連喜

第1話

 私は田舎に住んでいる。大阪、東京、名古屋みたいな大都市がある県ではなく、本物のド田舎だ。テレビで見るような流行りの物はどこにも売っていない。そんなところに住んでいると、みんなが知り合い同士で、噂が回るのが早い。


 私は子持ちの主婦で、夫は公務員。地方ではエリートと言われるような家庭だ。経済的には全く困っていなかったが、子どもが幼稚園に入った頃、暇だったからスーパーのパートに出た。そこで得たわずかな給料は化粧品や洋服などに使ってしまった。毎日化粧しても、見てくれる人は見ず知らずの男性だけだ。いろいろな人に声をかけられたが、その中の一人とついつい浮気をしてしまった。相手はスーパーに勤めている、年下の社員だった。


 半年くらい付き合ったけど、結局、勤務先にばれてしまった。私たちがラブホテルに入るところをお客さんが見ていたそうだ。そのお客さんはスーパーのパートの人と知り合いで、そのことを面白可笑しく話したらしい。

「レジをやってる人たちが一緒にラブホ行ってたよ。できてたんだ」

 聞いた人も黙っていてくれたらよかったのに、職場の人たちに広めてしまった。私は旦那が公務員なのに、気晴らしでパートに出ていたりしていたから、やっかまれていたようだ。噂を流した人たちも、ただ面白がっていたんだと思う。


 私はすぐに退職して、相手の人とも疎遠になったが、未練はなかった。もちろん名前は憶えているし、顔もわかると思うが、今も好きなわけじゃない。ただの出来心だった。なぜ、浮気してしまったかというと、毎日が単調過ぎて刺激を求めていたんだろう。


 しかし、もう10年前のことだ。それなのに、相手の男がいまだに前に私とやったと触れ回っているらしい。当時、私は29歳だった。短大の頃はそれこそ飛ぶ鳥を落とす勢いでモテていた。東京の事務所の人からモデルにならないかと言われていた。親の反対で諦めたけど、今でも行っておけばよかったと思うことがある。浮気相手は1歳下だけど、イケメンだった。田舎だから、イケメンを生かせる仕事がないのかもしれない。東京だったら、モデルになったり、テレビに出たりするんだろうけど。テレビの俳優を見て、今でもその人(田処さん)の方がイケメンだったなと思うことがある。彼も一時は俳優になりたいと思っていたけど、人生を諦めて結婚していた。10代の頃はジュノンボーイに応募して、惜しいところまでいったらしい。それが彼の自慢だった。


 今は私も38歳になっている。子どもは上が男で下は女の子。今高校2年生と中学1年生だ。夫は10歳年上の48歳で、理屈っぽくて口うるさい感じの男。結婚した頃は、しっかりしていて素敵だと思っていたが、今はうるさいだけだ。不倫がきっかけで、夫とも不仲になっているが、世間体を気にして離婚はしない。ほとんど会話もないのに、籍は抜いていない。


 私たちは不仲だけど、子どものために表面上仲良くしている。


「お前が男と不倫してるって、うちの職場で噂になってるらしい。お前、また浮気してるのか?」

 旦那が家に帰って来るなり文句を言い始めた。

「まさか。今は、男の知り合いなんて全然いないよ」

 私は答えた。この10年、飲み会なんかにも行ったことはなく、ほぼ軟禁状態で暮らしているのだ。旦那にもそう答えた。

「相手の男がお前のことを言いふらしてるんだろうな」

「ほんと迷惑」

 私は憤った。子どもが思春期なのに今さら昔のことを掘り返されてもと思った。


 その噂が幼馴染からも回って来た。

「美玖が浮気してるって噂になってるけど・・・嘘だよね」

「してるわけないじゃない。だって、今ほとんど出かけてないんだよ。出会いなんかないよ」

「ふうん。でも、最近のことみたいに聞いたから」

「どういうこと?」

「知り合いの知り合いから聞いたってやつかなぁ。うちの旦那が飲みに行ったら、『〇〇高校に通ってた、佐伯美玖って子いたじゃん。美人で有名だった子。あの子、不倫してるらしいよ』って、みんなが言ってたんだって」

「10年も前なのに・・・あの男・・・いまだに自慢してるんだ」


 私は次の朝、前に勤めていたスーパーに電話を掛けた。私は恥ずかしくてそのスーパーを利用することをやめていた。その代わり、車を運転して、ちょっと離れたところまで買い物しに行っていた。10年以上そうやって来たから、もう慣れていて、そのスーパーはないものと思うことにしていたのだ。

「佐々木と申しますが、田処さんってまだそちらにお勤めですか?」

「え?田処さん?」

「はい。前にそちらで働いてるって聞いたので・・・」

「ああ・・・ご存知ないですか?」

「はい。やめたんですか?」

「田処さん、東京に行って俳優を目指してたけど、亡くなりましたよ」

「え?いつ頃ですか」

「もう、8年くらい前じゃないかな・・・パートの人と不倫して、奥さんと離婚して、東京行ったんだけど、自殺しちゃって。仕事がなくて、精神的に参ってしまったみたいで」

 胃の中に冷たい物が流れ込んだ。


 8年前に亡くなってたって・・・!じゃあ、なぜ、噂が独り歩きしてるんだろう。ぞっとした。亡くなった人と私が不倫なんて・・・悲しいというより不気味だった。確かに、彼の方が私に夢中だった気がする。スーパーに出勤して、家に帰ろうとしたら、追いかけて来て別れたくないと言われた。どちらも既婚者で子持ちだったから、続けるのは無理だったと思う。


 誰が噂を流してるんだろうか。彼の奥さんじゃないかと、私は最初に思った。奥さんがどうしているか調べてみたら、再婚して北海道にいるということだった。そんな人がわざわざ、元旦那の不倫相手の噂を拡散するとは思えなかった。奥さんの親族だろうか。今さら?


 ***


 今日、ポストを見たら、宛名のない封筒が入っていた。封筒を開けると、田処君と私が映ったベッド写真が出て来た。10年前はまだガラケーの人も多かったが、田処君は新しもの好きで、iPhoneを持っていた。それでパシャパシャ写真を撮るのだけど、それで喧嘩になったこともある。全部消したと言っていたのに・・・。どうして残ってるんだろう。主人に見られないようにライターで火をつけて燃やした。


 私が道を歩いていると、人が話しているのが聞こえてくる。

「あの人、不倫してるんだって」

「遊んでそうだよね」

 私はいたたまれなくなってその場を走り去った。


 ***


 あれから、10年ほど経って、私もそろそろ50歳近いのだが、いまだに「不倫している」と噂を立てられている。私はもう外出していないのに。人からわざわざ電話があって、「美玖って不倫してるの?」と聞かれる。私はパートをやめた後は、ほとんど家にいて、人にも会っていないのに。誰が噂を流しているのか不思議でならない。

 

 ***


 私は気が付いた。私の友人が旦那と浮気をしていたのだ。旦那は私を何年も家に閉じ込めておいて、自分は外で好きなように過ごしていたらしい。私は気が付いた。何年にも渡って、夫に復讐されていたのだ。逃げ出したいが、もう気力がなくなっている。気が付いたらうつ病になってしまった。


 


 

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