第10話 勇者誕生?

 どこかで鳥の鳴き声が聞こえる……もう朝か……と夢うつつになにか違和感を感じ始める王太子スカー。

ゆっくりと目を開けてみれば目の前には見たこともない風景が広がっていた。


(ここはどこだ!?)


慌てて飛び起きて周りを見渡せばそこは見知らぬ森の中であった。

ふと、そこで会議での出来事を思い出していく。


(確か俺は会議場へ抗議しに行って……そこでいきなり衝撃に襲われ……気がついたらここにいたんだ!ということは……これはまさか……誘拐か!?)


スカーがそんなことを考えていると背後から声をかけられた。


「やっと起きたか、ずいぶんとよく寝ていたじゃねぇかよ!」


振り向けばそこにはなんだか見覚えのある男が立っていた。


「お前は……誰だ?」


思わずつぶやくように尋ねると男はニヤリと笑いながら


「おやおやぁ? 俺の事を忘れちまったのかぁ、異世界からきた勇者のアドルファス様だよ!」


となにやら得意げに胸を張るアドルファス。


「貴様……勇者だと! 何を言っている!ふざけるのもいい加減にしろ!」


怒鳴りつけるスカーに対しアドルファスは呆れたような顔で答える。


「おいおい……話はちゃんと最後まで聞くもんだぜ? いいか良く聞けよ、今俺たちがいるこの場所は『勇者の修行場』と呼ばれる場所だ」


その言葉を聞いて驚くスカー。


「ゆ、ゆうしゃのしゅぎょうじょうだと……なぜ私がこんなところにいるのだ!」


「そりゃぁ、おまえさんの御希望どおりの勇者にしてやるために鍛えるんだろうがよ」


アドルファスの言葉に絶句するスカー。


「なっ……私は修行などしなくても勇者として魔王など討てる! さっさと城へもどせ無礼者め!」


「ほー、じゃあご立派な王太子スカー殿下は、聖人様のありがたーい『勇者認定試験』をうけなくてもいいってことだな」


「な、なんだそんなもの聞いたことがないぞ!」


「そりゃあ今までの勇者は、聖女様にタダで加護つけてもらうだけだったからだろうなぁ……だが今回の魔王は今までとはくらべものにならんくらい強力だ、簡単な加護じゃ討伐なんて夢のまた夢だぜ? だからそれにふさわしい強力な加護がいるってわけだ、だが残念ながらうちの聖人様は甘っちょろいへなちょこに加護なんて授けてくださらねぇんだよ」


「ぐぅ……しかしあの者は本当に聖人なのか……? 本当は聖女が来るはずだったのではないのか……? ユリカはそう言っていたのにどうして……」


悔しそうに言うスカー。


「まぁ、そう落ち込むなって。実はな、あの聖人様はお前の言う通り、呼ばれるはずだった聖女様に頼まれてこっちへ来たんだよ」


その言葉にスカーは、バッと俯いていた顔を上げて


「そ、そうなのかっ……ユリカの話は嘘じゃなかったのか……それなら何か事情があってこれなかったのか?」


「ああそうだ、だから聖人様の試験もちゃんとこなしてみせろ。なんなら俺がお前さんを一人前の勇者に鍛えてやってもいいぜ? ……あぁそうだ、勇者の俺がいいもん見せてやるよ」


「な、なんだいいものって……」


困惑しながら訪ねるスカー。


「あそこみてみろよ、岩の上に剣がささってんだろ? あれが『勇者にしか抜けない聖剣』だ!」


な……なんだと! そんなものが実在したというのか!


『勇者しか抜くことのできない伝説の聖剣』


その響きに魅了されたスカーは、早速聖剣の前まで移動して抜こうと試みるがまったくびくともしない。


「ぬ……ぬけん!」


「当たり前だろーが、聖剣に認められないと抜けないんだからよ」


そう言いながらアドルファスは剣に手をかけ、いとも簡単に剣を抜いて見せた。

抜いた瞬間に淡く光り輝いた聖剣の美しさに思わずスカーは見とれてしまう。


「どうだ、これで俺が勇者だと信じるか?」


驚きながらも素直にうなずくスカー。


「うむ……確かにお前の言うとおりだったようだな。疑ってしまい申し訳なかった」


自分の適当な作り話を簡単に信じてしまったスカーに、内心呆れながらもアドルファスは話を続ける。


「なら、お前も聖剣に認められるために修行あるのみだぜ!」


「分かった。一刻も早く聖剣に認められるよう、お前の言う通り修行してやろうではないか!」


なんか偉そうに気合を入れるスカーの頭にゲンコツを喰らわせながらアドルファスは


「アホが! 今日からはお師匠様とよべ!」

と言い放った。


「お、お師匠様だと!?」


「そうだ!俺はお前を勇者にするべく鍛えることになったんだからな、ちゃんと呼べよ!」


「わ、わかった……よろしく頼むお師匠様……」


こうして2人は修行を開始したのであった。


◆◇◆


 それからというもの毎日のように森の奥深くへと入り込み、アドルファスによる厳しい特訓が開始された。

まずは体力作りのために森の中を走り回ることから始まり、次に木刀での打ち合い、最後に実戦形式での模擬戦や小型の魔物討伐といった具合である。


 最初は嫌そうに行っていたスカーであったが、根が単純な者同士うまが合うのかアドルファスへ少しづつ心を開いていき、スカー自身元々体を動かすことが嫌いではなかった事もあり、だんだんとその厳しさにも慣れて次第に自ら進んで訓練を行うようになっていった。


 そしてそんな日々が続いていくうちに少しずつではあるが確実にスカーの能力が向上していくのが目に見えて分かるようになってきた。

そんなある日のこと、いつもの様に野営を行っている最中、突然スカーが真剣な顔をしながら口を開いた。


「お師匠様……少しお聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


「ん?なんだ改まって……なんでも聞いてみな」


「はい……実は私は今、将来王として国を治めなければならない立場にあるわけですが……正直なところ王としてやっていく自信がありません……。 私が王位を継いだとしても父上のような立派な王になどなれるとはとても思えないのです……だから私は勇者として箔をつければ王として認めてもらえるんじゃないかと思っていました……でも今はそれではダメなのではないかと思うようになったのです」


「あぁ、なるほどなぁ……そういうことか」


青少年の複雑な胸の内を聞いて納得したようにつぶやくアドルファス。


「はい……なので、もし勇者として聖剣に認められ魔王を討伐した後、誰か他の人に王位を継いでもらうことはできないでしょうか?」


不安げに尋ねるスカーに対し、アドルファスは静かに答える。


「別に後じゃなくてもいいんじゃねぇか?」


「え……」


「嫌ならやめちまえってことだよ、確かお前の下に何人か王子いるんだろ?」


「はい……成人している王子は私の他に2人います。確か父上の後宮にも成人前の男子が3人女子が2人ほどいるとか……」


「だったらそいつらの誰かにやらせればいいだろうがよ、王位なんてやりたいやつがやればいい」


「そ、そのような無責任な事が許されるのでしょうか……」


「まぁ確かにお前を王太子として養育してきた財源なんかは民の血税ではあるけどよ、そこは将来金を返すでも働きで返すでもいいんじゃねぇか? 別にいますぐ国から出奔したいわけでもねぇんだろ? それに世の中王政にこだわる必要なんてねぇし、適任者がいねぇならいねぇなりにどうとでもなるもんだ。 極論、王や貴族にとって民は必要不可欠な存在であるが、民にとってはいてもいなくても同じだからな」


「そうなんでしょうか……」


そういいながらスカーは深く考え込んだ。

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