に捕まる間抜けなんて姉さんだけだよ。

 そっちの実力不足でしょ?

 妖魔とかにもそうやって言い訳とかするつもりなの?」


「用がないなら消えなさいよ」


「はっ、キャハハ……もうお母さんの事はいいの?

 弱いと辛いよね、ホントウケる」


 お腹を抱えて弟は笑った。

 私には拳を握りしめて振るわせる程度の事しかできない。

 悔しい。

 何も言い返せない自分が悔しい。


「昔は姉さんに殴られて泣かされてたのに、逆転しちゃったね。

 まぁ、姉さん揶揄うのも飽きたしもういいや。

 でもちゃんと考えといてね、次期当主は誰が相応しいのかさ」


 そう言い残して、政元は歩いて行った。


「なんなのよ……」


 お父さん、私になんでそんなに頑張らせるんだろ。

 さっさと弟を選べばいいのに。


 私は辛いし、嫌だよ。


 貴方ならできるって期待されるのは別にいい。

 頑張ってって言われるのも別にいい。

 お願いって頼られるのも別にいい。


 でも、その声に応えられないのがどうしようもなく……嫌だ。


 私は装束に着替える。

 闇に紛れる様に、普通の人を怖がらせないようにひっそりと目立たない服装。

 ブーツも黒で、装束も黒で、手袋も黒。


 似合いの姿だ。


 でも、私に期待しなかった奴が居たな。


 私を手伝ってくれた奴が居たな。


 私を助けてくれた奴が居たな。


 なんでかな、私はそんな姿に魅せられた。

 カッコいいと思った。


「うそうそ、あんな嫌味みたいな奴。

 あんなどこの誰とも知らない奴」


 でもなんで、陰陽師だって言っちゃったんだろ。

 でもなんで、お礼しなきゃなんて思ったんだろう。



 いつもの様に、夜の街へ飛び出す。

 いつもみたいに、町全体を見渡せる鉄塔の上に陣取る。

 少しでも妖魔の気配を感じたら、全速力で駆け付けられる様に魂狐を呼んでおく。


「やっぱり、式神一匹しか居ないってみっともないよね」


 私だけが担当する筈の西地区に、北の担当の弟が居た。

 まるで、私の行動を把握してるみたいに私がいつもいる場所で待っていた。


「なんであんたがここに居るのよ。政元」


「仮病で休ませて貰ったんだよ。

 僕気が付いちゃったんだよね」


「何言ってんの」


「長女が死ねば、長男が家を継ぐに決まってると思わない?」


 そう言って政元は手を広げる。

 その瞬間、政元の後ろに式神が5機、召喚された。


 二本角の鬼。

 白い大蛇。

 巨大ガマガエル。

 骸骨の集合した巨人。

 さっきのクラゲ。


「僕等の先祖の安倍晴明はさ、12機の式を使役したんだって。

 僕は今5機使える。

 分かるかな? 僕って最強の半分くらいの力はあるって事」


「本気?

 あんた、私を殺す気なの?」


「いやぁ、心が痛むね。

 だから僕は姉さんにもう一つ、選択肢を上げる」


「……」


「僕のセフレになってよ。

 年上相手にしてみたいんだよね」


「姉弟で何言ってんのよ。

 気持ち悪いわね、馬鹿じゃないの?」


「あぁ、僕等血は繋がってないから。

 僕って、君の父さんじゃない人との子供だって母さんが言ってたから。

 だから、姉さんが当主の座を僕に譲って僕のセフレになってくれたらさ、姉さん殺さないで上げるから」


 きっと、私はこいつに勝てない。

 逃げる事も多分できない。


 確かにあんたは天才なのかもしれない。

 確かに私は才能なんて無いのかもしれない。

 でも私は、諦めない。


 あいつが折角勉強教えてくれたんだもん。

 将来陰陽師になるのが決まってて。

 高校も家のコネで入学して。

 勉強なんてする意味無いと思ってたけど。


 でも、あいつと勉強するのは楽しいから。

 なんでもないあの時間が楽しいから。


 なんでかな。

 家族の期待には応えられないのに、陰陽師としての願いも叶えられないのに。


 あの時間をもう一度って思ってしまう。


「死ねないし、私は自分の大切な物の為に自分の許せない事はしないわ。

 私は私の思い通りに生きるのよ」


「かっこいいね。主人公みたいな?

