第四一話 開けたら閉めましょう

 なお、巻き上げ機構の鉄鎖は天井にもうけられた定滑車を通して壁穴より抜け、正門の跳ね橋へと繋がっている。


「構造的に動滑車がないのはむ無しか……」


 機械に取り付いた吸血鬼らが腕力で押さえを利かせ、跳ね橋が急激に落ちないよう注意する姿を一瞥いちべつした後、板金仕立ての落とし格子も揚げるように指示してから、窓際まで歩を進めていく。


 正門前に集った同胞はらからの内、拙速せっそくな連中などは橋の先端が接地する前に跳躍して、黒鉄で補強されたふちを掴んでよじ登っていた。


 その先頭に立っているのは何を隠そう、狼が混じった狐娘のペトラと、麾下きかの血気盛んな人狼猟兵ヴォルフ・イェーガー達だ。


 既に完全獣人化して臨戦態勢の眷族を従えた彼女は目聡いと言うべきか、琥珀色の視線を向けて窓越しに此方こちらを確認し、軽硬化錬金製だという手甲に覆われた片腕を振ってくる。


「早く落とし格子も上げてッ!」


「ガルゥッ、ヴォルアォオオ!!(はッ、暴れさせて貰うぜ!!)」

「グゥ、オファウ…… (もう、待てねぇ……)」


 何やら取巻きの人狼達が威勢よくえているものの、“ガゥガゥ” 言われても俺に犬系種族の言語など分かるはずがない。


 それよりも、現状にけるベルクス王国側の拠点である王城が気になり、数百メートルほど斜め前方に視線を向けると、夜闇に松明の灯りがつらなっていた。


「ッ、時間的な余裕など無いか」


 現状把握と共にきびすを返して、手勢の吸血鬼らに発破を掛けながら落とし格子の解除も済ませ、この強襲部隊に課された役目を完遂する。


 ここまで至れば最後に残るのは門扉のみであり、もう一度窓の外を見遣ると陣頭に立つ狐娘に手招きされて、正面に向かう精悍な牛人族タウロスら二頭の姿が垣間かいま見えた。




「多分、鉄心入りだと思うけど、ぶちかませる?」 


「グゥオウゥウ ブォオオゥウ、ヴォ (我らの膂力を見くびるなよ、小娘 )」

「ブルォオオゥウッ!! (一撃で終わらせる!!)」


 小首を傾げた人狼公の娘に応じて、口端を釣り上げた牛人らは一歩を踏み出すと、引きっていた鉄槌を肩に担いで、少し奥まった門扉まで短い距離を駆け抜ける。


「「グォアアァ———ッ!!」」


 渾身の力で振り下ろされた鉄の塊は門扉を大きく歪ませ、裏側に抜けた衝撃がかんぬきを止め金具ごと損壊させた。


 それとほぼ同時に左右の壁面に設けられた殺人孔から、勢い良く鉄槍数本が飛び出出したものの… 勝手知ったるなんとやら、元々は部族国が管理運用していた施設なので、青銅公監修の仕掛けは周知されている。


 台座で角度を付けた孔から伸びる複数の切っ先に向け、二頭の夫々それぞれが通路側の太い腕に装備した円形の大盾を動かして難無く防いだ。


「ウグルォオ ヴォグウゥオオゥ (孔越あなごしだと狙いが絞れるからな)」

「グォ、ウォオオゥ (ま、想定済みだ)」


 少々得意げにも聞こえる牛人族の言葉に苛立ったのか、板金仕様の腕盾に阻まれた鉄槍が荒々しく引き戻されるのを見逃さず、素早く滑り込んだ人狼猟兵ヴォルフ・イェーガーの二匹が強靭な膂力りょりょくで白刃を縦に振るう。


 乾坤一擲けんこんいってきの斬撃で槍柄をまとめ切りにして、牛人ら二頭に続きながら穂先が落ちるよりも早く飛び退けば、後詰ごづめの獣人達が進み出て逆側から殺人孔に手槍を突き刺していく。


「「「うぁ…ッ、うぅ……」」」


 くぐもった呻きが微かに漏れ聞こえる中、再び突撃した二頭が鉄槌を喰らわせることで、強引に門扉をこじ開けた。


「皆ッ、あたしに続け!」

「「「うぉおおぉお――ッ!!」」」


 気勢を上げた抵抗勢力の者達が狐娘に先導され、一気呵成いっきかせいに牢獄内部へ雪崩れ込んで、アリエル麾下きかの吸血飛兵隊を人数差で押していた守備隊の背後へ襲い掛かる。


 一番槍を取るべく狐尻尾などくゆらせて、果敢に吶喊とっかんしたペトラは近接戦特化の短刀ファルカタを両手に跳躍すると、内側に湾曲した長さ50㎝ほどの双刃を振り上げて正面の相手へ叩き込んだ。


「…ッ、やるね」

「ただでは斬られん!!」


 先に仕掛けた友軍から見れば、最後尾にいた守備隊長は水平に近い角度で長剣をかざして、垂直に落ちてくる二本の刃を受け止めた状態より、着地の隙に乗じた中段蹴りを放つ。


 その攻撃を半身になって躱しつつも、蹴り足を左腕で抱えた彼女が右手の湾曲短刀を一閃すれば、怒声の飛び交う通路に血飛沫が跳ねた。


「ッ!? げはッ、あ… あぁ……」


 喉元を深く薙ぎ払われ、後退あとずさりする指揮官を両隣の守備兵が動くも、群長むれおさの一人娘を追ってきた人狼猟兵ヴォルフ・イェーガーらに瞬殺される。


 本来なら各小集団クラスタを指揮する側の面々が最前線に立つのは悪手だが、屋内の戦闘だと矢面やおもてに立てる人数が少ないため、純粋に戦闘力の高い者達が出張でばるのも下策とは言い切れない。


 実際、娼館主の麗蘭れいらんあごで使われ、任務中なので蠱惑的な娼婦達の世話はすれども買えないという、抑圧状態に置かれていた人狼達のさを晴らすがごとき勢いは凄まじいものがあった。


「グルォ ヴァルオォッ! (俺の憤りを受けろッ!)」

「ウゥオァア、ガルァアアッ!! (もう一発だ、おらぁああッ!!)」


 そんな彼らの声にぴくりと狐耳を振るわせて、やや呆れ気味な表情のペトラは後列から繰り上がってきた新手の斬撃へ踏み入り、右手の湾曲短刀で遠心力が働きがた剣鍔けんつば近くを強打する。


 肉食系獣人の膂力りょりょくを活かして剣戟を一時的に片腕で留め、押し斬られる前にボディーブロー染みた動きで左手の湾曲短刀を突き刺した。


「うぐあぁああッ!!」

「ん、戦いは無情……」


 小さく呟いた狐娘が守備兵より身を離すと、脇腹から斜めに刺された刃が致命傷を負わせたのか、立つこともままならずにたおれる。


「くそッ、隊列を維持できない」

「王城からの援軍はまだかッ!?」


 もはや数的優位さえも崩れてしまい、焦りを滲ませた彼らに把握はあくするのは至難とはえど、 正門前では首都駐留軍を足止めする戦闘が行われており、双方の犠牲者が増えるかたわらで跳ね橋は引き上げられていた。


 取り残されるのは冗談じゃないと、逃げ遅れたベルクスの兵卒らが外堀に飛び込んだ今、カストルム牢獄の守備隊に救いの手は差し伸べられず、形勢の天秤は一気に傾き始める。

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