第四八話 牢獄正門前の攻防

 暫時の後、カストルム牢獄に八基ある防衛塔の天端にて、狼混じりの狐娘ペトラは心地よい風に身を任せながらも、他の追随ついずいなど許さないで黒狼の咆哮ほうこうを聞き取っていた。


 それは “闘争にける勝利の雄叫おたけび” であり、知己ちきと人狼猟兵隊の活躍に彼女は機嫌よく狐尻尾を振るう。


「ん… 向こうの首尾は上々、あたし達も仕掛ける?」


 ついたかぶって、共通語が発音できない完全獣人の姿になりかけたのを抑え込み、取り巻きの魔人達に確認すると彼らは小さく頷いた。


「異論はありません」


「南西領軍の傘下さんかで戦うのは違和もありますが……」

「人狼族の姫君に従えと、三騎士の方々に言付ことづけられてますからね」


 おどけた様子で肩をすくめた壮年の魔人が核になり、残る三名と魔力の波長を合わせて、種族的に得意とする共鳴魔法をつむいでいく。


 正門を挟んで隣の防衛塔にいる者達も、大気中に含まれる魔素の微振動を感じ取り、次幕の開演を告げる一撃の術式構築に取り掛かった。




「… やばい、凄まじいのが来るぞ!」

「一旦下がれッ!!」


 首都駐留軍の前衛に混じっていた魔法兵達が叫び、連携するように複数の魔術障壁を斜め上空へ展開した直後、虚空より生じた極大の魔弾二つが僅差で放たれる。


 先んじた一つが空中で弾け、前方の広範囲に幾つも小さな魔力の散弾を撒き散らして、半透明の障壁や歩兵達がかざしている円型盾を腕ごと損壊させた。


「ッ、不味い!?」「もう一発が…ッ」

「「ぐうぅあぁああ――ッ!!」」


 新たな防御手段を講じる暇も無く、残り一つの大きな魔弾も後追いで破裂音を響かせ、内包していた散弾で軽装な魔法兵の数名を穿うがつ。


 不運にも致命傷を刻まれた者がいる一方、板金仕様の円型盾や鎖帷子など装備した歩兵達は急所への被弾を避け、四肢や肩に損傷を受ける程度で留まった。


「ちッ、痛ぇな、盾の破片が腕に刺さりやがった」

「巻き添え喰らって、俺の太腿にもぶっすりなんだが……」


「おいッ、無駄口を叩く余裕があるなら、防御体勢を取れ! 後衛は応射だッ、次の魔法を絶対に撃たせるなよ、洒落にならん!!」


 怒鳴り声を上げた中隊長のアルバに呼応して、前衛の歩兵達が部分的に壊れた円型盾を構えるかたわら、後衛の弓兵達はつがえた矢の狙いを定める。


 機先を制する形で、牢獄壁面の狭間ざまより射られたクロスボウの弩矢にも怯まず、中隊後衛の半数が二基の防衛塔目掛けて射撃を敢行した。


 それら数十本の矢は淡い魔力光を放つ多重障壁で阻まれ、微笑を浮かべた狐娘まで届かないものの、残り半数によって少しの時間差を持たせた二の矢が放たれる。




「手堅いけど、ありきたりな対応だね」


「まぁ、中級以上の魔法を扱える貴重な術師の封殺は定石ですから」

「お陰様で執拗に狙われるのは慣れてます、暫くなら問題ありません」


 銘々めいめいに軽口を叩きつつも、障壁の罅割ひびわれを補修する魔人達に囲まれて、守勢を取らせようと間断なく撃ち込まれる矢雨など凝視していたペトラが半眼になり、憮然とした態度でおもむろに唸った。


「あいつら、弱い癖に蟻みたく統制が取れてる、気持ち悪いし厄介だけど……」


 親友で気心の知れたエルザがいつわりの吸血騎士クラウゼを参謀役に据えて以降、北西領軍も似たようなものだと随行中の連絡要員より、使い魔経由の書状で知らされている。


 何やら、中核都市ヴェルデ奪還の手際には感銘を受けたらしく、自由気侭きままな獣人系種族が主体の南西領軍にそぐわない、規律の厳格化や部隊連携の強化を人狼公に具申する内容まで送られてきた。


 “ははッ、分かっちゃいるけどな” と呵々かか大笑していた父の姿が脳裏を過り、思わず溜息した狐娘は無造作に両掌を打ち合わせて、意識誘導の幻術が加味された柏手かしわでを鳴らす。


「「ッ、何だ!?」」

「耳に残りやがる……」


 無視できずに気をらした相手方の歩兵達が左正面の防衛塔を見遣みやり、弓兵達の牽制射撃も足並みそろわず乱れたのを契機として、にわかに鉄鎖の擦れる音が響き始めた。


 緩やかに跳ね橋が降りるのと対照的に、落とし格子は引き上げられていく。


 その様子をベルクスの兵卒らが傾注していると、壊れた門扉の向こう側に複数の同族を従えた魔女の姿が現れて、まばゆい魔力光の灯る右掌を真っ直ぐに突き出した。


「ッ、またか!?」

「… 勘弁してくれよ」


 辟易へきえきとしながらも、最初の炸裂魔弾を軽傷でしのいだ魔術師達が即応して、数枚重ねの魔術障壁を組み上げた瞬間、水平の指向性を持った稲妻がきらめく。


 なお、二年近くもディガル部族国の各地を転戦していれば、魔人族の扱う共鳴魔法が脅威なのは常識であるため、強固な備えを構築したのだが……


 僅かに及ばず、最後の一枚を貫いた雷撃の残滓ざんしが最前列の歩兵、十数名を感電させた。


「あ、ぁ……ッ……」

「ぎッ、う……」


 痙攣してくずおれる者達を支え、魔法射撃の範囲外まで首都駐留軍の前衛が退避した間隙を突いて、正門裏の両脇に控えていた豹や虎などの肉食系獣人が吶喊とっかんする。

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