異世界召喚殺人事件 ~探偵・花水木 啜~
梶野カメムシ
一枚目
高校二年の秋、アイツが突然いなくなった。
前を歩く彼の足下に、円形に輝く紋様が現れて。
振り向いた顔が、闇に呑まれたように消え失せて。
それきり彼は見つからず、ご両親は捜索願を出した。
地方紙が取り上げ、ネットは「異世界召喚?」と騒いだが、ただそれだけ。
事件は半月もすると風化し、忘れ去られた。
異世界大好きだったアイツは、今ごろ冒険を楽しんでいるのだろうか?
◇◆◇◆◇
皆さん、初めまして。
私はネピア・クリネックス、
NZ(ニュージーランド)出身の留学生で、十七歳です。
父はマオリ人、母は日本人。日本語ペラペラで顔立ちも
私が日本に来たのは、母の祖国故ではなく、敬愛するジャパンアニメの聖地だからです。一番の
探偵の名は、花水木
え、「名探偵なの?」……ですか?
うーん。はっきり言って、ダメ人間だと思います。
調査は
毎日、事務所のソファに転がってテレビを見るか、スマホをいじってますし。
「ホントに探偵なの」と思われました? まったくですね。
私も助手になった当初は「ハズレを引いた」と思いました。でも地方都市にそうそう探偵なんていなくて、仕方なく続けている内にわかって来たんです。
先生は、推理しかできないから、探偵になったんだと。
一分だけなら、アニメにも負けない名探偵だと。
もっとも事務所に持ち込まれるのは、九割方くだらない案件なのですが。
これから話すのは残り一割の、まあまあ探偵らしい事件です。
「インパクトが大事だよ」と先生が言うので、こんなタイトルになりましたが、別に誰も殺されません。本当にいい加減です。
あまり期待せず、暇つぶし程度にお読みください。
それでは、始めますね。
「異世界召喚殺人事件」です。
「異世界に行った友人を探して欲しい……ですか」
ため息まじりに鼻をかむ先生に、依頼人は真面目な顔で頷きました。
行方不明者の捜索は探偵の仕事の一つです。ペットの捜索依頼も珍しくありません。ですが、これはヒドい。先週門前払いした迷子のツチノコ探しよりヒドい。先生にジャパニーズ土下座をしたくなります。
なにせこの依頼人は、私が連れて来た方ですから。私を探偵助手だと知る友人伝手の依頼は時々ありますが、こんなトンデモ案件とは聞いていませんでした。
依頼人は野木 春香さん。他校ですが同学年の高校生です。色白眼鏡の知的なお顔はクラス委員長とかされてそうな感じ。このイメージにすっかり騙されました。ネピア一生の不覚です。
「海外絡みの事件は、ちょっと管轄外かなぁ」
「そんな……それじゃせめて、異世界の行き方を教えてください」
「ん-、トラックに轢かれるとか?」
「先生、それただの自殺教唆です」
ピンボケな先生を押しのけて、私は野木さんに向き直りました。
「それはもしかして、先月あった《異世界召喚》の話ですか?」
「そうです。これです」
野木さんが取り出した新聞記事は、私も覚えがありました。一時、話題になった事件ですから、探偵として当然です。先生はスルーしてましたが。
「捜索願は?」
「彼のご両親が届け出ました。でも、警察から何の連絡もなくて」
「事件性がないと、警察は積極的に動かないんです」
「大事件じゃないですか。《異世界召喚》ですよ?」
「多分、それが原因だと思います」
何かの
「あらためて確認しますが、野木さんは悪戯だと疑わないんですか?」
「もちろん考えました。
でも
いきなり彼の姿が消えて、魔法陣だけ残って……
確かに秋介は子供ぽくて悪戯好きでしたが、あれがそうとは思えません」
私は、先生をちらりと見ました。
何も考えてない顔です。いつものように鼻をかんでいます。ゴミ箱に投げたティッシュがまた外れました。何万回とシュートしてるのに入った試しがありません。リバウンドはいつも私です。先生は慢性の鼻炎持ちなんです。
「……それに秋介が、家出なんてするはずないんです」
「何故です?」
「それは、その……いなくなる少し前に、その、告白……されて……」
「はわわっ、お、おめでとうございます!」
真っ赤な顔を見れば、探偵でなくても結果はわかります。
恋バナです。アオハルです。相思相愛です。
だけど、それが本当なら。
「そんなタイミングで蒸発なんて、確かに変ですね」
事件性がある……かもしれません。
「行こうか、ネピアくん」
「えっ、どこへですか?」
「もちろん現場だよ。そう遠くないんだろ?」
「たしか隣町です」
「それなら大した距離じゃない。説明は現場で聞くのが一番だ。
彼の行先がどこにせよ、まずは現場から始めないとね」
指先で車のキーを回す先生に、珍しく説得力を感じました。
「野木さん、案内をお願いできますか?」
「ええ、もちろん」
「それじゃ、出発しよう……おっと、ネピアくん」
先生はニヒルな笑みを浮かべ、私に言いました。
「──ティッシュの予備を、忘れないでくれたまえ」
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