ウォット・ユー・ビリーヴド・イン 5
一方その頃。
「……………………」
人間プロセッサ内定者たちへの説明を終えた春谷望海は、町工場二階の一室で手術の準備をしていた。
と言っても何のことはない。机を三つほど並べ、拘束具を配置してアルコールで消毒。そのうえで麻酔がちゃんとあるか、四肢の切除に使うレーザー刀のバッテリー残量は十分かを確かめるだけのことである。
オペの内容も実に簡単で、麻酔を打って眠りにつかせたあと、四肢を一思いにレーザー刀で焼き切るのみだ。手術と聞いて世間一般で想像されるようなことはしないし、やりたくても流石にできない。
レーザー刀は黒い懐中電灯じみた見た目をしており、バッテリーは本体底部の蓋を開けて入れる仕組みになっている。春谷がそこに満タンまで充電したバッテリーを差し込んで蓋を閉めると、スイッチの横にある緑色のライトが点灯した。
スイッチを右の親指でカチリと上げてやると……ブゥン、という鈍い音を立てつつ、赤い光の刃がきちんと伸びる。刃渡りは60センチメートルほどだ。
(…………赤い、光か……)
春谷はレーザー刀の電源を落としながら、少しだけ感傷に浸った。
そして思い返す。今より四年ほど前、彼が“確かに経験した”信じがたい出来事の記憶を。
§
西暦2046年の大晦日に“それ”は起きた。
そのとき火星からの帰路に就いていた『アレース1』宇宙船では翌日のお正月パーティのため、船内の飾り付け作業が行われていたのだが……春谷が休憩のため一旦居室に戻り、地球のJAXAから送られてきた紅白歌合戦のアーカイブを観ようとした時。
船内のありとあらゆる電子機器が、突如一斉に機能不全となった。
本当に、全ての機器が停まってしまったのだ。春谷の自室のパソコンも、トレーニングルームのランニングマシンも、擬似重力発生装置も、何もかもが一切合切例外なく。軌道制御用の中枢コンピュータと通信装置もである!
そしてその10分後。
宇宙船に小惑星が衝突し、彼らは死んだ。
それが一体どれほど低い確率の事故かは容易に想像できるだろう。もし想像し難ければ、逆に宇宙船を小惑星へ送り込むことを考えてみればよい。一体どれほど緻密な軌道計算が必要になるだろうか?
しかしその岩石の塊は天体力学と確率論の知見を嘲笑うかのように姿を現し、宇宙船の
そして細長い船体を真っ二つに叩き折り、船内のものを全て宇宙の深淵へ吐き出させ、クラーラ・マクラスキー隊長以下六名の隊員を全員絶命せしめたのである。
春谷も当然のように死んでいた。……だが不思議なことに苦痛は一切なく、また目でものを見ることも、頭で何かを考えることもできていた。
ただ身体をピクリとも動かせなくなっただけで、それ以外に何の変化もなかった。魂が光のトンネルをくぐって身体から抜け出すとか、子供の頃に死んだおばあちゃんが川の向こうで手を振っているとか、そんなイメージが見えることもなかった。
すると天使や仏様などのお迎えが来ることも当然なく……春谷はただ、途方に暮れた。自分はこのままあの世にも行けず、永遠に宇宙空間をさまよい続けるのかと思うと、ひたすら絶望するしかなかった。
と、思われたが。
やがて変化は訪れた。
遥かな深淵の彼方で赤い星が瞬いたと思うと、その輝きがどんどん大きくなり、破壊された宇宙船に近づいてきたのだ!
そして!!
【…………安心しなさい 地球人】
(((!!!???)))
赤い光は“まばゆく光り輝ける何者か”に
その声は男とも女とも、子供とも老人ともつかないような超然としたもので、それこそ本当に神や仏のようであった。宗教的でない名詞を用いるならば、そう、高次元生命体とでも呼ぶべきか。
身体は地球人類と同じ大の字形で、顔には大きな楕円形の目が二つついていたが、それ以外の人相や服装はまばゆい光に包まれており見えなかった。
その光の高次元生命体は謎の念力を放ち、ふよふよ漂う春谷の身体をその場に留めると、彼の顔を見下ろしながら言葉を続けてきた。
【地球人 お前たちはみんな助かりますよ】
(((き、君は一体、何者だ……?)))
