一期一絵な夏休み
だいふく丸
プロローグ
「ねぇ、コウイチ。あんなお店あったけ?」
小学校の帰り道、おさげ髪のマイが立ち止まる。
「いや……あったあった! ほら、早く帰ろうぜ」
彼は嘘をついた。友達と遊ぶ約束があるので早く帰りたかったのだ。
だけど、少女はその怪しい古びた店へとするする入っていく。
――ったく、しょうがねーやつだ。
少年は重い足取りで店へ入るも、
――うっわ! きったねー!
店内はお世辞にも綺麗とは言えない、リサイクルショップのようだ。冷蔵庫や洗濯機などの電化製品、棚やテーブルといった家具から自転車、宝飾された杖まであるものの、どれもホコリがかぶっており、オレンジ色のライトにはクモの巣が張っている。
「いらっしゃい」店主はおばあさんだ。
頬が垂れた顔に、しゃがれた声にビクッとするも、コウイチは尋ねる。
「ねぇ、女の子こなかった?」
「女の子? はて、きたようなこなかったような……」
はっきりしない返事に、彼はしびれを切らして店内を探す。不気味な店なので、早く帰りたいのだ。「――マイ! マイ、どこだよ!」
「コウイチ、こっちだよ!」
奥の、ところどころ穴が開いたカーテンの向こう側から声がした。宙を舞う埃を払いながら奥へ奥へと踏み入れていくと、少女のランドセルがあった。
マイは壁に飾られた絵を眺めていた。その絵は暗い色で山や川と街、何か特別なものを描いているわけではないが、悪い意味で何か惹きつけるものがあった。
「マイ、なんか、気持ち悪い店だから帰ろうぜ」
「待って!」少女が止める。「なんか、この絵から声が聞こえない?」
「声……?」ゾゾゾ……!
コウイチは怖い話が苦手だ。顔を真っ青にして少女の強く細い腕を掴んだ。
「聞こえない聞こえない! さ、帰ろう。モトキとイカゲーする約束が――」
そのとき、するっ!
「マイ……? マイ!」いたはずの少女が消えたのだ。
おばあさんがやってくる。「おやおや、いけない子たちだねぇ」
「ねぇ、マイが! マイがいなくなった!」
「そりゃあ、そーだよ。絵の中に入っちゃったんだから」
「なんだよ、それ! マイを返せよ!」
悪い予感が当たったようだ。突発的にコウイチはおばあさんの弱弱しい胸倉を掴む。
だが、彼の腕を握り返したその力は老婆ではなく、まるで大男のようで、軽く払われた衝撃で尻餅をついた。「お、お前は、いったい……?」
「悪い子はおしおきだね。あっちの世界で食われるがいい」
彼を掴み上げると、力いっぱい絵に押し込んだ。
「う、うわああああああああああああああああ…………!」
ずどどん、「い、てっ!」
次元のはざまを通り抜けた先は、暗闇に覆われた世界だった。
「コウイチ!」マイの声がした。「助けて!」
振り向くと、自分よりもはるかに大きい、鎌のような鋭利な牙を剥き出す巨大な恐竜が少女を狙っていたのだ。「どどど、どうすれば……あ!」
そばで杖が白光っていた。さきほど、老婆に掴まれた際に取ったのだろうか。
「おい、このロリコンザウルス! 俺が相手だァ!」
その巨大な三つ目の恐竜はギロリと目を向ける。背筋が凍るも、足が震えるも、彼は精一杯に歯をむき出し、威嚇する。だが、恐竜は口を開けると、黒い光線を放った。
ゲームオーバーのよう、目の前がまっ暗になっていく。
――ああ、俺、死ぬんだ……
そのとき――ジジジジジ、パッと目が覚めた。
耳に届くけたたましい音のせいで、「うっせー!」バンッ!
少年が窓を叩くと、網戸で鳴いていたセミはどこかへ飛んでいった。
「まだ六時じゃねーか。あと三時間は寝れたな……」
わしゃわしゃと寝癖をかき乱し、軽い舌打ちとともに夢を思い出す。
ベッドの隣、机の上には少女と少年、恐竜がいる異世界に迷い込んだ絵が数枚、クレパスとともに散乱していた。「これのせいか……」
画用紙を丸めてゴミ箱に放り投げる。きれいなアーチを描き、すぽ!
ぬるい、ペットボトルの水でのどを鳴らし、再びベッドへ体を投げる。
暑さから逃れるよう、静かな寝息はまたも夢の世界へと彼を誘ったのだった。
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