9 柚佳とオレ



 柚佳が学校と家とで性格に違いがある原因に、思い当たる事が一つあった。



 元々柚佳は勝気な性格だった。自分のしたい事を押し通す等の、良く言えば素直で行動力があるけど悪く言えば我儘で協調性に欠けるところ……。そんな我の強かった彼女をよく思わない子もいた。



 小学二年生だった頃、仲が良かったと思っていた友人たちが仲間に入れてくれなくなったらしい。ずっと後になって聞いた。その頃から彼女は学校であまり笑わなくなった。友達ができてもどこか一歩引いた場所から彼女たちを見守るようなポジションでいた。


 ……今思えば、踏み込んで付き合う事に恐れを抱いていたのではないだろうか。本当の自分を出して嫌われたらどうしようとか、そんな事を考えて怖くなったのかもしれない。ま、全部オレの推測で柚佳が本当は何を思っているのか正確なところは分からないけど。



 だがしかし。学校から帰宅した柚佳は、柚佳だった。幼稚園の頃からそのままの、明るくて負けず嫌いで横暴な柚佳。学校で大人しく過ごしている反動か、オレの家に来てはやりたい放題だった。内弁慶って言うのかもしれない。


 小学生の頃は取っ組み合いのケンカもした事あるし(咬み付かれたりした事もあった)、柚佳のお気に入りだった蝉の抜け殻を誤って踏んで壊してしまった時は大変だった。あ……。その時された仕返しを思い出したら涙が出そうなので、この話は心の内に仕舞っておこう。



 とにかくオレから見た彼女は、学校の友人たちの前では目立たないように出しゃばらないように気を付けて振る舞っているような印象がある。


 彼女が彼女らしくいられない事にもどかしい気持ちにもなる。だけどそんな葛藤を抱えた柚佳の事がとても愛おしいと思う。勝気な彼女も好きだ。でも、友達に見放されて心に傷を負っても彼女なりに友人との付き合い方を模索して、たまに空回りしたりしている不器用な彼女の事も大好きだった。







 それにしても。今朝のキスは一体何だったのだろう。不意打ちに彼女からしてきたキス。あああ……。本気で柚佳もオレの事が好きなんじゃないかと思えてくる。


 机に突っ伏す。緩む頬を腕で隠した。







 そんな訳で、休み時間中机に突っ伏していると声をかけられた。


「沼田君」


 頭を上げて声の主を見た。右隣の席にいる。花山美南だ。


「災難だったね」


 そう小さく上品に笑っている。小柄で細いシルエット。顔も可愛らしく優しそうなイメージ。色素の薄い長めの髪をゆるく肩の辺りで結んでいる。



「あ……うん」


 オレも一応、愛想笑いを浮かべた。きっとさっきの授業中、注意された事を言っているのだろう。


 席が隣なのもあって、最近よく話しかけてくれる花山さん。仲良くしてくれるのはありがたいのだが、周囲からの視線がオレに突き刺さってくる。


 男子たちからの妬みと、女子たちからの「美南ちゃんに声かけられて調子に乗るなよ冴えない根暗の分際で」という念をひしひし感じる。これはきっと被害妄想なんかじゃない。



 まぁ、オレも柚佳と似たようなものだ。何と言うか、人の心の動きに敏感になっているのかもしれない。……特に悪意。



 昔……小学三年生の頃、クラスのいじめられていた子を助けた事があった。その子を庇った次の日からいじめのターゲットはオレになった。仲の良かった友達は皆、知らない振りをした。その事があってからオレは友達作りを諦めた。



 多分、柚佳と決定的に違うのは人間関係を煩わしいと思ってしまった事だろう。期待して裏切られるのなら、最初から期待しなければいい。独りの方が相手に合わせなくていいし楽だと、いつの間にか周囲から孤立し浮く事も多かった。



 そんなオレにも友人ができた(柚佳は友人だけど幼馴染であり好きな人でもある特別な存在だから今回はカウントしない)。


 高校に入ってからしつこくオレに付きまとってきた変人……もとい柳城(やなしろ)和馬。誰にでも気さくな態度で、明るく天真爛漫な性格だが少々お調子者。オレが黒髪で前髪が長く根暗な印象なのに対し、和馬は明るめの茶髪で身長はオレより少し低く童顔だ。女子たちから弟扱いされる事が多いと嘆いていた。何でか知らないけど一年の時からよく絡んできて、今では学校にいる間だけで比べると柚佳といる時間よりも長い。



 そんな和馬は最近、花山さんの事がお気に入りらしかった。オレが気の利いた話もせずに「あ……うん」と返事をして終了した彼女との会話をクラスメイトから聞きつけてオレを廊下へ引っ張り出した。



「俺がトイレに行ってる間に、何話してたんだよ! 抜け駆けはなしだぞ!」



 冗談半分といった体で少し笑っている喋り方や人好きがするような笑顔に、俺は和馬が心底羨ましくなる。



「何も……。ただ、災難だったねって言われた」


「それだけ?」


 オレの目の奥を見透かすように笑みを消し確認してくる。


「ああ……」


 答えて目を逸らした。



「心配しなくてもお前が思う程、オレは女子に人気ねーから。知ってるだろ? むしろ嫌われてるだろうし」


 自虐的に笑ってみせる。



「俺……お前の事嫌い」


 和馬は何故か口をへの字にして鼻声だった。


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