2 嘘
強い口調で言い切った後、我に返った。右手で自分の口を押さえる。
オレ、何言ってんの?
そんなの練習とかするもんじゃないだろ。
珍しく弱気な幼馴染の姿を目にして焦った。励まして勇気付けたかった。
これはただの言い訳だけど……オレは昔から勉強が苦手で運動神経もよくなかった。それでも篤程ではないが成績はよい方だし、運動に対する苦手意識もなくなった。それはできなかったところを繰り返し復習・練習したからだと思っている。できるようになってくるとやる気が増す。そういった経験から繰り返し練習する事の大切さみたいなものを身に沁みて感じていた。だから自信がない事があったら練習すればいいじゃんという意識があったのだと思う。
篤を打倒したいという仄暗い気持ちもあった。自らの想いを抑えて好きな人の恋を応援するという自分でもまだ整理のついていない心。
それらが混ざってあの大失言は誕生したようだ。
口を押さえたままの状態で、何と訂正しようか考えていたところへ柚佳が当然の質問をしてくる。
「どうやって練習するの? 一人ではできないし。……海里は知ってるの? イチコロにするキス」
詰んだ。オレも知りません。
今更、嘘だったとも言いづらい。ここはさらっと流した後に「冗談だった」と笑い話に持って行こうと思う。
「知ってるよ。ははっ、キスは二人でするもんだろ? 練習相手になってやろうか?」
手を伸ばせば届きそうなくらいの位置。オレの左側でこちら向きに座っている柚佳に笑いかける。「冗談だよ」そう言おうとしていたのに柚佳の方が僅かに早く口火を切った。
「誰?」
膝立ちになった彼女はあぐらでテレビの方を向いて座っているオレの傍へ寄り、目力で圧をかけてきた。
「誰とキスしたの? その人と今も付き合ってるの?」
「あー、えっと」
視線を右へと逸らして考えを巡らせる。「冗談だった」と言える雰囲気ではなくなった。怒った彼女が怖いのは幼少期から身をもって知っている。つい真実と違う言葉が口を衝いてしまう。
「柚佳が知らない人だよ。今は付き合ってないよ」
「何で教えてくれなかったの?」
責めるように言った彼女はペタンともう一度畳に腰を下ろし俯いた。そりゃそうだよな。オレたちは親友みたいなもんだし秘密にされたようで気分悪く思うよな。
重い空気。やはり嘘なんてつくもんじゃない。すごく言い難いけど本当の事を打ち明けよう。
「あのさ……」
「なって」
オレが話し出したのを遮るように、柚佳の強くハッキリとした声が聞こえた。見開いた目で彼女の方を向けば、意志の強そうな瞳と視線がぶつかった。
「練習相手になって」
少しの間、思考が停止したように言葉が出てこなかった。
「本気で言ってる?」
漸くそう尋ねた。いくら仲のいい幼馴染でも、好きじゃない奴とそんな事できるだろうか? もしかして柚佳もオレの事を――?
そんな淡い期待は彼女の次の言葉に打ち砕かれた。視線を外した彼女は右下に顔を背けて言った。
「桜場君を振り向かせたいの。だから……教えて」
言葉を失う。決定的な失恋だった。
何でオレじゃないんだろう。そりゃ篤に勝てるところなんて一つもないかもしれない。でも、大切な柚佳だけはどうしても……渡したくなかった。
横顔の彼女はどこか憂いを帯びているようにも見え、色白の頬に薄らと赤みが差している。
プチンと、オレの中で何かが切れたように感じた。
篤悪い。オマエの周りにはたくさん女の子がいるだろ? オレは柚佳だけなんだ。オレから柚佳を取らないでほしい。
キスなんてした事ないし、ボロが出て嘘がバレて柚佳に「サイテー」と罵られるかもしれない。嫌われるかもしれない。けど元々彼女の一番じゃないのなら嫌われたって一緒だ。
胸中で「どうにでもなれ!」と悪態をつき彼女へ手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます