第10話 幼馴染みの攻撃はミス
登校のために学校近くの駅で降りた俺は、幼馴染みのカレンに出くわした。
昨日、ケンカ別れのようになり、今朝ひとりで登校したところを彼女が待ち構えていたのだ。
俺への怒りをあらわにし、謝罪を要求するカレン。
そんな修羅場へ、学年一の美人、姫川菜乃が乱入したのだった。
「あのとき私、手は抜かないって言ったわよね?」
その声は、凛としてるのに少し甘く艶やかな響き、そして確かな意志と覚悟が感じられた。
正面では、あのカレンが驚いてひるんでいる。
「て、手は抜かないって……。あれ本気だったの?」
「もちろん本気よ。追及される覚悟はいい? 美崎さんッ!」
菜乃はカレンを指さす!
「あなたの隣には彼氏がいるじゃない! それなのに中村さんとも付き合いたいの?」
「え、あ、違うわよ! 前田はただ一緒に登校しようと思っただけだし!」
菜乃は強い口調でカレンを追及した後、前田に対して優しく声をかける。
「前田さん、あなたも災難ね。こんなに大勢が見守る中で二股宣言されるなんて……」
菜乃に言われてやっと状況を理解できたのか、前田が周りを見渡して悲しそうな顔をする。
「美崎ちゃん、それほんと~? 俺、結構マジなのに、酷いよ~」
「前田、ちょっと何言ってんのー!? あんたなんか、ただ都合がいいから呼んだだけよ! マジとかやめてよ、キモイなー!」
カレンのあまりの言い草に、やじ馬たちから非難の声が漏れる。
「二股宣言だってー。何それモテる自慢?」
「うわー。二股する女を彼女にするとかありえねー」
「前田くんかわいそ。でも目が覚めたんじゃない?」
「美崎カレンって見た目はいいのに性格ブスだな」
「ってか幼馴染みの中村くん悪くないんじゃない?」
「そりゃ、二股じゃメッセージの返信もしないって」
カレンがせっかく集めたやじ馬たちは、むしろ彼女が悪いと非難するようになった。
影響力のある菜乃が、うまく真実を伝えたからだ。
「なあ、カレン。姫川さんはあえて昨日をカウントしてないんだ。ほら、意味分かるだろ? だからもう引き下がってくれよ」
「うぐぐ……。け、健太はどっちの味方なのよー?」
いや、もちろん完全に菜乃の味方だけど!
でも、カレンにだって気を遣ってんだぞ!
昨日の三浦を持ち出せば、カレンは三股になる。
今その話もすれば彼女は袋叩きだ。
俺は幼馴染みのそんな姿を見たくない。
「美崎カレンて感じ悪すぎだろ?」
「前田くん、強く生きてね!」
「みんなの前で自分の男を下げるとか、ないわー」
目論見が外れたカレンは、やじ馬たちの言葉に顔をゆがめていた。
必死に次の言葉を絞り出す。
「だ、だいたい姫川さんこそ、健太に告白したというのはどうなったのよ?」
「え、あ、それは……」
菜乃の目が少し泳いだ。
困って俺の方を見ている。
付き合ってるのは、秘密にする約束をしたからだ。
彼女の澄んだ瞳を見た俺は、この人を守らねばという思いに駆られた。
俺はせっかく彼女が頑張っている、Vtuberの活動を守らねばと思った。
急速に気になりだした女性、姫川菜乃の可能性をつぶしてはいけないと思った。
自分が恥をかくことなんか二の次で、菜乃の今を大切にすべきと思った。
彼女の視線に対して、俺は視線で合図する。
告白は作り話だったと答えてくれと。
そんなものはなかったと。
菜乃が俺を何とも思ってないことにすれば、彼女のVtuberの活動は守られる。
昨日の話は俺を救うための演技で、恋愛感情なんてないことにすればいい。
やじ馬から見れば、片思いの俺がフラれたように見えるだろう。
俺の送ったアイコンタクトは菜乃へ伝わったはず。
彼女は俺としっかり目線を合わせてから口を開く。
「私と中村さんに特別なつながりはないわ!」
カレンやその場に居合わせた全員は、菜乃が急に何を言いだすのかと聞き入った。
今から彼女は、演技だったと打ち明ける。
俺は菜乃の恋愛対象にはならない男だと、やじ馬たちにあわれんで見られるだろう。
優しい彼女が俺を助けただけだと。
それで別にかまわない。
彼女のVtuber活動が守られるのなら。
菜乃は表情を引き締めると、大きく息を吸い込む。
「なぜなら私、彼に本気で告白してフラれたから!」
「え? フラれた??」
思わずつぶやいてしまった。
「……えっ!? 菜乃がフラれたの!? 俺に!?」
それから時を同じくして、みんなが理解しだす。
「ええぇぇええええッッッッーーーー!!!!」
俺は今まで生きて来て、こんなに大勢の人が綺麗にハモったのを初めて聞いた。
固唾を飲んで聞いていたやじ馬の連中までが、驚きのあまりにのけ反って声をあげていた。
当然俺もだが、カレンの仰天ぶりも凄かった。
「う、嘘でしょう!? 姫川さんが健太なんかに本気で告白したの!? あれって、健太をかばってたんじゃないの?? しかも、こいつがフッたの?」
早口でまくし立てたカレンは、「ありえないありえない」とつぶやいている。
俺は俺でパニックになっていた。
一体どうしたんだよ、菜乃!
