第6話 コメント欄は大荒れで

 学校一の美人、姫川菜乃はVtuberでした。

 彼女はピンクのキャミソール姿で配信を始めて、俺は隣で聖天使ナノンとして話す姿を見ていたが、なんとその配信を切り忘れていたようで……。


「わ、わ、私、健太が横にいて緊張しちゃって!」

「ま、待て待て、俺のせいじゃないよな!?」


 パニックになったのか、菜乃は眉を八の字にして目に涙を溜めている。


「ぐすん。もう……健太を好きなのが原因なのよ?」


 う、あ、可愛いなぁ……。

 そんな涙目の困り顔で言われたらもう!

 ……いや、嬉しいけど照れてる場合じゃないぞ。

 この場には俺しかいないんだ。

 俺が彼女を何とかしてあげないと!!


「あのさ、今の配信、録画してるんでしょ?」

「う、うん、そう……」


「ならば落ち着いて、まず何が漏れたか確認してみようよ!」

「……うん」


 菜乃は動揺したままだったが、落ち着かせようと声をかけると、俺のことをすがるように見つめて小さくうなずいた。


 いつも背すじを伸ばして凛としている菜乃が、今は子リスのように小さくなっている。


 イスを並べてふたりで録画データを確認する。

 たぶん今頃、事務所が大慌てで対策を検討していると思う。

 でも菜乃の不安を除くため、この放送事故がどの程度の事故なのか、俺達でも把握するべきだろう。


 予期せず配信された後半部分には、バッチリ俺と菜乃の会話が入っている。

 それに反応したリスナーが書き込みまくり、冬の日本海のようにコメント欄が大荒れだった。



『い、いつもより緊張した……。どうだった?』

『凄いね! ちゃんとVtuberしてた』

『でしょ? まあ、友達よりも同接の方が少ないんだけどね』

『でも、何かイキイキしてた気がする』


《なにこれ》《横に男いんのか》《配信切り忘れー》



『そうなの! 違うキャラになれるのが魅力よ!』

『で、迷惑系Vtuberのことだけど……』

『ああ、そうだったわ。それはね、Vtuberとして健太に迷惑をかけるってことよ』


《切り忘れとかマジ?》《w》《ナノン男いやがる》

《おれの嫁があ》《おれのだ》《ざけんなケンタ!》



『いやまあ、それは何となく分かるけどそうじゃなくてさ。具体的に何をするの?』

『つまりね、Vtuberとして中村健太にフラれたことを配信するのよ』


《ナカムラケンタ》《ナカムラケンタ》《特定はよ》

《は?》《ナノンがフラれた?》《ナノン失恋ww》

《フラれた報告乙ー》《ケンタにフラれたw》《w》



「お、俺の名前漏れてるんですけど……」

「私、健太にフラれたと思われたみたい……」


 ぐぁぁああああッッーーーー!!!!


 バッチリ聞かれてるッ!!

 俺のフルネーム連呼されてんだけど!

 ど、どどどどうすんだよコレ、どうすんだよ!!


 慌てふためいて菜乃を見ると、彼女も俺を見た後、手で顔を覆った。


「どうしよう。ふぇえーん……」


 事態のマズさに、とうとう泣き出してしまった。


 イカン!

 大変なのは彼女なんだ。

 俺のフルネームは完全に漏れたけど、今失敗してつらいのは菜乃だ。

 早く彼女を慰めないと!


「だ、大丈夫だよ! リスナーはナノンがフラれたと思ってる!」

「い、嫌よ。まだフラれてないのに、私、健太にフラれたことになっちゃうよ」


 え? そっち!?

 いや、嬉しいけどさ!

 今は、聖天使ナノンのことだろっ?


「ナノンに男がいるって一瞬ざわついたけど、フラれたって思われたみたいで逆に好意的だよ!」

「それはそうだけど。まだフラれてないのに……」


「これならナノンが姫川菜乃だって分からない。だから、学校でも問題ない!」

「でも、ナカムラケンタってフルネームが……」


「大丈夫。ナカムラケンタって全国に大勢いるんだ」

「そうなの? そうかも。うん、わかった」


 まさか、悩みだった平凡な名前に助けられるとは。


 でもごめん、全国のナカムラケンタさん!

 菜乃の放送事故で大変なことになっちまった……。

 たぶんちょっとは迷惑をかけると思う。


 実は俺も結構なショックを受けたが、菜乃が心配しないように平気な顔をしてみせる。

 すると彼女は、涙のあとを頬に残したまま、俺に向かって微笑んだ。

 濡れた頬がキラキラと光る。

 とびきり可愛い彼女の顔がさらに可愛く輝いて、俺のハートは見事に撃ち抜かれた。


 くぅうう~~!!

 ぐ、ぐうかわ!

 すんげえ可愛いんですけどー!

