第20話 アドルファスの山とスカー達の森のはなし

買い出に行ったと称されたアドルファスは現在、とある山のふもとへとたどり着いていた。


「まったくあの腹黒野郎……朝っぱらから人を叩き起こしたと思えばお使いしてこいだとか言いやがって……ガキじゃねぇんだぞまったく……」


ぶつくさ文句を言いながらも、山道へと入って行くアドルファス。


「この辺りだったよなぁ……」


キョロキョロしながら歩いていると急に開けた場所に出た、そこには何人かの騎士が整列しており緊張した雰囲気が感じられる。


「そこの男止まれ! こんな山で何をして……あ、いや貴方さまはたしか聖人様の護衛の方ではありませんか?」


「あーそうそう、その聖人様からの伝言預かってきたぜー」


ダルそうに頭をかきながら騎士たちに近づくアドルファス。


「せ、聖人様が……それは一体どのような……」


騎士たちは顔を見合わせ、少し不安げにしている。


「今日の魔物討伐は、忙しいから俺と合同で行けだとよ」


「なんと!? その……申し訳ないのだが、護衛殿は……」


「あー、アドルファスでいいぜ」


「アドルファス殿は、魔物討伐の経験はおありなのですか?」


「多分、お前らよりあるんじゃねぇか?」


「そ、それは頼もしい、ぜひご同行願いたい! 私はこの騎士を率いる責任者であり団長を務めるアーテウと申す」


「ああ、よろしく頼むわ」


「ではこちらへ、すでに皆準備を整えておりますゆえ、出発いたします!」


◆◇◆



一方その頃、スカーとミルフィーは結界があって安全だと言われた南側の森を散歩していた。


「あにーえ、あれみてぇ!」


と指差すミルフィー。


「兄上だというのに……ん?……おぉ!」


そこにあったのは美しい青色をたたえる大きな湖だった。


「いつも北の森で修行をしていたから、こんな美しい場所があるとはしらなかったな……」


「おみずたくさんできれいだねー」


「そうだな……しかしこういう所は危険な場所でもあるのだぞ」


「どうして?」


「水の中に落ちたら、溺れてしまうかもしれん」


「おみずこわいの? 」


「うむ、だから近づいてはいけないぞ」


「わかった!」


素直にうなずくミルフィー。


「よし、そろそろ戻るか」


「うんっ!!」


スカーはミルフィーの手を取り、来た道を戻ろうとした、その時ふと湖の傍になにやら立札が刺さっているのが見えた。


「なんだこれは?」


「なんてかいてあるの?」


「うむ、なになに……『水の中に何か投げてみてください』と書いてあるようだが……」


「みずのなか? みずのなかになにかいるのかなぁ」


「まぁやってみるか」


スカーはそう言うと湖の中にぽちゃ、と小石を投げてみた。

すると、ゴボゴボと水面が泡立ちザバァッと巨大な何かに乗った人影がみえた。


「きゃっ」


と思わずスカーにしがみつくミルフィー。


「だ、大丈夫だ、あれは……魔物じゃない……多分……」


その人影は黒髪におかっぱと呼ばれる髪型をしており、巨大な斧をもった少年であった。

そしてその股下には茶色い体毛のクマがいる。


「お、お主は何者だ! 」


「あぁん? 俺が誰だろうと関係ねぇだろうがよ、そんな事よりも俺様の質問に答えろ! 今石ころ投げ入れたのはテメェか!」


「それがどうしたと言うんだ!」


「そうか……ならば質問に答えやがれ! テメェが投げたのはこの金の石ころか!それともこの銀の石ころか!」


と言いながら手に持っていた石をスカーへと見せる。


「な、何を言っている! そんなわけがないだろう! その辺にあった、ただの石だ!」


「ふんっ、正解だ!褒美にこの愛熊ベオウルフをくれてやるぜぇ! 」


「く、くまさん!? ちょっとほし……いやいや……勝手に生き物を連れて帰っては聖人様に怒られてしまうに決まっている! だからいらんぞ!」


「うるせぇ! 俺様がやるって決めたんだ! 大人しく貰っていきやがれ!」


「嫌だと言ってるだろ! 」


「あぁん? 」


「うわーん、こわいよー」


二人の剣幕に驚いたミルフィーが泣き出してしまった。


「み……ミルフィー、泣かせるつもりはなかったのだ……すまない……」


スカーが声をかけると益々ミルフィーの泣き声が大きくなってしまう。

そんな時、転移してきたエドワードが呆れたように


「何してるんですかあなた方はまったく……」


