第28話 会議室で、好きな娘と

 放送事故を起こした俺は、栗原専務へ謝罪するために事務所の応接室へ向かった。

 だが彼女からは逆に期待され、業界1位の『てらくろっく』を超えたいと熱く語られる。

 そこへ俺と打ち合わせをするために菜乃が登場。

 高揚する栗原専務の様子を見た彼女は、俺に迫っていると勘違いしたようで……。

 菜乃は俺を別の会議室へ連れ込むと、部屋のカギを閉めたのだった。


「健太が初めて付き合う男の人だって言ったよね?」

「菜乃?」


 菜乃に引っ張られて俺との距離は近い。

 扉を背にする菜乃の口調には覚悟が感じられた。


「だから私のキスは健太のオデコにしたのが初めて」

「俺は、まともなキスをしたことがないかな」


 俺の答えを聞いた菜乃は、疑問そうにした後に少しためらってから口を開く。


「……まとも?」

「あ、うん。足の甲にキスさせられたことがある」


 彼女の目付きが険しくなる。


 しまったな。

 まとも、とか余計なこと言わなきゃよかった。


「何それ? まさか、美崎さん?」

「……そう。小学校低学年のときに、お姫様のように扱えとか言い出して。ファーストキスが足とか嫌だったんだけど、しないと大暴れするって言うから」


 美貌の王妃が護衛騎士に忠誠を誓わせる、カレンはそんなイメージだと言っていた。

 でも、そんなロマンチックな状況じゃなかった。

 近所のスーパーのアイス売り場で、カレンが急に俺へサンダル履きの足を突き出したんだ。

 よくあるカレンの思いつき。

 それでも俺はカレンを好きだからやった。

 ためらいながらも、汚れた足の甲にキスをした。

 なのにカレンは顔を歪めて「キモッ」って言った。


 思い出すだけで気持ちが暗くなる。


 菜乃は落ち込む俺の様子を見ていたが、一瞬間があってから何かを考えたようで顔を赤くした。


「健太、あのねっ!」

「な、何?」


「う、う……」

「う?」


「う、上書きを……」

「上書き?」


 菜乃は声を出すたびに顔を赤くすると、目線だけ横にそらす。


「上書き、してもいいわよ。……私で」


 上書き??

 いま俺が話してたの、キスのことだよな。

 俺が初めてキスしたのは、無理にさせられたカレンの汚れた足だったって。

 上書きってまさか……俺のキスをか!?


「し、してもいいって、どこに?」


 恐る恐るたずねる。


「もう。それ聞くかな?」


 そう言って菜乃は苦笑いすると、斜め下へ脚を突き出した。

 ひざ下丈で薄い水色生地のスカートからは、細くて綺麗な脚がまっすぐに伸びている。

 かかとに紐のないサンダル、確かミュールって言うんだっけ?

 その突っかけサンダルからは、足の爪に塗られた赤いペディキュアが見えている。


「え? キスって足になの?」

「まず足。じゃないと上書きにならないでしょ。それとも、私の足だと嫌……かな?」


 急に口調が弱くなって、俺を上目遣いで見てくる。


 嫌な訳ないだろ!


 俺は黙ってしゃがんだが、菜乃の生足を前にしてあまりの色っぽさに思わず生唾を飲む。


 今までの人生で経験がないほど緊張しながら、ゆっくりミュールを脱がせて彼女の足を下から支える。

 そして、菜乃の足の指先へキスをした。


「あ、ああっ。健太っ、そんなにしたら……」


 菜乃の甘い声を聞いて、とてもキスだけじゃ我慢できなくなる。


「ゆ、指を舐めちゃだめぇ。ね、もう許して……」


 挑発してきた菜乃の方が、ねをあげた。

 ミュールを履かせてから立ち上がると、彼女が瞳を潤ませて俺を見つめる。


「ねぇ、足だけじゃヤダ? 唇にもしたい?」

「できれば」



「……うん、いいよ……唇にするの、許してあげる」


 彼女が俺を見つめて微笑む。

 その微笑みが俺にとっての引き金だった。



 菜乃の唇へキスをした。



 彼女の手を掴んで後ろの扉へ押し付ける、少し強引なキス。

 唐突なようでそうじゃなかった。

 俺がずっと狙っていた彼女の唇。

 でも、俺の方に顔を向けてキスを受けいれる菜乃も、きっと待っててくれたハズ。

 いや、このキスは菜乃に導かれたんだ。

 菜乃は最初からキスをする気でカギを閉めた!?


