25 男友達


 昼休み。オレはそろっと後方を窺う。列の最後方の席……オレの席から二つ後ろに位置するのは和馬の席だ。


 普段は一つ後ろの席にいる子が別の場所で昼食をとるので椅子を貸してもらい和馬の机の方を向いて食べているんだが今日はどうしたものか……。昨日の昼休みの一件があったので非常に気まずい。


 オレがチラチラ見ている事に気付いた様子の和馬が不機嫌そうな顔でその双眸を細めた。



「何だよ。俺と一緒に食べたいのかよ? 謝るなら別に許してやってもいいぞ?」



 和馬の言動に吹き出しそうになった。口調は偉そうだけど、もうそんなに怒ってなさそうだな。


 オレはいつものように後ろの席の椅子を借り、後方へ向けて置き直した。座る時に「悪かったよ」とボソッと声に出した。



「ん? 聞こえなかった。もっと大きな声で叫んでいいんだぞ?」


「調子乗んな」


「あてっ」



 普段するような会話に、ついいつものノリで和馬の頭を軽くはたいた。はたいた後に「あっ、ついやっちまった! またケンカになるだろうか」と内心心配したけど和馬の方は口元が少し綻んで何となく嬉しそうに見えなくもない。オレと目が合ってふいっと横へ視線を逸らしている。



「……俺も悪かったよ」


 小さく呟かれた言葉。


「ん? 聞こえなかった。もっと大きな声で叫んでいいんだぞ?」


 さっきの和馬の言葉をそのままに言ってやる。ニヤニヤした顔で。



「お前こそ調子乗んな」


「いてっ」



 デコピンされて痛みに額を押さえた。摩りながら尋ねる。



「でも昨日あんなに怒ってたのによく許してくれる気になったよな。まぁオレは全然悪くないんだけど」


「まぁな。よく考えたらお前が好きなのは一井さんだって分かってたし」



 ガタガタガタッ。


 動揺した一瞬、座っていた椅子のバランスを崩しかけた。もちろん安定感抜群の椅子であるのだが。



「なっ、何で知ってるんだ?」


「見てればすぐに分かるって」



 見透かすように細めた目で一瞥された。



「お前っていっつも一井さん見てんじゃん。気付かない方がおかしいって」


「……っ!」



 指摘されると恥ずかしいな。でも自制はできないと思う。



「けど花山さんに告白されてたから正直嫉妬した。昨日はわざと大きな声で追及したんだ。一井さんにも聞こえるように。ま、お前は二股とかできるタイプじゃないって分かってるから、もう何も心配してない」



 ガタガタガタタッ。


 動揺し過ぎて椅子ごと後ろに倒れそうになった。何とか踏み止まる。



「ふ……? そんなのする訳ないだろっ!」



 大きく抗議した。そんなの考えた事もない。



「だよなー。でも今朝の花山さんの押し凄かったな。鈍感なお前でも押し切られそうで逆にこれから楽しみだな」



 他人事のように笑っている和馬を睨む。



「っ……どこまで聞こえてた?」


「え? ああ、えーと。花山さんがお前に『デートして』って言ってたのと……お前何か花山さんに弱み握られてんの?」



 さも「話のネタを手に入れた」と書いてありそうなニヤついた顔で聞いてくる。オレは慌てて人差し指を立て注意する。



「しっ! 柚佳に聞こえる!」


「ははん? 女絡みか? その反応……クロだな」


「シロだっ!」


「まさか花山さんに手ぇ出した訳じゃないよな?」


「出す訳ないだろっ!」


「分かってるって」



 和馬は「ははは……」と本当に愉快そうに笑った後、急に真顔になって声のトーンを低くした。



「で? 俺にはまだ報告しないんだ?」


「う……っ。悪い。昨日から柚佳と付き合ってる。それから、相談に乗ってほしいんだが……」



 ばつが悪い気がして視線を下に逸らして告げる。いきなり頭をわしゃわしゃ撫でられた。



「おー、よしよし。よくできました。俺には何でも言えよ。噂にして流す事くらいはできるぜ?」


「絶対にすんじゃねぇぞ」



 目が合ってお互いニヤッと笑った。和馬の機嫌も直ったようだ。……やっぱ友達っていいな。



 和馬は顔が広いからオレが知りたい事についても知っているかもしれない。今日の放課後、花山さんにも聞くつもりでいたけど一応和馬にも尋ねてみよう。



「和馬……一昨日の放課後、長い黒髪の女子に会ったんだけど見た事のない子だったんだ。結構可愛い子だったから一目見たら忘れないと思うんだ。この学年じゃないのかもしれない。何か知ってたら教えてほしいんだ」



 相談相手は天井を仰ぐように顔を上に向け目を閉じている。何秒か後に再びこちらへ姿勢を戻してきた。溜め息と共に。



「海里、もうお前が分かんねぇよ。そんなに気が多い奴だったっけ?」


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