第18話 後宮の闇

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆※ 今回は大分長い説明回です。 読まなくてもあんまり変わらないかもなので、『後宮のお掃除をした』とだけおわかりいただけたらいいかなーと。 鬱々とした闇書くとどうしても長くなってしまう作者の悪い癖が……。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


……時は少々巻き戻り国王の謁見室。

夕暮れ間近い部屋の中で、ぐっすりと眠っているミルフィーを抱えながらバーガ国王は、この国の後宮の仕組みについてエドワードへと説明を始めた。


「この国の後宮は、東西南北の名を冠した4人の妃を配するのが伝統となっておりましてな……。 正妃であり四妃の長でもある北の方、正妃を補佐し奥向きの仕事を担当する東の方、外交や社交を担当する西の方、3人の妃のサポートをする南の方、この4人でこの国の差配の補助をする仕組みなのです」


そして、その妃たちの子供たちは成人まで後宮で暮らすことになる。


「ふむ……この国の後宮とはそういうものなのですね」


「はい、王太子のスカーは今は亡き北の方正妃の子です。この国では北の方正妃が産んだ子のみに継承権が発生いたしますので、ミルフィーに継承権はございませぬ……なのになぜこのような無用な虐待などが行われていたのか……本来なら後宮でそのような事が起こらぬよう、しっかりと管理すべきなのですが、それができなかった……これは私の不徳の致すところ……誠に申し訳ない」


そう言って、バーガ国王は深々と頭を下げた。


「ところで、バーガ国王のお子様は他にもいらっしゃるのです?」


「えぇ、北の方正妃との間には2人、東妃、西妃、南妃に1人づつ……合計5人の子供がおります。内女児は東妃と西妃の間に2人おります」


「なるほど……ということは現在後宮にいる男児はミルフィー王子だけですか?」


エドワードは顎に手を当てて考え込む。


「えぇ……スカーの弟である第二王子のミーツは、先日15歳の成人を迎えましたので現在は王子宮のほうで、スカーと同じ教育を受けさせております」


「なるほど……もしかしたら継承権が発生しない立場だからこそ虐待されていたのかもしれませんね」


「そ……それは一体……」


「継承権のない王子など、王族といえども将来良くて王の補佐、または臣籍か他国へ婿入りが精々といったところ……ましてや幼子に、後宮から一人訴え出るような力もないでしょう、今回はたまたま事が露見しただけで運が良かった……そんな弱い立場の者をいたぶった所で大したことはあるまい……程度に考えた、といった可能性があるかと」


「なんという事を……」


エドワードの言葉に、バーガ国王は青ざめる。


「国の奥向きを差配する人物しては、余りにもお粗末ではありますが、発覚してもなんとでもなると甘く見られているのではないですかバーガ国王?」


「……聖人様は第二妃東の方の仕業だとお考えですか……?」


「メイドや女官の独断という線もないわけではないですが、あのメイドは後宮という場所にふさわしい振舞いはとてもできそうにない平民かそれに近い娘でした。さすがにそのような者を雇い入れるとなると東妃が知らなかったはずがありません、王族が養育される後宮で働けるのは最低でも子爵以上の貴族籍をもつ令嬢でなければいけないと聞きましたからね。 反対に西妃の線も考えましたが、社交や外交を行える立場にある者が王族を虐待するなど、馬鹿な真似をするような人物とも考えにくいですから、今回の件は第二妃東の方が主導している可能性が高いということです」


「なるほど……」


バーガ国王は納得し、深く頷く。


「それでバーガ国王、貴方はこの先どうするおつもりですか? 後宮の清浄化を図るにしても、現状ではそちらに手を回すのは難しいのでは?」


「魔王討伐がなった暁には、必ず後宮の対処も致します……」


連日の疲労と睡眠不足の色濃い疲れた顔で国王はエドワードへと頭を下げる。


「なるほど……すべてご自分で対処されようというお心、しかと受け止めました。それなら私も協力しましょう」


「聖人様……重ねてのお心遣い感謝の念に堪えませぬ……本来であればこの国の者だけで対処せねばならぬ事……申し訳ありません」


「いえ、気になさらずに、困った時はお互いさまですよ」


そう言ってエドワードは微笑む。

(ついでにミーツ王子とも接触するいい機会ですからね)


