幻想楼閣 / 赤枠

追手門学院大学文芸同好会

第1話

 ……目を覚ますとそこは森だった。記憶がなく、俺が誰かもわからない。先が見えないことは目の前の森と同じだった。何かが足りない空虚な気持ちで俺は一方へ視線を向ける。なぜかは分からない。記憶のない頭に理解できない恐怖が流れ込む。恐怖に耐えながら耳を澄ますと、先から人の声がする。俺は立ち上がり足をそちらへ向け歩みを進めた。


 しばらくまっすぐと進むと突然森は開け、場違いなテーブルセットと二人の男女がそこにいた。

「おやおや、君は……そうか、そうだったか。どうだい、今から食事なのだがよければ一緒に食べないか。」

 貴族のような服装の年老いた男が話しかけてくる。

「おじいさま、どうやらこの方、先へお急ぎのようですわよ。邪魔してはいけませんわ。」

 陶磁器のような白い肌の若く美しい侍女が男を咎める。

「まあいいじゃないか、どうだ、これは明日飲むつもりだったのだが、今開けて食前酒にしようじゃないか。」

 男はかごから取り出したワインを器用にも指で開け、既に出ていたワイングラスに注ぎ入れる。なみなみとグラスに注がれるワインはいつしか限界を超え、白いテーブルクロスを朱に染める。

「いや、結構だ。ところで俺は今道に迷っていてね、森の出口を探しているんだが知らないか?」

「あらそうなのですか、でしたら向こうの楼閣に向かえばよろしいのでは。」

「……楼閣?」

 俺の問いに女は腕を斜め上に挙げる。腕の先に見えるのは景観にそぐわない高層の建物だった。

「記憶をなくしているのか。」

 男が注ぎ終えた空のワインボトルを手に話し始める。

「私は何度も記憶をなくしている姿を見ている。楼閣に着けば、真実が知れるだろう。」

 なんの根拠もない言葉だが、謎の違和感を感じ俺は楼閣へ向かうことを決心した。

「ああ、お待ちになって、楼閣へ向かうなら私も同行させていただきますわ。」

 歩みを進める俺を女が引き留める。

「なんでついてくる。」

わたくしにも理由があるのです。」

そう言って女は俺の後をついてきた。

「そうか……行くのか。では、さよなら。」

 男はこちらへ手を振っていた。


 俺たちは楼閣へ向かう。開けた場所では遠くに見えた楼閣は意外にも近く、さして時間もかからなかった。

楼閣の麓まで着くと、そこは茨の壁で覆われていた。

「このままじゃ通れないな。何か刃物はないか?」

「持っていませんわ。だってここにはないのですもの。」

 そう言って女は足を茨の壁へ踏み出す。

「どうぞ、お通りください。」

 女はこちらを向かずに白い手袋に血をにじませながら茨の壁を引き裂いて進んで行く。

 俺はその姿に恐怖を抱きながら声を出せずに拓かれた道を進んだ。


 茨の壁を越え、手入れされた薔薇園を進み、ついに俺たちは楼閣に足を踏み入れた。しかし、楼閣はいくら登ろうとも頂上にはつかない。登った階数では外観をすでに超えているだろう。

「いつまで続くんだこの楼閣は。」

 俺はどこまでも続く楼閣への怒りを口に出してしまう。

しかし、先ほどまでならあったはずの返答はない。さっきまであったはずの気配がなくなっている。

「おい、どこに行った?」

 後ろを振り向くが誰もいない。

「マジでどこ行ったんだ。」

 再び前を向くとそこには荘厳な装飾のされた扉が現れていた。

「なっ……どうなってんだ。」

 扉は突然現れ、こちらに入れと言うようにひとりでに開いていく。

 俺は怪しく思いながらも扉の先に足を踏み入れた。


「あらあら、先ほどぶりですわね。」

 扉の先の窓の淵、さっきまで一緒にいた女は先ほどと違う、胸元に一輪の薔薇を挿した漆黒のドレスを着てそこにいた。

「さっきぶりだな。トイレにでも行って迷ってきたか。」

 怪しさが恐怖に変わる中、虚勢を張って声を出す。

「この世界は夢の世界。排泄物など出ませんわ。」

「夢の中……それが真実ってことか?」

 俺は歩み寄りながら問いかける。

「残念ながらこれは真実のほんの一部。残りは既にわかってるはずですわよ。」

 女はこちらへ近づく。一瞬の頭痛が走る。俺は歩みを止め、全力で逃げようとする。が、足を動かそうとしてまるで固定されているかのようにピクリとも動かない。

「思い出しましたわよね、わたしのことも。」

 彼女はこちらへ近づき、血濡れた素手の手のひらで俺の頬を撫でる。

「私があなたを見つめても、あなたは私を見てくれない。私があなたを求めても、あなたは私を求めてくれない。私があなたを愛しても、あなたは私を愛してくれない。だけど私はあなたを許すわ、最後に私のものになるのなら。……私のものになる?ならない?」

「……」

「そう、答えないのね。残念だけど次のあなたに期待するわ。」

 そう言って彼女は頬から手を引き、胸元の一輪のバラを手に取り俺の胸に突き刺す。

 本来刺さるはずのないバラは服の上から胸を貫き、やがて心臓の動きを止めた。


「これで……何回目だったかしら。まあいいわ、あなたが私を愛すまで何度でも続けてあげる。」

 冷たくなった動かぬ彼の頬を撫でる。

 私は彼を片づけるために秘密の部屋への扉を開けた。

 部屋の中には数千体の彼がすでに乱すことなく並べられており、すべての彼は同じ姿でこちらを向いている。

 ああ、いつ見ても美しい。息の根を止める、この時だけは私を見つめてくれる、求めてくれる。しかし、愛してはくれない。ただそれだけですべてが虚しく感じてしまう。

「いけない、いけない、こんな顔じゃ笑われてしまうわ。」

 新しい彼を並べ、秘密の部屋の扉を閉じて森へ向かう。

「私は必ずあなたと一つになるわ。たとえ何度あなたが壊れても。」


 再び舞台の幕は上がる。




あとがき


はじめまして赤枠です。

せっかくなのでいつも書かない恋愛もの書こうとしたら迷走してこうなりました。

恋とはどこに?

しょうもない話でしたが少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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