【私の名はナム・アーツルゥ ここから約5000光年離れた お前たちがOGLE-2006-109Lと名付けている惑星系からやってきた者です 私の仕事は宇宙空間で遭難した生命体を救助すること そしてこの付近の宙域をパトロール中 お前たちが小惑星の衝突で死亡したのを感知したため 急行してきたのです】
(((救助……? 死んだ人間を一体どうやって救助するって言うんだ?)))
【私たちの文明では生と死のプロセスが完全に解明されており 死んだ生命体に命を与えて生き返らせることが可能です 法的には戦争や不慮の事故で死んだものに限られていますが 何にせよお前たちを助けることが可能です】
(((……だったら、助けてくれ!)))
春谷はナム・アーツルゥに土下座をした。
身体は動かせないので心の中で。
(((こんな宇宙で未来永劫さまよい続けるなんて真っ平御免だ。それに僕を含め、隊員はみんな地球に家族を置いてきているんだ。妻や子供を遺しては死ねない! 頼む!!)))
するとナム・アーツルゥはゆっくりと一度頷き、平坦な声色で答えた。
【元よりそのつもりです いま私は予備の命を一つ所持しています 取り急ぎその命をお前に差し上げましょう そしてお前はその宇宙船の緊急脱出モジュールで地球へ帰るのです】
(((他の仲間たちはどうなる?)))
【私たちの母星まで搬送し 同じように命を与えて生き返らせます この宇宙船も私たちの母星で修復しましょう そして然る後 この宇宙船で地球に帰ってもらいます】
(((それはいつぐらいになる?)))
【それは私たちとの時間感覚の差に関する心配と解釈してよろしいですか】
(((そうだ。君たちにとっての一日が僕たちにとっての百年である可能性もある。地球に帰ってきたときに何百年も経っているんじゃ、折角生き返っても家族に会えない)))
【それについては 残念ですが保証しかねます 蘇生は可及的速やかに行われますし 出発後は私の仲間が地球付近の宙域まで超光速で送り届けますが その出発が具体的にいつ頃になるかは 私の立場からは断言できません】
(((だったらどうすればより確実に家族の元へ帰せる?)))
【あくまでも私見ですが 最も確実な方法は お前たち地球人が自力で超光速航法を実用化し 私たちの母星まで迎えに来ることでしょう 発展途上文明自立促進法により技術的な助言や支援はできませんが お前たちの文明ならば お前たちの時間感覚でもすぐに 実現できるはずです】
(((……分かった。だったら、そうしよう)))
春谷がそうテレパシーで答えると、ナム・アーツルゥはその右手に“温かい光を放つもの”を浮かべ、春谷の胸に埋め込んできた。
それが“命”だった。彼の肉体はその温もりによって再起動し、心臓は脈を打ち始め、腕や足は自分の意思で動かせるようになった。
ナム・アーツルゥは春谷が宇宙の真空で再び死んでしまわないよう、光のエネルギー波で彼を包み込んで中に空気を充填させると、彼を伴って宇宙船の残骸近くまで移動した。そして幸いにも無傷だった緊急脱出用モジュールを念力で分離すると、彼をその中へ入れる前に、何か小さなものを手渡してきた。
そのすべすべした手で渡してきたのは、クラーラ・マクラスキー隊長の
【これを持って帰りなさい いつかお前がもう一度この星の大海に漕ぎ出す時 仲間との絆が闇を照らし
(((……ああ)))
【さあ 行くのです】
脱出モジュールのハッチが開けられ、春谷の身体が吸い込まれる。
モジュールの機能が次々に立ち上がっていく。電源が入り、中枢コンピュータが、生命維持装置が、推進機関が始動していく。
地球へ向けて動き出し、仲間たちから離れ始める。
一方窓の外のナム・アーツルゥは、宇宙船の残骸と仲間たちを光に包んでミクロ化すると。
身体をまた赤い光に変え、地球とは反対側の
……その後彼は短期人工冬眠装置を使って眠りにつき、およそ半年かけて地球へ帰還した。2047年7月半ばのことである。
『アレース1』が交信不能となって以降の出来事は地上から一切把握できていなかったため、春谷の記憶が唯一の情報源となったのだが……彼の話を真に受ける者は誰一人いなかった。ナム・アーツルゥとか何とかといった“神秘的体験”は“脳の錯覚”ということにされ、小惑星の衝突という
超光速航法の研究に予算がつくことも当然のようになかった。現代の文明水準では実現可能性があまりに低すぎ、そのために税金を注ぎ込むわけにはいかないとされたのだ。
このため春谷はJAXAをやめ、妻とも別れざるを得なくなった。
光を見失い、失意の底に澱む日々……だが自衛隊時代の旧友と呑んだくれていた時、ふと“ある噂”を耳にした。
その噂こそ――
(
――現代の百年以上先を行くテクノロジーと、常識を超えた異能力。
それらを武器に社会の闇の最深部で暗躍するという、“魔法使い”の噂だったのである!