なんでそんなこと言っちまったんだ!?
確かに俺との関係を疑われるよりはいいけど……。
俺が菜乃の真意を測りかねて目を見ると、彼女は俺に優しい眼差しを向けた。
自己犠牲。
その綺麗な瞳と視線を合わせたことで、俺はようやく彼女の真意に気がついた。
彼女は俺への告白を演技だったと言わず、自分がフラれたことにした。
俺の評判を傷つけないために、自分の不名誉を選んだのだ。
わざわざフラれたという嘘をつき、学校中に知られるという不名誉を受け入れてでも、俺を傷つけないようにしたんだ。
……なんて……なんて女性だろう!
俺を助けるために、こんな大勢の前でフラれたと嘘をつき、積み上げた自分のイメージを犠牲にするなんて。
この瞬間、俺には彼女が本当の聖天使に見えた。
菜乃の背中に、あるはずのない天使の翼を見た。
Vtuber聖天使ナノンと同じ、あの純白の大きな翼が俺には見えたのだ。
姫川菜乃。
自分のことを後に回し、一番に俺を思ってくれる人。
俺を好きだと言ってくれた人。
心の優しい人。
そんな女性に生まれて初めて出会った。
俺はこの人を……姫川菜乃を誰より大切にしたい!
しかしだ。
姫川菜乃が中村健太にフラれたというこの衝撃的な嘘は、すっかりやじ馬たちの心をとらえてしまったようだ。
「おいおい、姫川さんが中村に告白しただと!?」
「しかも本気の告白だって!」
「だが、中村がそれを断ったってウソだろ!?」
「ざけんな! 姫川さんがフラれるわけねえ!」
「でも姫川さんがそう言ったのよ?」
「信じられないわ。姫川さんがフラれるなんて……」
「ねえ、ちょっと、もうこんな時間よ!」
「やべぇ、学校遅刻するぞ!」
やじ馬たちは、混乱しながらも遅刻ギリギリに慌てて、潮が引くようにこの場から離れていく。
そして、駅前はいつもの朝の風景に戻った。
周りに人がいなくなったので、菜乃に声をかける。
「菜乃、どうするの? 噂が広まったら困るよね」
「ごめんなさい、健太。私、あなたが大切だから助けたくて、それでつい……」
俺は彼女を心配して声をかけたが、後の祭り。
学校のみんなは、すっかり菜乃が俺へ告白してフラれたと思ったようだった。
こんな話、一瞬で学校中に広まる。
これだと学校中の奴らから中村にフラれたという、不名誉な認識を持たれてしまうだろう。
意図せずして、昨日ナノンが配信事故した内容と同じになってしまった。
「菜乃、ありがとう」
菜乃を気遣っていると、カレンが声を張り上げた。
「ちょっと。今の何ー! あんたたち、何で呼び捨てで名前を呼び合ってるの!? 妙にふたりとも馴れ馴れしいし。おかしいじゃないの!」
「ごめんカレン、遅刻するから先行くわ」
「じゃあね、美崎さん!」
俺が歩き出すと少し距離をとって菜乃も歩き出す。
後ろから前田とカレンの声が聞こえる。
「美崎ちゃん。俺のこと遊びじゃないよねぇ?」
「何あれー! 一体何なのよ! あれじゃまるで、私よりも姫川さんを好きみたいじゃない!」
「いや、姫川さんのことはみんなが好きっしょ。ねぇそれよりも、俺と仲良く登校しようよ~?」
「あーくっだらない。ホント馬鹿くさ。私帰る!」
「え? マジ? じゃ、どっか遊び行く?」
「ちょっと前田ー! こないで! ほっといてよー」
前田とカレンの会話が遠ざかっていった。
どうやら彼女は、俺に腹を立てたのか学校をサボる気らしい。
こんな場合、機嫌を損ねたカレンをなだめるのは俺の役目だった。
いつも何とか頑張って、彼女を学校へ連れて行こうとしていた。
でも今のカレンには彼氏の前田がいる。
彼女のご機嫌とりは前田の役目だ。
俺は心の中で前田に頑張れとエールを送り、学校に向かって歩くスピードを速めた。
菜乃は少し離れて後ろからついて来ている。
彼女の優しくて甘い視線を感じながら、急いで学校へ向かった。
結局、教室に入ったのは遅刻ギリギリ。
でもお陰で、配信で漏れたナカムラケンタというフルネームについても、菜乃をフったという間違った話についても、みんなの追及を受ける間もなくホームルームと一限目の現代文が始まった。
配信の話は誤魔化せても、菜乃をフったという話は誤魔化しにくい。
彼女自身が、学校のみんなに向かって言ったことだからだ。
学校一の美人を俺がフッた噂はすぐに広がる。
すでに俺の携帯には、真相を問い合わせるメッセージが大量に押し寄せていた。
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