第13話 俺は女子に人気あった

 俺と付き合うことになった姫川菜乃は、実はVtuber聖天使ナノン。

 昨日の配信で放送事故を起こしたので、心細いから今日の配信も俺に一緒にいて欲しいと頼まれた。

 だが、俺のミスでクラスメイトの栗原に配信のことを知られてしまった。

 栗原はナノンの大ファンだから配信を間近で観たいと希望し、菜乃が秘密の絶対厳守を条件に彼女の同席を許してしまう。


「どうぞ。ふたりとも上がって」


 心なしか菜乃の機嫌がいい気がする。

 昨日、俺がお邪魔したときも笑顔だったが、今は楽しそうだ。


「へぇ~。さすが姫川さん。素敵なところに住んでるんだぁ」


 栗原がリビングに入って感想を言った。


 分かるぞ、その気持ち。

 俺も昨日来たときに同じことを思ったからな。


「お茶を入れるから少し待っててね」


 昨日と同じように菜乃がキッチンで準備を始めた。


 俺の耳元へ顔を寄せた栗原が小声でささやく。


「ねぇ。健ちゃんは姫川さんの家に来て平気なの?」

「なんで?」


「健ちゃんって、カレンちゃんの言いなりじゃない? 私、てっきりカレンちゃんを好きなんだと思ってたけど?」


 俺の気持ちは、外からバレバレだった。

 現に昨日の下校前まではそうだったし。

 だけど今、カレンにそんな気持ちは残っていない。

 そして昨日から付き合い始めた姫川菜乃に、もうずいぶん惹かれている。


「カレンには彼氏ができたんだ。彼女にとって俺はただの幼馴染みで、恋愛対象に入らないから距離を置きたいんだと」

「それ本当?」


「今朝も駅でワザワザ俺を待ち伏せして、前田っていう新しく付き合う奴を自慢してきたくらいだ」

「おかしいなぁ。なんでそんなことするんだろ?」


 栗原が首をかしげている。

 悩む姿が小動物のようだ。


 でも何が疑問なんだ?

 俺はカレンに、恋愛対象にならないとハッキリそう言われたんだが。


 菜乃がトレイに紅茶をのせて持ってきた。


「はい、紅茶をどうぞ。クッキーも食べてね」

「わあ、美味しそう! いただきます!」


 菜乃が淹れた紅茶に栗原が早速手をつける。

 紅茶のトレイを下げた菜乃が俺の横に座った。


「ねぇ、中村さん。栗原さんと何話してたの?」

「あ、いや、別にたいしたことじゃ……」


 俺がせっかく誤魔化そうとしたのに、栗原が菜乃へ嬉しそうに説明を始める。


「ねぇねぇ、健ちゃんの幼馴染みに美崎カレンって子がいるんだけど、彼氏ができたらしいよ! だから、健ちゃんは彼女を諦めたんだって。今だったら健ちゃんにちょっかい出しても、カレンちゃんに怒られないんだよ」

「そ、そうなのね」


 ちらりと俺を見た栗原が、得意そうにクラス内の情報を菜乃へ語る。


「健ちゃんってね、ウチのクラスの女子にかなり人気があるのよ」

「うん。納得ね」


 そうなの!?

 俺、女子にかなり人気があるの!?


「だけどほら、健ちゃんにはカレンちゃんがいつも一緒じゃない? 彼女が凄い所有感出すから、みんな諦めちゃってたのよね」

「分かる気がするわ」


 いやいや、初耳なんですけど!!


「でも、今なら健ちゃんフリーなんだよね?」


 栗原が俺をじっと見てきた。


 実はフリーじゃない。

 俺は菜乃と付き合っているからだ。

 本当はこんな素敵な人との関係を隠したくはない。

 だけどVtuber事務所から、恋人がいるのを隠すように言われたらしい。

 ナノンが菜乃だと身バレしたときに、彼氏がいるとなれば完全に再起の目は断たれるからだ。

 リスクを考えれば、秘密にすべきだと俺も思う。


 本人に頼まれたとはいえ、目の前でフリーだと栗原に嘘をつくのは菜乃を傷つける気がした。


「く、栗原は、何で急にそんなことを言うんだ?」

「私ってゲーム好きでしょ? だから、付き合うならゲーム好きな人がいいなぁって思ってて。ほらもう高3だし? 彼氏と一緒にゲームができたら楽しいだろうなぁーってね」


 そう言って栗原がまた俺の方を見た。

 栗原のまなざしは、教室で話すふざけた感じがなくて真剣だった。

 

 ふと視線を感じて横を見ると、菜乃が真っすぐに俺を見ている。


「あ、えと、カレンの話はやめない? それに俺、今惹かれてる女性がいるから」


 俺がそれとなく気になる相手がいると伝えると、菜乃がとても嬉しそうにうなずいた。


 秘密じゃなきゃ菜乃と付き合い始めたと言いたい。

 でも友人知人には、俺と菜乃の関係を秘密にした方がいいんだ。

 菜乃に彼氏がいると知られると、もしVtuber聖天使ナノンが菜乃だとバレたとき、ナノンに男がいるとすぐ広まってしまうから。


「惹かれてる女性!? カレンちゃんに彼氏ができた途端、行動が早くない? あ、分かった! 健ちゃんは、カレンちゃんを単なる幼馴染みとして見てるってこと? あ! 実はもう、仲がよくて気になる女子がいるとか!?」


「どうだろ? まあそんなとこ。それよりも姫川さん、配信の時間、大丈夫?」

「そうね。準備とかもあるし、そろそろ部屋へ移動しましょ。椅子をひとつ増やさないと」


 俺も菜乃も栗原の追及を誤魔化すために、さっさと配信の方に話題をそらす。


「そっかぁ。仲が良い女子に惹かれてるのかぁ。やばいなぁ。私、困ったなぁ。どうしよう??」


 なぜか栗原が顔を赤くして口元を両手で隠すと、モジモジしながらじっと俺を見つめた。

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