第24話 聖人様、お宅訪問する



【時間は少し前に巻き戻る】


 城で王太后と話し合いを終えたエドワードは、王太后へいただいた書状を手に、ヴァーニア家の邸宅へと赴いた。


 屋敷の物へ事情を話し、執事に案内され応接室へ通されると、ヴァーニア夫妻がエドワードを出迎えた、先に渡していた書状を読み終えた屋敷の主人であるパースへエドワードは


「詳しい事情につきましては、王太后さまよりの書状に書かれているとおりです。 突然のことに大変驚かれた事と思いますが、どうかご理解とご協力のほどよろしくお願いします」


そう言い、頭を下げるエドワード。

それを見て慌てて


「な、なにをおっしゃいます。我が国の賓客であられる聖人様に頭を下げていただくなど恐れ多きことでございます」


そう言うと、夫妻は深々と頭を下げてきた。


「いえ、当然のことをしているまでです。それよりも、これからのことについて少し話をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」


「もちろんでございます」


「では……早速ではありますが、ミルフィー王子の世話をする人材として奥様のマーサ様に、ぜひお願いいたしたいのですがいかがでしょうか?」


「私にですか? 大変名誉なお話でございますが……一体なぜわたくしへお話をお持ちくださったのか、お伺いしてもよろしゅうございますでしょうか?」


そう言いつつ、不安そうにチラリと夫へ視線を向けている。

エドワードはマーサを安心させるように


「実は、ミルフィー王子を安心してお任せできる人物を選定するために、バーガ国王と王太后様にどなたが適役か意見をうかがいました。その結果、スカー殿下とミーツ殿下の元乳母であったマーサ様がよいとの結論になりました」


そう説明すると少し驚いたように、そして納得し複雑な表情になるマーサ。

しかしすぐに表情を曇らせてしまう、そして


「お話は大変光栄でございますが、殿下方の元を辞した時にお話しさせていただいたように、わたくしには御子様を育てる資格はもうないと思っております。ですから……」


そう言うと、うつむいてしまった、そんなマーサの様子に

ふぅ……とため息をついたあと、エドワードは口を開きゆっくりと語りかける。


「現状、ミルフィー王子はとても不安定な状態です。昼間は大人が付いている事もあって比較的安定はしていますが、少々赤ちゃん返り……というのでしょうか……きちんとした教育も受けられておりませんので、平均的な5歳児よりも幼く感じられる事が多いですね。 そして夜はつらい記憶からか、泣きながら目を覚ます事も多々あり、そのたびに起きてあやしたり、落ち着くまで抱っこをしてあげるといった感じでして……現状は私が傍についていますが、この先もずっとお世話してあげられるわけではありません」


ミルフィーの現状について淡々と説明するエドワードの話を聞いて、マーサは悲痛な面持ちとなる。

だがエドワードは、マーサの瞳をまっすぐに見据えるとさらに話を続けていく、その口調はとても穏やかで優しいものであった。


「マーサ殿が辞した理由も、うかがっております。なんでも当時スカー殿下とミーツ殿下のお二人に、『正妃様北の方が危害を加えているのではないか』とまことしやかな噂が立ったとか。しかし、それは殿下方を担ぎ上げようとする派閥の捏造であって、決してマーサ殿が悪い訳ではない。 それどころか自分を信頼して任せて下さった、正妃様の立場をお守りするために、あえて自身の罪だと辞職なさったのでしょう? であればそのような事情のあるマーサ殿こそ、ミルフィー王子にお仕えするべきだと考えています。どうかお願いいたします、この通りです」


そう言うとエドワードは深く頭を下げた。


 エドワードがそこまで自分のことを評価してくれていることに驚き、嬉しく思いながらも自分などがお仕えして良いのかと内心葛藤するマーサ、そんな妻の様子に気づき夫のパースは


「マーサ、君の気持ちはよくわかる。だけど、君が辞めてから殿下方が成人するまで、お二人の成長を側で見守れなかったことをずっと気にしていたのを僕は知っていたよ。だからこそ、今度こそ後悔しないようにミルフィー王子の成長を見守ってあげておくれ?」


と優しく諭すと、エドワードのほうへと向きなおり


「聖人様。ミルフィー王子の件、謹んでお受けいたします」


と言いつつ、パースは深々と頭を下げるのであった。


「貴方……ありがとう……。 聖人様、精一杯務めさせていただきます」


と、夫であるパースと並び深々と頭を下げる。


「ありがとうございます、それともう一つ……これはパース殿とお子様にも関係する話なのですが……」


「何でございましょう?」


「実は、ミルフィーの教育を担当する人材も探しておりましてね……パース殿は城で文官としてお勤めだったとのことですが、今はご長男に爵位も譲られて引退されているとか?」


「はい、確かにそうではございますが……」


「もしよろしければ、ミルフィー王子の家庭教師をしていただけないかと思いまして」


「私めがですか?」


「えぇ、ご夫婦でお願いしたいのですがいかがでしょうか?もちろんバーガ国王のお許しもいただいていますよ」


「……左様でございましたか。私で宜しければお仕えさせていただきますが、子供にも関係するとは、もしや末の息子の事でございますかな?」


「えぇ、三男のアーベル殿は現在騎士見習いをされているとか」


「はい、次男のアーテウが現在最前線で騎士団長をしておりまして……それを助けるのだと騎士を志したようでして……あの子なりに考えがあるのだと思うのですが……しかし、その……少々無鉄砲なところがありまして……」


「それはご心配でしょう。 実は現在スカー殿下は、勇者として日々鍛錬を重ねておりましてね……ご子息にはぜひ共に学んでスカー殿下の良きライバルとなって切磋琢磨してほしいと思っているんですよ」


「ゆ、ゆうしゃでございますか!?」


横で話を聞いていたマーサが驚愕する。


「はい、まだ公表はしていないので、内密にお願いしますよ?」


「それはもう、当然にございます。ですが、そうですか、スカー殿下が……」


涙ぐみながらマーサが呟く。


「お話は分かりました、ですが親に無理強いされたと反抗するかもしれません……」


「そこは私が直接彼と話しますので安心してください。 先にご両親の許可を得ていると伝えれば、安心して来ていただけるかと思いましてね」


「なるほど……わかりました。 よろしくお願いいたします」


「はい、こちらこそ。それでは早速ですが今後について詳しい話をさせていただきますね」


こうして夫妻とエドワードは、細かい契約などについての話し合いを始めるのであった。

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