彼は防衛省の伝手を頼り、ある魔法使いと接触。
その手によって光輝の魔力に目覚め、闇社会の一員として生まれ変わった。
……かくしてここに、5000光年の時空を
§
左の掌から発せられる、ほのかな熱を秘めた光。
(僕を導いてくれ。
光をぐっと握りしめ、改めて決意を固める。
そして最初の一人に手術を施すべく、事務室を出て一階の工場へ戻ろうとドアノブに手をかけた――まさにその時!
ガシャーン!!! と。
ガラスを突き破るかのような甲高い音が部屋の外から響いてきた!
「ッッッ!!!???」
春谷はその部屋を飛び出し、隣の扉に飛び込んだ。
そこは春谷が事務作業に使っている部屋であった。デスクに立てかけてあったチタン合金製の武器ケースを開け、仕舞ってあった棒状のもの――先端に小さな水晶体の嵌め込まれた、身の丈より少し短い魔法の杖――を引っ掴んでまた飛び出す。
手すりを越えて一階の工場まで飛び降りると……おお、何たることか!
解かれているではないか!?
人間プロセッサたちの拘束が!!
そこには白とアズールの制服に身を包んだ黒髪の美少女がおり、サバイバルナイフで全員の手足を解き放った後だった。
彼女は春谷の顔を認めるなり素早くナイフを投げつけてくる!
「ぬうッ!」
裏拳で投げナイフを弾き飛ばす!
攻撃は当たらなかった。がしかし、その僅かな隙を突いてプロセッサたちが一斉に逃げ出していく! 少女の破壊した工場の窓から!
無論みすみすと逃すわけにはいかない。彼らを取り戻そうと春谷も駆け出そうとするが――――――!!
「ッ……!?」
――――――黒髪の少女が抜刀し、切先を喉元に突きつけてくる!
思わずぴたりと動きを止めた春谷の顔を、少女はその切れ長の瞳で睨みつけた。
「残念ですね。星の大海への
「何とでも言えばいいさ。そんなことより退いてくれないかなお嬢さん……!?」
「…………」
刀をあっさりと喉元から外し、背を向けて窓から飛び出していく黒髪の少女。春谷もそれに次いで窓から工場を出ていこうとする。
だがまたしても阻まれる。今度はケープを羽織った別の少女だ。彼女は工場の屋上から飛び降りてきて窓のすぐ外に着地した。
そして身を起こすなり
春谷は半ば吹っ飛ばされるようになりながらも魔力を励起し、超生命力による傷の回復を図った。傷の内側から順番に細胞組織を修復し、花のようにひしゃげた弾頭を無理やり外へ押し出しながら急速再生させていく。
所要時間は7秒だ。それを済ませて痛みを打ち消し、春谷が顔を見上げると、先程の少女が拳銃を腰の
実際幼く可憐な印象を与える高い声で、彼女は春谷に話しかけてくる。
「通しませんよ。相手はわたしです」
「くくっ、なら別に通してくれなくてもいいよ。無理に追いかけてまで彼らを取り返そうとは思わないさ」
「だったらこのまま投降してもらえませんか? そのほうがわたしとしては嬉しいんですけど」
「仮にも自衛官だった過去を持つ者に投降を迫るのかい?」
「正直なところ気が進まないんです、あなたをやっつけるのは。わたし一応元ファンなので。ねえ、春谷副隊長?」
「フッ、元ファンねえ……そりゃあ残念だ。僕だって、君みたいに自分を慕ってくれていた子と矛を交えたいとは思わない。だけど――」
春谷はその身に秘める光輝の魔力を励起し、杖に流し込んだ。
先端に嵌め込まれた小さな水晶体が輝き出し、背後に後光めいた光の魔法陣が出現してくる。
そして!
「――だけどそれ以上にね、僕はこの計画を諦めたくもないのさッ!〈グリッターノヴァ〉!!」
「っ!!!???」
百万ワットの局所的閃光が工場内を一瞬満たし!
少女の目が眩んだ隙に、春谷は工場を後にして遁走したッ!!
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