異世界で転職をしたはずなのに

もちづき 裕

第1話 

 もしも異世界に転生したら、なんて妄想をした事は何度もある。

 転生してから前職活かして大改革とか?もしも前世が天才的に頭が良かったり、何でも検索できるほどの知識量を豊富に蓄えていたりとか、医者だったり、看護師だったら、世界の常識を変えることも可能だろうけれど、マッサージ師にはそれ、無理でしょうね。


 この世界では黒パンが主流なんだけど、美味しいパン革命をしてやろうと思っても、肝心の酵母をどうやって作るのかがわからない。

「白くて柔らかいパンが食べたいから、私が作ってこの世界に普及してやるわ!」

とかね、テンプレ通りに宣言したいけど私には作れない。だって、前世ではパンはコンビニやスーパーで買うものであって、自分で作った事がないんだもん。


「化粧品を作ってウハウハ!貴族女性をヒーヒー言わせながら大儲け!この世界にない化粧水や乳液を作って美容改革をしてやるの!」

 無理!化粧水や乳液をドラッグストアで買っていた私には無理!

「前世でアレルギーがあったから、化粧品関係はオーガニックで揃えるために自作してたの〜」

なんて意識高い系じゃないからね!無理無理の無理よ!


 あーー〜、異世界チートしたい!異世界チートしたいのはやまやまなんだけど、それをするための知識がないー〜―。

 だって私は、マッサージ師だから。


「アグちゃんありがとうね〜、大分楽になったわー〜―」


 背が低くて小太りのヨナおばあちゃんは、私に店舗を貸してくれている大家さんであり、三日に一回は、マッサージを行っている。

 ヨナおばあちゃんは肥満ゆえに足腰にガタがきていて、膝と股関節の痛みが特に強い。マッサージでほぐした後には、リハビリが必要で、

「ヨナさ〜ん、マッサージが終わったら、こちらへ来てくださいね〜」

秘書で助手のウルスラさんが言い出した。


 私がいま居るのはマッサージ室で、隣は高齢者や兵役を終えた戦傷者向けのリハビリ室となっている。サービスで健康茶がついていたりするから、意外に盛況だったりする。


 ウルスラさんはこちらに顔を向けると言い出した。

「ダーフィト様が来てますよ、帳簿も持って行ってくださいね」

「えええ・・・ダーフィトさんが?」

 今月も借金が増えていくばかり。お金持ち向けのマッサージは黒字なんだけど、退役軍人と高齢者向けのリハビリ施設の方が赤字続きとなっている。

ダーフィトさんは私のパトロンで、スポンサーで、お助けキャラなんだけれど、山のような借金を抱えた私にとっては、融資の返済を求める銀行員のような人。


 あああ・・・異世界に転生して前職活かしてハッピー生活を送るはずだったのに、なんで借金に悩まなければならないの?

「アグちゃん、早く行ってください」

「はーい・・・」

 ウルスラさんに生温かい目で見送られているなんて全く気がつかないまま、私は足を引きずるようにして部屋を移動したのだった。

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