第16話 親子
国王のプライベート区画にある謁見室の前でエドワードは
「さぁ、着きましたよ。お部屋の中に怖い人はいませんので安心してくださいね」
エドワードは子供へ優しく語り掛ける。
「うん……ぼくもうなかない……ありがとうせいじんさま」
子供はエドワードの首に抱き着いていた手を離し、エドワードを見上げるようにして言った。
「では行きますよ」
エドワードはそういい扉の前にいる護衛に声をかけた。
すると中からすぐに返事があり
「はいりなさい」
と声がかかる。
エドワードは扉の前の護衛の者に、静かに扉を開けてもらい中に入っていった。
「これは聖人様……わざわざご足労いただきまして申し訳ありませぬ……して、その子供は……」
「えぇ、先ほど中庭でこの子が、後宮のメイドに虐待されていたようなのです。私が発見した時には、鞭で背中を傷つけられて背中一面血にまみれておりましたよ。状況を鑑みるに日常的に虐待を受けているようにしか見えませんが、バーガ国王。この子は貴方の子ではないのですか?」
エドワードは冷たい視線をバーガ国王に向けながら淡々と話す。
「な……なんということだ……そなたもしやミルフィーか? ケガは大丈夫なのか!」
国王の言葉に子供の体はビクッとする。
「やはりそうなのですね……傷は私が治しましたのでご心配なく……ミルフィー王子、こちらの方が貴方のお父上だそうですよ?」
「ちちうえ?」
「えぇ……しかしいくら何でもお互い顔も分からない親子とは……説明していただけますねバーガ国王?」
エドワードは冷たく言い放つ。
「……少し長くなりますがよろしいですかな……?」
国王は力なく項垂れながら話し始める。
「その話を聞く前に、父親なんですからちゃんと面倒見てください」
と、ミルフィーの脇腹を抱えてひょいとソファに座っていた王の膝に乗せる。
その早業にビックリする親子の顔はソックリであった。
「せいじんさまぁ……」
大粒の涙を浮かべてエドワードの顔を見るミルフィー。
「少々長くなるとのことですから、先に貴方の食事を用意させますからねミルフィー王子。その間お父様に抱っこされていてください」
そう言い残してエドワードはメイドへ食事を運ぶよう言いつけるために部屋を出て行った。
それを見て半泣きのミルフィーを抱えて途方にくれる国王。
しかし、いつまでもそうしていられないと、国王はミルフィーの様子をじっくりと観察していく。
「ミルフィー、そなた背中に傷をうけたと聞いたがもうどこも痛くはないか?」
「ちちうえ? うん!せいじんさまがぴかーって光くれたら治った!」
「そうか……それにしてもそなたのその姿は一体どうなっておるのだ……後宮の責任者たる
「僕のお部屋に来るおばさん、いたい事ばっかりするしこわいからキライ……」
「ミルフィー……」
「そのおばさん、ぼくのせいで母上は死んじゃったんだって……ぼくなんか生まれてこなきゃよかったんだって言うんだ……」
まさか我が子であるミルフィーを、そんな過酷な環境で生活させていたとは……。
「ミルフィー……すまなかったな……辛かったであろう、苦しかったであろう、寂しかったであろう……本当にすまない……
バーガ国王は、自分の不甲斐なさに項垂れるしかなかった。
「ちちうえ、僕もう泣かないよ。だってせいじんさまと約束した!」
そういいながら国王に抱き着くミルフィー。
「そうか……ミルフィーは偉いな……それにしてもそなたの、その格好はさすがになんとかせねばいかんな…… 」
そう呟くと、ちょうどエドワードが部屋へと戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。ミルフィー王子の着替えも持ってきましたよ」
「せいじんさま!おかえりなさい!」
と、国王の膝から飛び降りて、ぴゅーっと音を立てる勢いで急いで走ってくるミルフィーをさっと捕獲して、テキパキと熟練の技で素早く着替えさせてゆく。
「せ……聖人様は、子供の着替えも慣れておられるので……?」
あまりの手際の良さに驚愕するバーガ国王。
「えぇ……子守の経験もありますから……それよりこの子の怪我は、背中以外にも古傷がかなり見られますよ……治しておきましょうね」
と何事もないような口調で、傷を消していった。
「なんと……このような幼子にそのような仕打ちをするとは……なんということだ……」
「えぇ、ですからこれからはしっかりと目を光らせておくべきだと思いますよ。 ……あぁ食事が来たようですね」
メイドが運んできた食事をみて目を輝かせるミルフィー。
「これ、食べていいの?」
「えぇ、もちろんです。 沢山お食べなさい」
といいながら、ミルフィーの首にナフキンを首にまいてやる。
まだ5歳という事でなのか、マナーは全くできていない為、口の周りがベトベトになっているのをかいがいしく世話していくエドワード。
「ほら、お水も飲みなさい……さぁ野菜も食べましょうね……全部食べられましたね、いいこのご褒美においしい果物をあげましょう」
「わー!せいじんさま、これおいしー!!」
きゃっきゃと果物を食べて喜んでいるミルフィーを、複雑そうな顔で見ながら国王は
「ところでエドワード殿、ミルフィーの今後なのですが……」
とエドワードへ声をかける。
「それは、まず貴方がしっかり見てあげてください。貴方が父親なんですから。貴方がちゃんと見ていなければ、ミルフィーはまた同じ目に遭うだけです」
「しかし私は……」
「と、言いたい所ではありますが、現実的に無理なのは分かっています。ただ、無策で後宮に戻すのだけは容認できませんよ」
「やはり……そうですな……どうしたものか……」
「とりあえず、しばらくは私の方で面倒をみることにします。その間に、きちんと信頼のおける世話係と教育係として教育のできる人材を探しておいて下さい」
「せ、聖人様にそこまでご面倒をお掛けするわけにはっ!?」
「心配いりません、弟の面倒を見るのも兄の仕事でしょうからスカー殿下にもお世話してもらいましょうね」
「は? ……スカーに、でございますか……?」
「えぇ、なので安心して私にまかせてくださいね」
とにこやかにエドワードは微笑むのであった。
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