第四七話 勝敗は戦略の時点で決まってる

 さらにあと一打、黒狼と猛犬の獣人が破城槌を振るうと、西門に備えられた格子は大きくきしんで、圧力に耐えきれなかった部分から弾けて損壊する。


「くそッ、好き勝手やりがって、野獣ビーストどもめ!」

「まずいッ、もう持たないぞ!!」


 直上の歩廊ほろうに配置されていたベルクスの守備兵達は焦りをにじませながら、二匹目掛けてクロスボウの弩矢を射出するも、魔女レミリが構築した複数枚の浮遊盾に阻まれてしまう。


 護りに定評のある彼女はふわりと浮かんだ半透明の盾を取り廻して、隙間を狙った次射も余さずに受け止めた。


「そう簡単にはやらせ…ッ!?」


 小さな呟きの途中、最前面に意識を集中させていたのがあだとなり、自身も弩矢の標的になっていると気づいたが、もう避けられるような余地はない。


 それにも拘わらず一命を取りとめたのは、レミリのひたいやじりが突き立つ間際で、自己相似的フラクタルな小型の魔法障壁が眼前に並び、致命傷に至る一撃を弾いたからだ。


「ん~、視野は広く持たないとね、大丈夫?」

「うぅ、ありがとう姉さん」


 紙一重で妹の窮地を救い、敬愛する吸血騎士クラウドに以前教えられた訓示など伝えつつ、リアナはピンポイントな障壁を幾つも生じさせて、魔人族の同胞や犬人コボルト達を射撃よりかばう。


 一歩引いた間合いから魔力消費を最小限に留め、預けられた部隊の損耗を抑えていく “紫水晶の魔女” に羨望の瞳を向け、双子の妹は感嘆の吐息を漏らした。


(村で神童扱いされてた頃は “井の中の蛙” かもって、考えていたけど……)


 吸血公麾下きかの北西領軍に身を投じて以降も、姉の技量は歴戦の魔人兵をしのぐばかりか、一段と磨き上げられている。


 その姿に多少なりとも劣等感を抱いた瞬間に歓声が聞こえて、落とし格子の中心に大穴が開いているのを視認できた。


「ガゥッ、オォン! (よしッ、頼むぞ!)」

「ガルオァアアォオッ!! (ぶち噛ましてやれッ!!)」


 ひと仕事終えたウォルギスとガルフの二匹が退けば、下馬して共鳴魔法を組んでいた魔人達のうち、術式の核となる古参兵が進み出る。


蒼穹を駆けるレクトズィグ偉大なイア魔神よハスターッ、御身のアハト奇蹟をヴィラ我らジグ永久まで伝えんフォリアスエイン


 威力を底上げするためか、大袈裟な神代詠唱を踏まえて突き出した両掌から強烈な暴風が吹き荒れ、一瞬で門扉のかんぬきを圧し折りながら開け放つと、裏側に待機していた守備兵達も巻き込んだ。


「「なッ、うがッ!?」」

「「ぐぁああぁッ!!」」


 悲鳴を上げた前列が風量に堪え切れず薙ぎ倒されるやいなや、控えていた二人の魔人兵が魔法障壁で短い通路の両側に設けられた殺人孔を塞ぎ、横槍の可能性も消えたところで人狼猟兵隊が吶喊とっかんしていく。