こうして、エドワードはこの国の後宮問題に介入するために動く事を決めた。


◆◇◆

あくる日の午後


……ここは引退した前正妃である王太后が住まう離宮『黄昏の宮』


その名にふさわしい美しい夕暮れを窓から眺めていた王太后は、傍仕えの女官が、静かに部屋へ入ってくるのを感じていた。


「王太后様、バーガ国王陛下より聖人エドワード様と面会いただきたいとの仰せでございます」


「おや……このような引退した老女にお忙しい聖人様が一体何用であろうか……よほど急を要する案件か……あるいは……」


「あるいは……?」


「いや……憶測でしかないゆえ、御本人に確認してみるまでは何も言うまい」


「では……?」


「あぁ、格式張ってお待たせしてよい方ではない、すぐにでもお会いしますとお返事せよ」


「かしこまりました。すぐに用意いたします」


そう言うと、その女官は一礼して退室していった。


「さて……いったいどのような要件かのう……もしスカーの事ならば、今更わたくしがどうこうできる問題でもないのだが……」


◆◇◆


王太后とエドワードは、対面の挨拶もそこそこに本題へと入る。


「して、本日はこの老女めにどのような御用件でしょうかな?」


歴戦の戦士もかくやと言わんばかりの老練な笑みを浮かべている王太后へ、こちらも腹の底が読めぬ笑顔を返すエドワード。


「えぇ、実はですね……この国の後宮の現状ついて少しお伺いしたいと思いまして」


「ほぅ……それは一体どういうことです? 引退したわたくしに今の後宮について、なにも分かるはずもございませんよ?」


「ご謙遜を……あなたは王太后であり、現バーガ国王の母君、自らの子の行く末に、かかわるような事態を把握していないような愚か者に王妃や王太后などという役目が務まるのですか?」


「ほほほ……これは手厳しい……では、聖人様は何をお聞きになりたいのでしょう?」


すっと、真顔になった王太后が鋭くエドワードへ尋ねる。


「東妃が南妃の子を虐げていた事実を貴女はご存知だったのではありませんか?」


「……だとしたらいかがいたしまするか?」


王太后は動揺もみせず、言葉を続ける。


「確かに後宮の内部で起きている情報は、こちらでも把握はしております、しかし聖人様はご存知ないかもしれませぬが、『後宮を辞したものは無用の諍いや混乱を避けるために立ち入りも介入も許されない』という不文律がございまする。故にいかに聖人様や国王陛下のご下命でもわたくしが、後宮に踏み込むことは出来ませぬ」


王太后は、落ち着いた口調でそう答える。


「なるほど……それでここまで事態が野放しにされていたという事ですか……」


「聖人様……この国の事は我が国の者だけで解決いたしますゆえ、今は全力で魔王を討伐する事だけをお考え下さい」


そういいながら王太后は静かに目を伏せる。


「何故そこまでして、東妃を助けようとするのです?王太后」


その言葉にすべてを諦めたかのようにため息を一つついて、話し出した。


「そこまで見透かされておりますか……聖人様は、この国の後宮の在り方を見てどうお考えになられる……?」


「かなり歪な制度だとは……」


「男児を産んでも生まなくてもそれほど気にもされない妃……正妃のわたくしから見たら気楽でいいと思うこともありました。しかし期待されないということは、同時に王の関心もないということ……それがどんな意味を持つかおわかりになりますか……?」


「……」


「この国の国王は代々一途な性格を持つ者が多く、我が国の後宮制度とは相いれない難儀な気質をもっておりましてね……。 正妃とバーガ国王はそれはそれは仲睦まじい夫婦でございましたよ。……しかしあの子はほかの三妃にほとんど関心を抱くことがございませんでね。 義務として子は儲けましたがそれだけ……西妃はそれでも自らの才能を生かすべく、社交や外交へとはけ口を見出しておりましたからまだよかったのです、南妃も忙しくサポートに回っておりました」


王太后の瞳の奥には深い悲しみが見えた。


「しかし、東妃は違った。彼女は……誇れるほどのものを何も持っていなかった。だから正妃が早逝した後、せめて子らの養育をと頑張ったのでしょう。しかし、頑張れば頑張るほどに周りは彼女を追い詰めていった……。『王太子を洗脳でもして操るつもりなのか』『黙って奥向きの差配だけしていればいいものを』『王族の教育に口を出すなどおこがましい』そんな噂が漏れ聞こえてくるようになっておりました、そして追い詰められた彼女の心は次第に壊れていってしまった……国王陛下にはそれとなくお話は致しましたが、あまり真剣に受け止めておらなんだようで、その結果が今日の現状につながったのでございましょうなぁ……」


そう言うと王太后は静かに涙を流し始めた。

エドワードは言葉なく、ただじっとその話を聞いている。

しばらくすると、涙を拭った王太后がエドワードへ話しかけてきた。


「聖人様……せめて引導を渡す役目をわたくしにお任せ願えませぬか……不文律については【戦時下の特例】といことでなんとかいたしますゆえどうか……」


そう言って頭を下げる王太后


「分かりました、静養先も王太后様に一任いたしますのでよろしくお願いいたしますね」


と微笑む。


「助命頂けるのでございますか……東妃にかわりまして感謝いたしますぞ聖人様」


と深々と美しい礼をする王太后であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る