第15話 愚民ども我が声を聞け

 俺と栗原は菜乃の家にお邪魔して、聖天使ナノンの配信を観ることになった。

 ところが配信が始まると、放送事故の影響でアンチが湧いており、菜乃を傷つけるようなコメントが大量に書き込まれる。

 引退を迫るコメントに、菜乃がショックを受けて声を出せなくなったときだった。

 なんと、横にいた栗原が突如配信に乱入したのだ。

 同じ事務所の先輩Vtuberルリア・カスターニャとして!


 オイオイオイッ!

 ルリアって、カワイイ総研のツートップだろ!?

 チャンネル登録100万、同時接続だっていつも軽く3万を超える大人気Vtuberじゃないか!!

 しかもだ!

 ルリア・カスターニャの正体が同じクラスの栗原だなんて……。

 普通なら絶対信じないが、目の前でしゃべるこの声、口調はまさに本人!


『貴様らぁ、覚悟はできてるんだろうなぁ?』


 ライブ環境に栗原の甲高い声が響く。


《ル、ルリア様ぁああああ!!》《この声たまらん》

《やべぇ、ボス連れてきやがった》《ゲスト豪華!》

《いやったぁああああ!!》《神回!》《神回キタ》

《ルリアって誰?》《流れが》《ケンタはよケンタ》


 凄い……。

 少ししゃべっただけでこの反応!

 さすが、ルリアだ!

 彼女は軍人設定で黒髪ロングの少女キャラ。

 今はナノンの絵だけでルリアのキャラ絵はないが、罵る彼女が目に浮かぶようだ……。


『ねぇナノン! これに私と背景が入ってるから』

『え、あ、そうね。ありがとう、ルリアちゃん! ちょっと待っててね!』


 慌てた菜乃が栗原からUSBを受け取り、背景データを取り出す。


《切り抜き楽しみ》《切るとこある?》《全部必要》

《ナノンとルリア仲いいの?》《初コラボじゃね》

《これ放送事故?》《サプライズ》《ねえ謝罪は?》


 菜乃がパソコンを操作して、背景が切り替わる。

 元からいる2Dキャラの聖天使ナノンは向かって画面の右側、ルリア・カスターニャは動きのない立ち絵で左側だ。

 ちなみに背景は、戦地風で焼け野原。


『ふう、これで少しは我輩もさまになったな!』

『ナノン嬉しい! ルリアちゃんが来てくれて!』


《わし嬉しい》《わしも》《ワシも》《最強軍人!》

《なんかすげえ絵ずら》《軍人少女と天使とかww》

《ナノンのコラボめずらし》《ふたり初コラボおめ》

《ふたり仲いいの?》《初カラミ》《仲いいの??》

《金で質問》《金田》《誰か投げろ!今すぐにだ!》


 あっという間に電子マネーの祝儀を示す、色枠に金額の入ったコメント、略してスパチャがコメント欄に3つ入る。


『バカ者! これから説教で貴様らを分からせてやるんだ。いま投げ銭をするんじゃない!』

『ちょっと、ルリアちゃん! ちゃんとお礼言わないとダメよぉ』


 甲高い声でリスナーを罵る少女軍人、声と絵のギャップがもの凄い。

 それを必死にいさめようとする天使の姿が滑稽だ。

 背景だけ戦地風の焼け野原なのでシュールである。


《ぬおおおお!》《萌構図》《何だコレはああああ》

《仲いい》《カラミ見たい》《金が要る》《任せろ》


 立て続けに10件ほど連続でスパチャが入る。


『後だ後! 最後に読み上げてやる! あっ、また! ちょ、だから今は心して聞けと……』

『みんな、ありがとう! でも、スパチャはちょっと待っててね!』


《ルリア困っとる》《コラボ苦手か》《コミュ障か》

《説教阻止》《熱き展開》《金の力をみせてやる!》

《俺は投げる》《俺も続く》《漢》《うぉぉおおお》


 ヒートアップしたファンは話しを聞かない。

 次の瞬間、暴走した。

 高額を示す赤枠コメントが大量に流れたのだ!