 彼らは勢いのままに鉈剣なたけんを振るい、起き上がったばかりの相手方を強引に押し切って、幾筋かの血飛沫を跳ねさせた。


 急激な失血で力を失った者達がよろけてたおれる最中、その後列より複数の新手が割り込み、支給品の鉄剣で刺突を繰り出す。


「ガゥガゥとうるさいんだよッ」

「「死ねや、おらぁああぁッ!!」」


 怒声と共に迫る剣先を其々それぞれが犬系種族の動体視力で見切り、鉈状の剣身を添えてらしたものの……


 交戦中の守備隊は西門付近を半円状に囲んでいるため、多方向から飛んできた剣戟でかすり傷が増えていき、僅かに対処の遅れた数名が刃を躱しそこねた。


「グゥッ!? (ぐぅッ!?)」

「「ウァ…ッ、ウゥ (うぁ…ッ、うぅ)」」


 くぐもった呻き声を漏らした人狼猟兵らは脇腹や太腿に斬撃を受け、継戦が難しいほどの損傷を与えられてしまう。


 そうなっては足手まといもはなはだしいので、受けた傷を庇いつつも個々に後退して、入れ替わった犬人コボルト達が矢面やおもてに立つ。


 戦闘系の獣人種最弱とあなどること無かれ、これでいて人間よりも敏捷性や持久性がある上、彼らは直属の大隊長であるクラウドに鍛えられた精兵達だ。


「ヴァルアオゥ!! (隙あらば切る!!)」

「クォルァ ガゥオオウァアン (無理には突っ込まないけどね)」


「雑魚の分際で守りが堅いな、おいッ!?」

「…… 状況をよく見てるって事だろ、軽々けいけいに斬り込む場面じゃない」


 手慣れた様子の一匹と刃を交わしている守備兵の指摘は的確であり、一度に相手取る頭数を入口の包囲で抑えたとしても、元々の部隊規模が違い過ぎる。


 かなめたるベルクス王国軍の主力は首都奪還を目論もくろむ三領軍と対峙しており、残していた兵卒らは約千名の亜人達が占拠した牢獄に張り付いているため、早期の援軍も期待できない。


 ゆえに士気を維持することは難しく、白兵担当の第二分隊は徐々に精彩を失い、意気軒高な大神オオカミの眷属に崩されていった。


「うぐッ、かは……ッ」

「畜生、防壁の奴らは何やってんだよッ!!」


 くずおれる知己ちきの隣、半歩踏み込んだ犬人コボルトの斬撃をいなした若い守備兵が切れ気味に叫ぶも、人狼族の弓兵や魔杖騎兵と撃ち合っている第一分隊に援護の余裕など無い。


 周到な戦略で数倍の兵力差はくつがえがたく、西門を封鎖していた者達が次々と討ち取られて、猛寧な人狼猟兵らが歩廊ほろうに続く階段を駆け上ってくる。


「…… 最早これまでか。まぁ、簡単に死んでやらんがな」

「縦割り組織の弊害で命運尽きるのは不服ですけど付き合いますよ、上官殿」


 ぎこちなく笑った守備隊副長の見詰める先では、ようやく上層部の意思決定が下されたのか、王城前の大通りに待機している駐留軍の一部が動き始めて……


 牢獄の防衛塔から放たれた範囲系の攻撃魔法により、すぐさま足止めされていた。あちらの抵抗勢力が動きを見せたことで状況は変わり、命令の再確認が必要になるかもしれない。


「ははッ、また御偉いさんの意向を聞くんですかね、馬鹿らしい!!」

「かと言って、勝手に動いていたら軍隊は成り立たん。それより、来るぞッ!」


 地上からの魔弾や弓矢にさらされたまま白兵戦を挑まれ、残っていた部下が防壁の歩廊ほろうから突き落とされていく最中、堅物な指揮官は飛び掛かってきた人狼猟兵が振るう鉈剣なたけんを黒鉄製の長剣で弾く。


 なおも鋭い牙で喉元を狙ってきた猛獣に即応して、剣柄より離した左腕のガントレットを噛ませてから、側頭部に剣柄を叩き込んだ。


「グッ、ウゥ…… ッ……」


 小さく呻いて昏倒した相手の心臓を刃で穿うがち、怒りの表情を浮かべた後続と切り結ぶが、大勢の決した戦場で一人だけ奮闘しても状況はくつがえせない。


 いつの間にか事切れていた副長に続き、守備隊の指揮官も命を散らしていく。


「…… ガオァアオォ、グォルオアウゥ

(…… 毛無しにんげんとはえ、大したものだな)」


 全身傷だらけで虫の息となって横たわる敵手へ歩み寄り、冷やかに見下ろした黒狼ウォルギスの眼差しには同族を殺された遺恨より、身命を賭した戦士に対する畏敬の方が強い。


 直接交戦しなかったことを少し残念に思ってから、愛用のハンティングナイフで楽にしてやり、西門での前哨戦を遊撃部隊の勝利にて終わらせた。

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