聖堂は悪夢に染まりゆく~花嫁の絶望を添えて~

流花@ルカ

第1話

「お父様、今なんとおっしゃいましたの?」




「何度も言わせるな。 お前に第三王子との再・婚約の打診と話し合いの為に登城せよとの知らせが来た、それゆえ明日王城へ行き陛下に謁見するぞ」




「それは……もちろんお断りしていただけるのですよね?」




そう父親の公爵に問いかけると、彼は顔を真っ赤にして




「なにを愚かなことを! お前のいたらなさのせいで失った王子妃の座に再び返り咲けるチャンスではないかっ!」




と怒鳴り散らした。


その様子に、内心呆れながら娘である公爵令嬢は反論する。




「殿下があ・の・方・へお心を移されたことは確かにわたくしのいたらなさに原因がありましょう……しかし、その後の顛末はお父様もよくご存じではないですか?」




「そ……それは噂くらいは聞いておる。 なんでも相手の女狐が婚約後に不義密通で処刑されたと」




「えぇその通りですわ。ですから今そのお話再婚約をお受けしては、我が公爵家に属する派閥の者たちに対してもしめしがつかないではありませんか。


しかも一度破棄した婚約を今更なかったことにするとは、王家が我が公爵家をないがしろにしていると言われかねません! どうかご再考くださいませお父様!」




「ええい! その賢しらな口を閉じろっ! お前は黙って当主である私の言う事を聞いていれば良いのだっ!」




激昂した父親がその手を振り上げる。




しかし、娘は冷ややかに父親を見ながら






「よろしいのですか? 打擲ちょうちゃくなどして傷跡が残りでもしたら再婚約など夢物語になってしまいますよ?」




と父親に言い返した。


その言葉に父親は、振り上げた手をなかったことにもできず、八つ当たりに書斎の机の上にあった書類を乱暴に払い落としながら




「もうよい! とにかくこの話はお受けする! お前はせいぜい着飾って二度と殿下の関心を失うような真似だけはするでないぞ! 話は終わりだ!部屋へ戻れ!」




と娘を怒鳴りつけ、娘が退室した後もぶつくさと悪態をつき続けた。




(まったくこれだから女というものは扱いづらい)




そう思いながらも、国王からの正式な申し入れである以上断ることもできないし、むしろこちらからお願いしたいくらい好都合だ。




「明日が楽しみな事だ……」




再び王子妃に返り咲いた娘を手駒に活躍する今後の自分を夢想し、ニヤニヤとうすら笑いを漏らす父親であった……。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 夕暮れに差し掛かる国王の執務室に、コンコンとノックの音が響く。