 後は実力ともなってれば完璧だったね。

 さっさと死になよ、無能はさ」


 政元が手を上げる。

 5機の式神が、私を睨む。

 政元の気持ちの悪い笑顔が、逆光する月光で良く見えた。


「――邪魔だ」


 その声が、聞こえた瞬間だった。


「ブヘェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」


 政元の身体が吹き飛ばされ、式神が一瞬で蹴散らされた。


「昨日振りだな、土御門瑠美。

 今日は、お前に言わなければならない事があって来た」


 仮面をつけて、毎晩私を守ってくれる謎の術師。

 そいつが今日もまた、私の前に現れる。

 私の危機を薙ぎ払って、現れる。


「ちょっと待て!

 なんだお前!?」


 政元が術式で空中に立ち、仮面の男を指してそう叫ぶ。


「うおっ、何だお前めちゃくちゃ顔面不細工だな」


「それは、お前が僕のご尊顔を蹴り飛ばしたからだろ!」


 あ、さっきの蹴ってたのね。

 全然見えなかったわ。


「お前、自分の顔をご尊顔って……ナルシストか?」


「違う!」


 違わないわよ。


「まぁいい、瑠美に用があってな。

 悪いが少し寝てろ」


 そう言って、仮面の男は政元に高速で迫った。


「ちょ、ちょっと待て!

 お前ってあれだろ、暗部の報告にあった奴だろ!?

 僕とお前兄弟だって! 僕のお父さんとお前の父さん同じだって!

 兄さん兄さん、僕等家族、おっけー?」


「お前が?

 まぁいい、家族のよしみで話くらいは聞いてやる」


「家族の事は助けてくれんでしょ?

 今僕困ってるの、こいつが家督継ぐとか舞い上がっちゃってさ!

 だから手伝ってよ、友達か何だか知らないけどさ家族と友達どっちが大事な訳!?」


「家族だな」


「でしょ!?

 じゃあ、僕の言う事聞いてくれるよね!?」


「だから、兄の友人に舐めた真似するような弟には教育が必要だ」


 そう言った瞬間、仮面の手元に雷が走る。


「クソ兄貴が!

 僕はあの最恐陰陽師、安倍晴明の再来なんだぞ!?」


「意味が分からん」


 そう呟いた瞬間、紫電が政元を貫く。


「ぐえっ!

 うばばばばばばばばばばばばばば!」


 少し焦げて気絶した政元の首根っこを、仮面は鉄柱に引っ掛ける。

 そうしてやっと、彼は私と視線を合わせた。


 浮遊し、彼は私に近づいて来る。


「また助けられたわね。

 お礼したいんだけど、何がいい?」


「あぁ、それは決めてる。

 一括で返して貰うから心配するな」


「む、胸は駄目よ!?」


 自分で言ってて恥ずかしい。

 でもこいつ、前に私の胸を凝視してたし。


「あぁ、それはいい。

 だから」


 そう言って、もっと私に近づいて来る。

 手を伸ばせば触れられる距離。


 そこで、こいつは自分の仮面に手を掛けた。


「ちょっと待ちなさい、そんなの駄目よ!」


「嫌に決まってるよな」


「嫌っていうか、そういうのは気が早いし。

 色々すっ飛ばし過ぎだし、心の準備とかの時間全然足りてないっていうか……

 しかも私気になってる人がいるから……!」


「悪いが、お前の意思は考慮してやれない」


 そう言って、空いた手が私の頬に触れた。


「いゃ……」


 小さく、そう言うのが限界だった。

 キスなんてした事もされた事もない。

 ていうか普通の男ならぶん殴ってる。

 なのになんで、私は目を瞑ってるんだろう。


 口調も声も見た目も全然違うのに、なんでかあいつに似てるって感じるせいだ。


「目を開けろ」


 ぎゅっと瞑った目を私は開ける。


「良く見てくれ。

 これが、俺の正体だ」


 ――え。


「おさ……む?」


 仮面の中には、私の人間で唯一の友達の顔があった。


「騙しててごめんね」


 そう言った瞬間、頬に触れる彼の手が光る。

 幾何学模様が私の頭上に出現し……


「さようなら、瑠美」


 凄く悲しそうな顔で、修は私にそう言った。

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