 キスの途中、息を忘れて頭がぼんやりした。

 とても幸せな時間。


 菜乃も「ん、ん」と声にならない吐息を漏らして静かに受け入れていた。


 そのまま押し倒したいくらいに気分が高揚する。

 唇を離して菜乃を見る。

 彼女もぼーっとしていた。

 今なら、ここで何をしても受け入れてくれそうなほど、彼女はとろんとした目で俺を見ていた。


――コンコンコン。


 いきなり扉がノックされた!

 扉を背にしていた菜乃も、目の前の俺も、あまりに突然のことで驚きすぎて身体がビクついた。


「きゃっ!」


 直後、バランスを崩した菜乃が俺へもたれかかる。

 俺は菜乃と近すぎてそれを支えることができず、そのまま後ろに転んだ。

 尻を床へ強打する。

 さいわい机にぶつかることはなかったが、菜乃も一緒に転んで、俺の上に乗っかっていた。


「い、痛たた……。健太! 大丈夫!?」

「ああ、なんとか……」


 本当はふたり分の体重で尻を床へ打ち付けたので、目から星が出るほど痛かったが、彼女を心配させまいと強がる。

 菜乃は急いで起き上がると、俺の手を引っ張って起こしてくれた。


「また今度、続きしてね」


 彼女は小声でそう言ってから、ミュールを履き直して扉のカギを開けた。

 菜乃が扉を開けると、顔を見せたのはなんと瑠理。


「あー、健ちゃんと姫ちゃん! なんかすごい音がしたけど大丈夫?」

「そ、そうなの。健太がお、お尻を打って」


 慌てる菜乃の後ろから、俺も顔を出す。


「俺が転んでさ。平気だから」


 何ごともないフリをして取りつくろう。

 まあ、会議室で転んだのは事実だし。


 俺が頭をかくと「ドジだね」と瑠理が笑った。

 笑顔の彼女は、薄いベージュに花柄の可愛らしいワンピース姿でよく似合っている。


「健ちゃんの配信見てたよ。事故ってたね! お姉ちゃんに事務所へ呼ばれてると思って、冷やかしにきたんだけど……いまカギかけてたよね? あ、お邪魔だった?」


 瑠理が顔を傾けて聞いてくる。


 会社の会議室でカギかけて、変なことしてたのがバレたらまずい!


「る、瑠理ちゃんってば! 何言ってるの!」

「菜乃の配信で、どうカルロスに迷惑をかけるか打ち合わせるんだ。瑠理の意見が欲しいんだけど」


 俺は知らんふりして打ち合わせに瑠理を誘う。


 彼女は様子を探るように菜乃を見てから、俺の顔を見て急に目つきを変える。

 表情から、明らかに何かに気づいたように見えた。


「……無理しなくていいよ。やっぱり私帰るね」

「いや頼むよ。菜乃の相手が俺じゃ、ちゃんとした打ち合わせにならない」


「ホントにいいの? 私、お邪魔じゃないの?」

「もちろん。頼むよ、瑠理先輩!」


 彼女は、むむーっと口をすぼめてから笑った。


「瑠理先輩だなんて! そう言われちゃ断れないでしょ。じゃあ、コーヒーでも買ってこよう。3人分は持ちきれないから、健ちゃんも手伝って」


 瑠理がカップコーヒーを買いに部屋を出た。

 それを見た菜乃が椅子にへたり込む。


「健太はトラブル対処が上手ね。Vtuber向きよ」

「小さいころから毎日がトラブルだったからね」


 俺が苦笑いして部屋を出ようとすると、菜乃がハンカチを差し出す。


「はい。拭いてから行ってね」

「え? 血なんて出てないと思うけど」


 すると菜乃はかなり恥ずかしそうにしながら、俺の唇をハンカチで優しくぬぐった。


「私が塗ったラメ入りのリップグロス、たくさん健太にくっつけちゃったから」


 ハンカチには、拭き取られたリップグロスのラメが付いている。

 彼女に優しく拭いてもらったのは嬉しかった。

 でも、菜乃のリップグロスがとれてしまったのは、かなりもったいなく感じる。


 菜乃を会議室で待たせて、急いで瑠理のいるコーヒー自販機まで行く。

 すると、瑠理がすでに1杯目を手に持ち、2杯目の注文ボタンを押していた。


 俺を見て彼女が頬を膨らませる。

 ちびっこい瑠理が、ベージュのワンピースを着た愛らしい姿なので、なんとなく頬にどんぐりを詰めたリスを連想させた。


 俺は安心しきって、その顔を単純に可愛らしいなと気を抜いて見ていた。

 だが、うまく誤魔化せたと思った俺は甘かった。

 頬を膨らませた彼女に言われたのだ。


「口についたグロス、拭いたんだね!」


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※菜乃の誘惑いいなって方、ハートを数回押していただけますと嬉しいです!

※次回もちょいエロ展開です。苦手な方すいません。

(✿ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

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