あげたてですよ

 あげたてですよ。一瞬びくっとした。コンビニの店員に声をかけられるとは想定外だった。いいふうにいえば気のよさそうな、わるいふうにいえば過剰に人に干渉してきてうっとうしそうな、中年女性だった。現状の不景気とてらしあわせて、なんとなく彼女のこれまでとこれからのようなものが思い浮かんだ。大学だか会社だかであった同年代の男と結婚して、二十代から三十代にかけて二三人ほど子供をもうけそだて、上の子はもう手をはなれたが下の子はなんやかやとまだ金がかかりそうであり、夫の会社が倒産しそうだとかもしくはリストラにあいそうだとかそんな不安はないけれど、なんとなく先行き不透明であることがいやな気分に彼女をさせ、昼間に掃除やら洗濯やらするよりはてきとうにコンビニのバイトでもしてみようかしら、そしておそらく別に状況は今後ぎりぎりまで切迫することはなく、ほどほどの感じでけれどもまあそうやってはたらいたのも悪くはなかった金が多くて困ることなんてないでしょうし、特別に愛情関係があるわけでもなし多くの場合と同様惰性的にけれどもそんなことは考えずに配偶者と余生を送り、おそらく彼の方が先に死ぬだろう、そしてとりわけひとりがさびしいこともなく、たまに娘がたずねてきたりして、近所のつきあいもあり、最後には死ぬ。即座にできあいの妄想をかき消した。どうだっていいことだ。会計の際、彼女はなにをすればいいやらわかっていないようで、先輩らしい若い店員を呼んでいた。おそらくたぶんすべてはそういうことなのだ。すこしずつ彼女はコンビニの店員らしくなっていく。いちいち客に話しかけることはしなくなり、事務的に物事を進行させる。いいともわるいとも思わない。ただこれ以上に興味がわいてこないだけだ。外は雨が降っていて商店街にすわれるような場所もなく、傘をさしてあるきながらそのあげたてというフライドチキンをとりだして食べる。ぬるぬるとして袋をとおしてさえむやみに熱いそれは、まずくて食えたものでもないということもないかわりに、めちゃくちゃにうまいということもない。すきっぱらにはなんだってちょうどいい具合になる。その鶏肉を食べ終わるまでぐるぐるとそのあたりを歩いた。油でぬれた紙袋は捨てる場所がみつからなくてしかたがなくポケットにしまう。傘の心配をしながら本屋に入った。

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