第四五話 騎兵隊の到着

 旧城塞でもあったカストルム牢獄が未明に陥落してから半日ほど経ち、厳戒令を告げられた住民達が戦々恐々とする中、ベルクスの首都駐留軍で中隊指揮官を務めるアルバは悲嘆に暮れていた。


(物騒な前線送りにならず喜んでいたら “これ” かよ、しょぱなの突撃を受け止める位置取りなんて最悪じゃないか……)


 このまま一度の衝突もなく、牢獄内部に保管されている食料や抵抗勢力の持ち込んだ物資が尽きれば良いものの、その可能性は限りなく低い。


 座して死を待つよりは玉砕を選ぶのが普通であり、現状にける彼我ひがの実戦力差も余りないので、攻勢に打って出てくるのは火を見るよりも明らかだ。


 いざという時に決死の覚悟で封鎖を維持するのは自分達だと、横列陣形で中型盾を構えた兵卒らも往々おうおうに理解しているため、耳を澄ますと時折小声が聞こえてくる。


「まさに貧乏くじだな、ツイてない」


「ちッ、一昨日にケチらず、娼婦を抱いておくべきだったぜ」

「狐のお宿か? 任務明けに行けば良いだろ、縁起でもない」


 やや辟易へきえきした様子の兵士が言及したのは艶やかな妖狐れいらんが営む娼館で、割と多くの軍関係者が出入りしており、アルバ自身も何度か利用したことがあった。


 一応、普段なら注意対象となるたぐいの私語ではあれども、何もしない内から緊張して疲労するより、少しくらい浮薄ふはくな雰囲気の方が望ましいと判断した彼は素知らぬ振りを選択する。


(それにしてもまだ攻めて来ないのか、 まさか牢獄襲撃は目眩めくらましだと?)


 眉をしかめながらの懸念けねんは半分正解で……


 首都近郊の森林地帯には人目につく街道を避け、道なき道を潜行してきた北西領と南西領の遊撃部隊がしていた。


 二領併せておおよそ四百名、散見される魔杖まじょう騎兵を除いた大半が犬人コボルトや、人狼などの敏捷性と耐久性に優れた大神オオカミの系譜である。


 静かに高まる眷族の戦意を感じ取りつつ、某吸血騎士クラウドの下で副長を務める犬人族の猛者、ガルフが友軍を指揮する黒狼の戦士長に歩み寄った。


「グォル ヴァアオァウ、ウォルグオゥ (粗方あらかたの準備は済んだな、ウォルギス殿)」

「ワフ、ウァアオ ガォアウゥ (あぁ、いつでも吶喊とっかんできる)」


 既に完全獣人の姿へ転じた黒狼が口端を吊り上げ、先ほど組み上げられたハンマー型の破城槌[重量50㎏]を軽々と肩に担ぐ。


 鋭い牙をのぞかせた不敵な笑みに触発され、人狼族にも劣らない体躯を持つ上位種の犬人ハイ・コボルトも、負けじと同様の破城槌を取り廻して見せた。


「ガゥッ、クルァオォ、ガルァアオフ “ヴルガゥア” ウォルファウ

(ははッ、良いなお前、どちらが先に “門を壊すか” 勝負といこう)」


「グウゥ、ガルアァオウ、ウォオウゥ ガルゥ ルォオヴルァア?

(面白い、受けて立とう、折角だから隊内の酒でも賭けるか?)」


 勝手に物資を持ち出そうとするガルフを見咎め、主計係の魔女レミリが止めに入るも、双子の姉であるもう一人の副長リアナの歓心は別に向いており、不謹慎な同輩を諫める気配はない。


「ッ、クラウド様の成分が足りない、可及的速やかに合流しないと……」

「姉さん、それ… 全部終わってから」


 しれっと苦言を挟んだ妹とて、一兵卒に過ぎなかった自分達を気に掛け、将校に抜擢してくれた大隊長の吸血騎士には好感を持っている。


 故郷の村がベルクスの開拓民に襲われて両親や隣人を失い、腹底に冷酷な憤怒を抱えていた姉が心配で入隊した経緯もあるため、出世に伴って死亡率が低下するのは大歓迎なのだ。


(…… 責任は増えるけど、仕方ない)


 そこは最善を尽くすだけなので、他に問題があるとすれば、姉妹の想い人が吸血鬼の振りをしただという事実である。


 恐らく吸血姫エルザのであり、錬金術に才覚があったレミリでも魔装具の指輪に興味を持たなかったら、看破かんぱは不可能なほどの偽装がほどこされていた。


(軽率に指摘したら… 消される、かも?)


 おりに触れてスキンシップを仕掛ける “血煙” の騎士令嬢や、年齢に応じた深い洞察力を持つ “鋼鉄” の老執事も薄々気づいているだろう手前、彼女が具申したところで藪蛇に過ぎない。


 真祖に近しい “純血たる姫君ピュア・ブラッド” の意向なら、万難を排して忖度そんたくするのが吸血鬼や屍鬼という存在だ。


 魔人族の小娘がのたまう戯言など耳を貸さないばかりか、心優しい領主の思惑を過剰な形でおもんばかり、密かに誅殺されてしまう恐れすらある。


「うぅ、知らなかった頃に戻りたい」

「どしたの、レミリ?」


「ん… 何でもない」

「そう、なら状況開始といきましょうか」


 身内の隠しごとくらい些事さじだと、そう考える性格の魔女リアナは薄紫の髪をげて微笑み、麾下きかの魔人兵らに騎乗を促す。


 自身も控えさせていた愛馬に跨り、妹が辿々たどたどしい動きで馬の背に乗るのを見遣みやってから、友軍を率いる黒狼ウォルギスに対して目配めくばせした。


「ルォア クァヴルァアウ! ウォオッ、グォアァ!!

(先ずは首都門を落とす! 征くぜッ、野郎ども!!)」


「「「アォオオォオ――ン!!」」」


 森林地帯に遠吠えが響き、主戦力を担う大神オオカミの眷属が駆け出すのに合わせて、支援要員の魔杖まじょう騎兵らも馬を並走させていく。


 言わずもがな、遮蔽物しゃへいぶつのない耕作地に出れば防壁の歩廊ほろうからは丸見えだが、機動力の高い種族や兵科で構成された部隊は僅かなに数キロの距離を踏破とうはして、西側の外壁付近まで到達した。



------------------------------------------------------------------------------------------------



部隊紹介 No.2

部隊名称:北西領軍第二大隊

部隊指揮:クラウド

部隊副長:リアナ(第一中隊長)

     ガルフ(第二中隊長)

部隊人数:総勢500名(※首都にいる先遣隊は250名前後)

種族構成:魔人族

     犬人コボルト

必須技能:基礎体力

     走破能力(犬人)

     馬術(魔人)

授与称号:強襲兵・魔杖騎兵

制式武器:鉄剣・鉄槍

     魔杖・短弓

制式武装:軽装鎧

     小盾・中型盾

     徽章付き外套

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る