そういいながらスカーの傍に行き、ミルフィーをさっと抱き上げてポンポンと背中を叩く。


「ふえ……せいじんさま……」


「大丈夫ですよ、怖かったですね」


「うん……」


「それにしても……これはまた懐かしい……あなたまだここにいたんですか『水の精霊』よ」


「おぉ……てめぇあのくそジジイんとこにいたガキ2号じゃねぇか! ひっさしぶりだなぁ!」


そういいながらニコニコと『水の精霊は』ずぶ濡れでクマに乗ったまま湖から上がってきた。


「えぇ……まさか貴方が、まだここに住んでいたとは思いませんでしたよ……」


「俺は今はガキ1号アドルファスとの契約でこの湖に住んでるからな、たまーに森の動物たちにも餌やりに来てんだよ」


「そうなのですか……」


「あ……あの……聖人様……」


スカーが物問いたげにエドワードを見る。


「あぁ、紹介しますね。 この怪しい風体の方は『水の上位妖精』のキントキさんです」


「おう!よろしくなぁ僕ちゃん!」


「なっ……ぼくちゃん……」


「昔はもっと、儚くて美しい容姿の方だったんですけどねぇ……うちの師匠の勇者様が語った『物語』の英雄様にいたく感銘を受けたらしくて、このような風体になってしまいましてね……名前まで変えてしまったとか……」


「おお、お前よく知ってんな」


キントキが感心したように言う。


「まあそれは置いておくとしてキントキさん、どうしてスカー殿とケンカしていたのです?」


「あぁ、こいつが『お約束』通りに、水の中に石投げてきたからよ、正直に答えた褒美にうちのカワイイ愛熊のベオウルフをやるって言ったら拒否しやがるからついカッとなってな」


「お約束……? 一体なんのお話でしょう? 」


エドワードは首をかしげる。


「あぁん? テメェあのジジイの弟子の癖に知らねぇのかよ! 正直者には褒美をやる湖のヌシの話だよ! 」


「ああ……あれ確か女神様では……? しかもそれ確か斧……」


「こまけぇことはいいんだよ! これが立派な水の精霊の仕事だってジジイが言ってたんだからな!」


「………………そうですか……。 まぁ、がんばってください……ただうちの殿下にクマをプレゼントするのはやめてくださいね、うちはペット禁止なんで」


「チッ、しょうがねぇな……じゃあ代わりにコイツやるよ」


と、スカーへと投げてよこしたものは美しい青色をした斧であった。


「うわっ、危ないじゃないか! 」


「おぅ、わりぃな! でもよ、俺様は正直に答えた奴には褒美を与えるって決めてるんだぜ! だからこれやるよ! じゃあ用も済んだことだし、おい帰るぞ、ベオウルフ」


「わふ」


言いたいことを言い切ったとばかりに、キントキはさっさと湖の中に帰ってゆくのであった。


「スカー殿下……これは貴方の物ですからご自由にお持ちください」


そう言ってエドワードは、青い斧を指さした。

しばしポカンと口を開けていたスカーは、はっと我に返ると


「私に斧使いになれと聖人様はおっしゃるのですか……?」


ちょっと遠い目でスカーは言う。


「いえいえ、得物の幅を広げるのも悪くはないかと思いますが、強制はしませんよ……こういうものは向き不向きもありますからね、ただこの斧はそこらの量産品とは違って『水の上位精霊』の加護がついたかなり貴重な品のようですから……」


「そ、そんなすごい斧なんですかこれ!」


スカーは驚愕の目で斧を見た。


「この斧は、斧としての能力はもちろんのこと、所有者が危機に陥った時に守ってくれる守護の力が込められているようですねぇ。なので、いざという時のために背中に背負っておくだけでも効果を発揮しそうですし」


エドワードはそう言いながら、斧をつついた。


「そ、そうなのですか……分かりました。これからはこれを身に着けて修行いたします」


スカーは呆けたように斧を見ながら答えた。


「せいじんさまおなかすいた」


「あぁもうお昼ですか、それに沢山歩いたあと大泣きしたから、お腹がすいたのでしょうね、では帰りましょうか」


エドワードはそう言うと、ミルフィーーの手を取って歩き出した。


「あにーえも手!」


「あ、あぁ分かったよミルフィー、だがあにーえではなく兄上と呼びなさい」


そういいながら、そっとミルフィーの手を握ってやるスカーであった。


反対の手には、勿論斧が握られていた。

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