61 ジェットコースター


 遊園地へ到着したオレたちは早速ジェットコースターのある場所へと向かった。


 バスを降りて遊園地へと歩む途中、一番最初に何に乗るかという話題で盛り上がっていた。篤妹が今までジェットコースターに乗った事がないと言っていたので話がまとまった経緯がある。


 篤妹は目を輝かせていた。


「私、ジェットコースターに乗るのが夢だったんです!」


 順番待ちの間も女子たちはお喋りしている。篤妹がそわそわした様子なのを篤が見守っている。奴が口元を綻ばせているのを見てしまった。オレには分かる。妹に対する眼差しではない事が。度を越している。普通の奴がしたら「ニヤニヤ」になるところも篤だと絵になるからイケメンは狡いと思う。



 オレには心配事があった。


「柚佳……大丈夫なのか? ジェットコースター。お前、車酔いする事あったよな? 激しい乗り物だめじゃないのか?」


「大丈夫! ジェットコースター大好きなの!」


「そうか……」


 嬉しそうな柚佳に、オレはそれ以上何も言えなくなる。

 そんなオレの隣にいたマキが下を向いて小刻みに震えているのに気が付いた。


「マキ、お前――」


 マキに話しかけようとしていた時、オレたちの順番が来た。階段を上って行った先でジェットコースターに乗り込む。


「柚佳ちゃんの隣は私!」


 花山さんが柚佳の腕に自分の腕を絡めてオレにニヤリとした視線を寄越した。


「えっ! えっと?」


 柚佳が何度もオレと花山さんを交互に見た。

 彼女は花山さんに誘導されてジェットコースターの一番前の席へ座らされている。花山さんの後方の席にはマキが座る。その隣にオレ、オレたちの後ろの席に篤と篤妹が座った。

 柚佳はまだ何かに戸惑っているように振り返ってきた。


「柚佳? もしかしてやっぱりジェットコースター苦手なんじゃないのか?」


 もう一度、聞いてみた。


「違うの。そうじゃなくて……」


 柚佳の視線がオレの隣へと移る。


「え?」


 疑問に思ってマキを見ると顔色が悪い。その頃にはジェットコースターは動き始めていて。いつの間にか高い所へと運ばれていたオレたち。落ちる。

 ふわっと……ひと時浮遊する感覚があって、その後の事は思い出せない。乗っていたほとんどの時間で目を閉じていたからかもしれない。





 ベンチに座って空を眺めていた。クジラに似た雲が段々違う形になっていく様をぼーっと目に映しているだけの時間。隣でベンチの背もたれにダラッと背中を預けている親友が呟く。


「あーかっこわりぃ。何で一発目からジェットコースターなんだよ。わざとか? 美南ちゃんは俺がジェットコースター苦手なの知ってたよな……」


「ドンマイ。でもお前、気を付けろよ。いくら柚佳たちが近くにいないからって。今日は一日中マキのフリしておけ」


「今、胸の辺りがムカムカしててそれどころじゃない」


「オレもそんな感じ」


 同意してまた空を見る。雲が増えてきたな。まさか雨降らないよな?


 ……柚佳を心配するフリをして苦手なジェットコースターに乗らなくて済む口実を探したけどダメだった。初めて柚佳と遊園地に来れて、苦手だから乗れないとは言えなかった。結果、今はマキと二人でベンチに座って休んでいた。


 ジェットコースターから降りた後、具合の悪くなったマキとオレの為に柚佳と花山さんは飲み物を買いに行ってくれてる。トイレに行きたいと言い出した篤妹と一人で行かせるのは心配だからと言い残し付いて行った篤はトイレを探しに行ったまま戻りが遅い。迷っているのかもしれない。


「お前、正直に言えばよかっただろ? ジェットコースターは苦手だから乗らないって」


 オレもそんな事言える立場じゃないけど言ってしまう。


「言える訳ねーだろ! ……もしかしたら、今なら苦手なのも克服できるかもしれないって思っちまったんだよ! 俺が愚かだったよ!」


 立ち上がった親友がキレ気味に反論する。オレたちの近くを歩いていた親子が早足で通り過ぎて行った。



「お前、その格好で男声出すなよ。めっちゃ怪しまれてるぞ」


「あいつらにバレなかったら、そんな事どうだっていい」



 ボスンともう一度ベンチへ座って怒りを表すように腕組みしている親友……マキ姿の和馬を眺める。

 今日は白の膝下までの長さのタイトなスカートに黒のハイネックのインナーとワインレッドのカーディガン、黒タイツという出で立ちだ。


「その服、どうやって調達したんだ?」


 女物の制服といい……日頃気になっていた謎について尋ねた。マキはぶすっとした顔で返答した。


「姉貴に借りた」


「へえ。もしかしてお前のその趣味もお姉さん譲りなのか?」


「俺の趣味じゃねーし! 姉貴の趣味だ! 美容師やってて、よく化粧の練習台にされてた。だから覚えちまって自分でもできるようになった」


「なるほど」


 オレは親友の苦難の歴史を聞いて笑った。和馬は細いし顔も中性的なタイプだ。けれどそこからこんな美少女が生まれるとは。


「お姉さんスゲーな」


 腹を押さえて笑った。いつもなら「他人事だと思って! 俺の身になってみろ!」とか言い返される筈の場面で急に静かになった親友を不思議に思う。顔を上げた。


 十メートルくらい前方に飲み物を胸に抱えた花山さんと……柚佳。立ち止まっていた彼女たちと視線が重なる。柚佳が目を見開いてこちらを凝視している。………………今の話、聞かれた?



 頬に冷たい雫が当たる。雨が降り出したと気にする余裕もない。オレたち四人は立ち尽くした。


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