第二二話 古城の食卓にて

 そんな紆余曲折うよきょくせつを乗り越えた先の食堂にて、転々ころころとフードワゴンを押してきた猫娘が忍び寄り、手慣れた様子で焼き立てのパンと芋料理を食卓に並べていく。


 なお、保存が利く晩生種ばんせいしゅ玉葱たまねぎなどで作ったスープは台車の振動でこぼれないように、もう一人の給仕役がトレーに乗せて運んでくれた。


「舌の火傷に注意してくださいね」

「熱いです、とても熱いのです」


 恐らくは種族的に猫舌であろうメイド達の老婆心を聞き流していると、軽やかに両手の指を組んだ吸血姫が瞑目する。


「良い食事を……」


 ささやくように発音されたエルザの声に合わせて、その斜め左右に着座している俺や騎士令嬢も同じ言葉をなぞり、暖かい食事へ手を伸ばす。


 行軍中は炊事すいじの煙でベルクス側に存在を察知される訳にもいかず、冷たく塩分過多な料理ばかりだったので期待が高まるのを押さえて、先ずは喉を潤すためにスープから頂いた。


「うぅ、それを最初にいきますか」

「…… 熱いのに」


 胡乱な表情で呟いた猫人らを見遣り、古城のメイド達はそろいもそろって風変わりだと思いながら視線を戻せば、フォークで突き刺した ”じゃがバター” に齧りつくアリエルの姿が目に留まる。


「ん… やっぱり美味しい、芋を焼いただけの料理なのにね」

「ふふ、喜んでもらえて嬉しいわ。クラウドも食べてみてくれる?」


「食欲をそそる良い匂いだからな、喜んで頂くさ」


 手料理を褒められて上機嫌な吸血姫に促され、乳酪にゅうらくと岩塩で味付けられた “ジャガイモ” を口内に運んで、ゆっくりと咀嚼そしゃくしていく。


 素材に蕩けて染み込んだバターが塩分で引き立たされ、噛むたびに濃厚な味わいが感じられた。


「どうかしら?」

「あぁ、普通に旨いな」


「でしょう! 油で揚げても美味しいの、今度作って… あげられないわね」


 以前、フライドポテトなる逸品を試みた際、跳ねた油で手を火傷したこともあり、作ろうとすれば老執事レイノルドが身体を張って阻止してくるそうだ。


「たかが火傷なら純血種ピュアブラッドの特性で瞬間的に治るのに……」

「その過保護っぷりは爺さんらしいよね~」


「ともあれ、“ジャガイモ” の良さが伝わって嬉しいわ。生産性も高いし、暗がりで土に寝かして保存すると、涼しい時期ならは持つの」


 さらりと衝撃的な事実が告げられ、意図せずに食事を取る手が止まってしまう。


 厨房で調理しつつ聞いた春秋に収穫する二度芋、条件次第で育成可能な三度芋の話を考慮したなら、“ジャガイモ” は一年を通して “いつでも食べられる” 作物となる。


「西方諸国の食料事情を激変させるつもりか、これは麦類のような主食になるぞ」


「えぇ、痩せた土地でも育ちやすく、食用部分が地中にできるから鳥獣被害は少ないし、小麦と比較して倍以上の収穫効率が見込めるわ」


 得意げな “吸血姫の学士” エルザの発言により、途轍とてつもない作物に思えてきたが、良いことづくめでも無いだろう。


 幾つかの事柄を想定した後、上品にスープなど嗜む彼女に疑問を向けた。


「確か、“ジャガイモ” の芽には毒があるんだったな? 過度の致死性があったり、極端に栽培が面倒だったりしないのか?」


「ん… グリコアルカロイドの一種、ソラニンが含まれてるから注意は必要ね、実は皮にも同系の毒素はあるのよ」


 悪戯いたずらっぽく投げられた言葉に一瞬だけ硬直して、幸せそうにパクついていたアリエルと顔を見合わせる。


「待て、切るときに皮付きで構わないと言ってたはずだが……」

「え゛、姫様、もう結構食べちゃってんるですけど!?」


「勿論、それは大丈夫よ。適切に保存していたからね」


 “私も普通に食べてるでしょう?” などとうそぶいた吸血姫が微笑して、芋皮に含まれる有害物質は少量であり、体外排出されるので影響を及ぼさないと告げてきた。


 ただし、収穫後に直射日光を浴びさせてしまうと皮の緑化が進み、その含有量は10倍以上に達するため、油断しないようにと釘も刺される。


「身体の小さい子供だと一日当たりの摂取許容量が大人の半分以下だから、基本的に “ジャガイモ” の皮は食べさせない方が良いのよ」


 異界カダスの西欧諸国では伝播初期の段階で中毒症状を起こした者も多く、少なくない数の死者もいたとのことだ。


 その経緯から、最初に教えられた “悪魔の根っこ” という不名誉をたまわり、長らく有益な食料と見做みなされなかったのだろう。


「事前に聞いておくが、知らずに芽などを食した場合の中毒症状は?」

「下痢・嘔吐・腹痛・頭痛等ね、大量に摂取しない限りは軽微だけど」


 列挙された諸症状はあくまで人間を基準にしており、強靭な肉体を持つ亜人なら、深刻化しにくいとする見解に騎士令嬢が胸を撫ぜ下ろした。


 その姿になごんだ様子の吸血鬼は、自ら膨張させた毒の話題を切り上げると、もう一つ残っていた栽培の件に触れて語り始める。


「…… というわけで、扱いは簡単な部類に入ると思う。連作障害があるから注意も必要だけど、新しい手法を農家の人達と試しているの」


「姫様、実はベルクスとの戦役で有耶無耶うやむやになっちゃってません?」

「あうぅ、確かにアリエルの言う通りです。 一度、畑を見に行かないと……」


 やや脱力した感じのなげきが届くものの、補給線を断たれたベルクス王国の主力が黙っている道理はなく、外敵に備えた次の布石を考えなければならない。


 ただ、少しの余暇よかはあるかと思い直して料理を楽しみ、舌鼓を打ちながら午後の一時をゆるりと過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る