『あ、こら、赤スパを投げるな! ああああ、まったくッ! しょうがない奴らめ。しかたない。ナノン、今コメントを読み上げるぞ!!』

『え? 後でじゃないの?』


『大事な話は配信の最後に変更だ』

『じゃあ、ナノンと半分こして読み上げようね』


《変に律儀》《仲良しか》《萌ゆる》《熱き展開》

《てぇてぇ》《半分こだって》《これはてぇてぇ》

《大事な話って?》《ナノン頑張れ》《たずな握れ》


 この後、ふたり仲良くコメントを読み上げ、配信は大いに盛り上がった。

 ようやく、コメント欄が落ち着きだしたころに、栗原が演技で小さなせきばらいをする。


『コホン。あー、今さらだがナノンのこの前の放送事故について、おまえらにひとつ教えてやる』

『え、ルリアちゃん急にどうしたの?』


 うやむやになった放送事故の話をぶり返したので、驚いた菜乃がリアルで栗原を見つめた。

 栗原が親指を立ててまかせろと主張する。


《何今さら》《もうどうでもよくね?》《興味なし》

《おまいらどうせ後で騒ぐんだろ》《なら真相はよ》


『ナカムラケンタというのは一般人ではない! ナカムラ・カルロス・ケンタという、これからVtuberデビューする男だ』

『え、あ、そうなのよ。彼はVtuberに……なるね』


『ナノンと奴には過去に確執がある! そのカルロスがウチの事務所からVtuberデビューする! だからナノンは先手を打って煽った!』

『そ、そう、私煽った! 確執あるから! え、ウチでデビュー!?』


『そして今後も煽って迷惑かける気だ。なあ?』

『今後も迷惑かける気よ! ……へ? 今後も!?』


 インパクトのある報告に大量のコメントが流れる。


《どゆこと?》《業界人?》《この業界?配信の?》

《ナノン配信でケンカ?》《デビュー前に潰す気?》

《同じ事務所とか草》《配信でそれ、相手迷惑だろ》

《事務所公認デスマッチ》《ナノン迷惑》《迷惑系》

《カルロスに迷惑かける気》《迷惑系にチェンジ?》


 そしてこの配信でもっともインパクトのある、決定的なコメントが赤スパで流れた。



《迷惑系Vtuber聖天使ナノンーーッッ!!》



 30分の短い配信だったが、SNSで拡散したルリア乱入は視聴者を呼んだ。

 同時接続が瞬間的に10000を超え、聖天使ナノンの配信では過去最高のスパチャを記録した。


◇◇◇


「はい、おつかれちゃん」

「ふう。おつかれさま。あの、栗原さん……ありがとうね」


「ふっふっふ。先輩として当然よ」

「本当に助かりました。でも、私との確執って?」


 当人の菜乃も確執について知らないようで、配信が終了してすぐに栗原へ質問する。


「うーん、私は言われた通りにしただけなんだよね」

「そういえば昨日、事務所で少しキャラ変しようって言われたの。っていうかルリアちゃんのこと、事前に教えてくれてもいいと思うのよね」


 菜乃が口を尖らす。

 彼女には悪いけど、リスナーに責められてあの様子になるんじゃ、事前に知ってたら逆に上手くいかなかったかもな。

 事務所もそこら辺を分かっていそうだ。


「それじゃ、姫川さん。ううん、姫ちゃん! 今から事務所行かなきゃだよ!」

「そ、そうなるわよね。でもちょっと疲れたわ……」


 くたびれ果てた菜乃とは対照的に、栗原は元気いっぱいだ。

 俺は気になってたことを栗原にたずねる。


「あのさ、同じ事務所なのにふたりはお互いを知らなかったの?」

「あー健ちゃんそれ、多分私のせいなんだ。急いでるから後で話すね。あと分かってると思うけど、健ちゃんも事務所行くんだからね」

「俺も? まあ、そんな気はしたけど」


 何しろ俺は、聖天使ナノンと確執のある、ナカムラ・カルロス・ケンタらしいからな。


 この後、菜乃の携帯に佐藤マネージャーから電話が入り、栗原の話通りに事務所への出社を促された。

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