第十四話 中核都市ヴェルデ近郊の戦い

 なお、出陣してきたベルクス王国の駐留軍に対して、背中を見せる事になった吸血姫麾下きかの北西領軍だが… 当然の如く、その危険性を配慮した陣形となっている。


「ちッ、奴ら殺る気満々じゃねぇか!」

「誘い出された感は否めなくとも、素通りさせられんだろ」


 矢面に立って相手の注意をこうとする駐留軍の騎兵や、追随ついずいする軽装歩兵達は思わず、辟易へきえきとした表情で愚痴を吐いてしまう。


 軽々に近づき過ぎないよう傾注けいちゅうする彼らの行く手には、長物をたずさえた羊人など獣人系種族の槍兵隊がおり、奥には槍衾の後ろから支援曲射を行う犬人族の弓兵隊まで展開していた。


 要するに北西領軍の陣容は定石の逆になっており、先頭に戦闘力の低い治癒術師らを含む輜重しちょう隊、後尾には歩兵隊や槍兵隊が配置されている。


「ふふっ、これなら反転攻勢もお手軽ね」

「左様で御座いますな、エルザ様」


 本格的な戦闘を前に中核都市の遠景など眺め、ほくそ笑む吸血鬼族の主従に斥候のコボルトが駆け寄って息切れしながらも、がぅがぅと駐留軍本隊の到来を告げる。


「お喋りは此処ここまでかと、号令を……」

「総員転進、私達のねぐら、ヴェルデを奪還します!」


「「「うぉおおおぉ――ッ!!」」」」


 領主たる吸血公の声が控えていた魔女の魔法 “ウィンドボイス” で拡散されると、それに呼応した軍勢が振り向いて、其々に自身の武器を天高く掲げた。


 一瞬前まで最後尾だった獣人槍兵隊が漸進ぜんしんを始め、相対あいたいする駐留軍の兵卒らも数的有利を活かすため機敏に動き出す。


 足止めの騎兵中隊を下げ、傍を固めていた軽装歩兵の三個中隊は街道右側の森へ、さらに兵種の変更なく見繕った同規模の部隊を街道左側の森へと向かわせる。


 薄くなった前面には駐留軍の槍兵達を二個大隊ほどあてがい、後方に四個中隊の弓兵達を付けた。


「先ずは部族国の獣人槍兵どもを此方こちらの槍兵で受け止める、軽装歩兵隊が両翼から押し包むまで持たせろッ! 」


「お見事な判断です、リヴェル様。弓兵隊、前衛支援の準備をッ!!」

「「「おぉおおおおッ!!」」」


 響く喊声かんせいの下、双方が有効射程に到達次第、斜めに構えた弓の仰角を調整して、一斉に上空へと大量の矢を放つ。


 少しの間を挟んで、風切り音を鳴らせた矢雨が降り注ごうとした瞬間、北西領軍では前衛隊に紛れ込んだ複数の魔人兵が、駐留軍では魔法兵が “ウィンド・プロテクション” を発動させた。


 組み上げられた術式に従い、突発的に生じた上昇気流が弓矢を巻き込んで無力化する最中さなか、両軍の槍兵隊は互いの得物を交える。


「「「うらぁああッ!!」」」

「「「うぉおおぉおッ!!」」」


 裂帛の咆哮を響かせて、人間以上の膂力りょりょくで獣人槍兵らの振るった槍打が叩き込まれ、其々それぞれに向けられた刺突などを弾く。続けざまに素早く引き戻した槍先を繰り出して、個々に対峙する相手の急所を貫いた。


 同じような光景は至る場所で見受けられ、亜人達の身体能力が高いことを証明するも… 倍差を越える駐留軍の手数に押されて、多くの者達が重軽傷を負ってしまう。


「「ぐぶッ、うぁ……あぁ…ッ」」

「くそ、血が止まら…ねぇ……」


 にわかに両陣営の前衛から聞こえてきた微かな苦鳴を拾い、愁眉をしかめた吸血姫の声が魔法由来の風に乗り、戦場に響き渡っていく。


「負傷者は無理せずに下がりなさい、無駄に死ぬことはまかりません」

「これまた難題を… 致し方ない、打って出る!!」


 いくさを知らない主に苦笑しつつも、老執事は後衛の治癒術師らに指示を出してから、麾下きかの精鋭を率いてコボルトら弓兵隊の間を進み、喚声の絶えない前線へと身を投じる。


 致命的な損傷を負いがたい屍鬼らが獣人槍兵の援護に付くと、全身の筋肉をたわめた状態から強弩バリスタで放たれた矢の如く、年を重ねてなおも屈強な三騎士 “鋼鉄” のレイノルドが吶喊とっかんした。


 反射的に駐留軍の槍兵が突き出した穂先を半身で躱し、踏み入りながらすくい上げるような剛拳アッパーを顎先に叩き込む。


「なッ、ぐがぁああッ!?」


 比喩ひゆでも大げさでも無く、鍛え抜かれた鋼の肉体による拳撃で、武装した人間ひとりが軽々と宙に舞った。


 異常な光景を理解する余裕すら与えず、正面に強烈な中段蹴りを放ち、直撃して内臓を破裂させた相手方の槍兵諸共、纏めて背後の複数人を転倒させる。


「ッ、何だこのじじいは!!」


 よく見れば、執事服姿に武骨なガントレットのみめている筋骨隆々な奇人に向け、後列から数本の槍が突き込まれていく。


「死ねや、人外ッ!」

穿うがつッ!!」


「温いわッ、たわけ」


 失笑したレイノルドは右剛腕を薙ぎ払い、すべての穂先をし折った上で、後方へ跳躍して間合いを取り直す。


 その際に両掌より血飛沫の散弾をばら撒き、唖然とする駐留軍の兵卒らを鎧ごと貫いて大量に絶命させれば、局所的ではあれども動揺が走り、一瞬の間隙かんげきが生じた。


「奮い立て、ともがら達よ! 全ては純血たる我らが姫の為に!!」

「「うぉおおぉッ!!」」


 此処ここ分水嶺ぶんすいれいと認識したのか、げきに応じて気合を入れ直した獣人槍兵と屍鬼兵が猛攻に転じ、駐留軍の前衛を徐々に押し込み始める。


 時折、弓矢の応酬も行われているが、風魔法という防御手段がある状況では決定打足りえず、本来なら左右の森に廻り込ませた軽装歩兵らが側面攻撃を仕掛ける筈だったものの……


 彼らは三騎士 “飆風ひょうふう” のクラウドが二手に分けて、事前に潜伏させていた遊撃隊の奇襲を受け、壊滅的な混乱の渦中にあった。

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