 や、やべえ。

 あ、あまりに天使すぎて、き、緊張してきた……。


 涙で潤んでキラキラと輝く彼女の瞳。

 黒目がさっきより大きく感じて、魅力的な彼女の瞳がさらに大きく見えた。

 

 俺が菜乃に見とれて息を止めていたときだった。


 彼女は急に椅子から立つ。

 少しかがんだ菜乃は顔を近づけてきた。

 どきりとした次の瞬間、彼女は俺のおでこにキスをした。


 時が止まった。


 たぶん数秒だけ、でも俺にとっては長い時間、おでこに彼女のやわらかな唇を感じていた。


 その数秒、俺の目の前はヤバいことになっていた。


 椅子に座った俺に向かって、前かがみになる菜乃。

 当然俺の前にはピンクのキャミソールがある訳で。

 彼女の胸が間近でそれだけでもやばい状況。


 だが俺は……気づいてしまったのだ。

 前かがみの彼女のキャミソール、その胸元がガバッと開いているのを。


 たぶん胸が大き過ぎてその重さでキャミソールが下に伸びてるんだ。

 それでも中がガッツリ見えてしまった。

 刺しゅうで装飾されたピンクのブラジャーと、それに収まりきらなくて窮屈そうにあふれる肌色が!


 胸が大きいのに、乙女ちっくで可愛らしい小さめのブラジャーを無理につけてた……。


 長く感じたおでこへのキスが終わり、ゆっくりと菜乃の顔が離れていく。


「健太、ありがとう。お陰で落ち着けたみたい。好きになったのがあなたでよかった」


 菜乃は、恋愛ドラマでしか聞いたことのない言葉をささやくと、恥ずかしそうに俺の目を見つめた。


 今日、彼女の家には菜乃と俺のふたりだけ……。

 こ、この流れ、俺と彼女はどうなってしまう!?


 早鐘を打つように鼓動が激しくなる!

 目の前には、本当に聖天使と思えるほど美しい菜乃が、じっと俺を見つめていて……。


 この先の展開に生唾をのんだところだった。



 ガガガガガッッ!! ガガガガガッッ!!



 パソコンデスクの上で彼女の携帯が震えたようで、デスクの天板が大きな音を響かせた。


 慌てて菜乃が電話に出ると彼女の目つきが変わる。


「ごめんなさい。今すぐ事務所に行かなきゃ!」

「え? い、今から?」


 決して彼女といい雰囲気だから惜しいんじゃない。

 外はもう暗くなっているからだ。


「マネージャーが状況確認して対策を考えようって」

「そ、そっか。じゃあ、急がなきゃマズいね」


 ふたりとも大慌てで支度して外に出る。

 駅の前まで来て、菜乃が不安そうに足を止めた。


「絶対、怒られるよね……」


 彼女は表情を曇らせてうつむいた。

 学校で見る菜乃とは違って、とても気弱な姿だ。


「近くまで俺も一緒に行くよ」

「本当? ありがとう! よかったぁ。最寄りの駅まで一緒なだけでも十分に心強いな」


 なんとか元気づけたくて、彼女の肩に触れる。


「きっと大丈夫。事故だし、身バレもしてないし。漏れたのは、聖天使ナノンがフラれたという間違った話と、その相手がナカムラケンタというありふれた名前だけだから」


 すると彼女は少し落ち着いたのか、笑顔を見せた。


「……ありがとう! 健太ってとっても頼りになるのね。ねぇ、明日から一緒に登校してくれないかな」


 とても嬉しいお誘いを受けた。

 明日は朝から菜乃と会える。


 幼馴染みのカレンに拒絶され、ひとりの登下校を覚悟していただけに、心から救われた気持ちになった。


 ふたりして電車に乗り、事務所近くの駅で降りる。


 一旦別れて、彼女は事務所へ向かう。

 俺は彼女を待つために、最寄りの喫茶店へ入った。


 いろいろあったせいか、菜乃を待っている今は、宙に浮いたようなフワフワした気持ちだ。


 ふと、下校から携帯を見てないことに気づく。

 急いで確認すると、いつの間にか携帯へメッセージが山のように来ていた。


 菜乃からは《平気そうだよ!?》と安心させるもの。

 カレンからは《許さないからね!》と不穏なもの。

 そして、複数の友人たちからは《聖天使ナノンって知ってるか?》という、あの放送事故に関するもの。


 俺は菜乃に「安心したよ。喫茶店で待ってるから」とスタンプ付きで返信し、友人たちには「知らん」と簡素に返信したが、カレンへは返信せずにほったらかした。


 内心はSNSの伝達速度に焦りながらも、喫茶店で背伸びして苦手なコーヒーを頼み、菜乃が来るのを待つことにした。



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※可愛らしいブラジャーは、Fサイズから極端に買いづらくなります。

(可愛らしい下着が好きな巨乳女子は本当に大変なんです)

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