12月のラピスラズリ

あまくに みか

0、最果ての街

 群青色の夜空の下、一本道がある。

 その道を目線でたどると、一つの家にぶつかる。暖かそうな木の小屋で、可愛らしい煙突からは、ふんわりと煙が立ち昇っている。

 その家と一本道をのぞいて、この街は雪に覆われていた。星明かりに雪が照らされて、夜なのにほんのりと明るい。

 雪のない一本道には、二つの影。長いしっぽをピンとたてて歩く黒い猫と、夜空みたいな色の長コートを羽織った青年。

「旅人、ここが十二月の街だよ」

 黒猫が振り返って、笑った。

「うん。目的の街だ」

 彼は微笑み返して、うなずいた。

 目的の街。この世界の最果てにある街。

 十二月の街。

 彼は背後を振り返って、今まで通ってきた街のことを思い返していた。長かった旅が、もうすぐ終わろうとしている。ふと、思い出したように彼は首の後ろに触れた。そこには、記号と数字が刻まれている。

 彼のかつての名前である。

「やっと。やっと、居場所が見つかったんだ」

 少し視線をあげて、目の前の小屋を眺めた。

 自分が何者であるか。

 自分の居場所はどこか。

 全て、この街に行けばわかると黒猫は言った。

 彼は、これからの未来に胸を弾ませて、ドアノブに手をかけた。すべりこむように先に小屋の中へ入ったのは、黒猫だった。慣れた足どりで、小屋の奥へと進んでいく。

 小屋の奥で、もぞりと大きな影が動いた気がした。

 彼は踏み出した足を引き戻した。顔から笑みがひいていく。

 小屋の奥、いくつもの本が高く積まれた先にそいつはいた。

「……誰?」

 その人物は緩慢な動作で立ち上がる。髪がはらはらと流れて、白い顔があらわになった。

 その姿を見て、彼は自分の心が軋んだ音を確かに聞いた。

「なんで……」

 救いをもとめて、彼はたった一匹の友人である黒猫を見た。

 黒猫は彼が立ち止まったことも気にせず、真っ直ぐにその人物の下へ向かう。親しみをこめて足元へ擦り寄った。頭をなでられて、喉を鳴らす。

 それから黒猫は、扉を開けたまま立ちすくんでいる彼へと視線を向けた。左右で異なる色の瞳が、三日月のように細められた。

「ああ」

 その視線で彼は全てを、悟ってしまった。

 初めから、自分の居場所なんてなかった。

 初めから、友達なんかじゃなかった。

 騙された。裏切られた。

この、黒い猫に。

「悪魔め」

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