「父上、お呼びと伺い参上いたしました」




部屋へと入ってきたのは王国の第三王子である。




「おお来たか第三王子よ。まぁそこに掛けろ」




椅子を勧められた第三王子はそれに従い静かにソファへ腰かけた。


国王もそれを確認すると座っていた机の椅子から立ち上がり




「さっそくだが本題に入ろう」




と言いながら窓の外を見やった。




「……父上?」




第3王子はその父の行動に疑問を感じつつも声を掛ける。しかしそれに構わず彼は独り言のように呟く。




「あの、なんとかいう男爵の娘も愚かなものよのう。せっかく手に入れた地位だというのに自らそれを手放してしまうとは……もっと上手くやればよいものを」




その言葉を聞き、第3王子はハッと息を飲む。


そして国王の横顔を見ると口元には酷薄そうな笑みを浮かべていた。




「……父上?」




恐る恐る声をかけると国王はこちらに向き直り、朗々とした声で王は話し出した。




「お前は、王族という国で最も高貴な血を引く存在なのだ。


それゆえ公爵令嬢との王命による婚約は、お前の第三王子としての責務であった……なのにお前はあろうことか、その責任を放棄して女狐との【真実の愛】とやらへ逃げた。


王族としての責任を放棄し逃げ出したお前を許すことは到底できない」




国王の言葉を聞いた瞬間、第3王子の全身がガタガタと震え出す。


心臓は早鐘を打ち、呼吸まで苦しくなる。


冷や汗が背筋を伝い、頭がグラリと揺れる。




「……とまぁ本来であれば公爵令嬢との王命の婚約を勝手に破棄した責任をお前にとらせねばいかんのだ。これで自分のしたことを重々理解できたか?」




と、王は息子である第三王子へ優しく語り掛ける。




「だが、今ならまだ間に合う。、我が王家は【実は第三王子は男爵令嬢の計略を知り、薬を盛られ一時的に正常な判断ができない振りをするために、わざと婚約破棄した】と宣言してやる。そうすればお前が勝手に発表した女狐との婚約は無効になるからな。その後すぐお前は公爵家に詫びを入れ、再婚約を申し込め。それさえできればお前を除籍処分にすることも、国外追放にすることも無くしてやることができる」




父である王の愛情あふれる言葉に、第三王子は涙があふれそうになるのを必死で堪えた。




「父上……感謝いたします……」


そう絞り出した言葉を聞き、王は満足げに息子の肩を叩いた。




「ふむ、わかってくれたか。ではしっかりな……」




安堵した様子の第三王子が執務室を去り、一人取り残された執務室で、王は独り言ちる。




「これでよしと……まったく世話の焼ける息子には困ったものだ……」




楽しげに笑いながら窓の外を眺めると、そこには沈みゆく太陽が、赤く空を染め上げていた……。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 部屋へと戻った娘は使用人達を下がらせ、一人ソファにもたれかかりながら先ほどの父親の言葉を反芻はんすうしていた。




「なんで今更……」




あの時殿下は私を捨てた。


私が婚約者として恥をかかないようにと頑張って積み上げてきた努力を踏み躙り、あろうことか公衆の面前で嘲笑ったのだ。




『第三王子との再婚約』




それを思うだけで、あの婚約を破棄された時感じた胸の奥底から湧き上がる悲しみと、憎しみに身を震わせたくなる衝動をぐっと堪えて冷静さを保つように自分に言い聞かせ、自分の中の暗い感情を押し殺し必死でこれからどうするかを考え始めた。




まずは、第三王子が起こしたあの忌まわしい事件によって起こった影響についてだ。




公爵としては、王族との婚姻により得られるはずだった利権を全て失い、失墜してしまった公爵家の面目を取り戻すためにも、どうしても今回の話を受ける必要があるのだろう。


そのためには、強引にでも派閥の者たちを黙らせる必要がある。




「将来得られる利権でもちらつかせて懐柔するつもりかしら? たとえ派閥はそれで大人しくなったとしても貴族社会がどういう目で公爵家や王家を見るのか分からないのかしらね……」




ため息をつきながら娘はさらに考えを巡らせて行く。




「おそらく王家は息子可愛さに私を逃がさない為に、明日陛下のお話の後すぐに最後の王子妃教育を施してくるでしょうね……」




王族に連なるために必要な教育の中には、特別な王家の秘事が存在することはすでに教育を受けていた。


秘事中の秘事を伝授される王太子妃レベルまでいかずとも、やはり流出させるわけにはいかない事柄は多岐にわたる。


それを伝授されてしまえばもう二度と婚約を破棄も解消もすることはできない。万が一王族になれなければ毒杯を賜るたまわしかなくなるのだ。


だから通常は結婚式の直前に施されるものである。




ならばどうする?




逃げる? どこへ? そもそも一人で何もできない貴族の小娘一人でどこでどうやって生きていくの?




助けを求める? 誰に? わたくしの家族と呼べるのはもうお父様だけしかいないのに。




突然赤の他人が助けてくれる……なんてそれこそ、そんな御伽噺みたいな事あるわけもないわ。




対立派閥になら……いえ、ダメね……無駄に国を割ってしまえば領民が苦しむだけ……私一人のわがままでしていい事じゃないわ。




「籠の鳥にできることは少ないわね……」




自嘲しながらも、娘は考えを巡らせて行く中で夜は更けてゆくのであった。


 


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 翌朝早く、娘は身支度を整え、父と共に迎えに来た馬車に乗り王城へと向かった。


謁見の間へと向かう途中ですれ違う者達は皆、娘を見てひそひそと話し合う者や、ちらりと見て見ぬふりをする者もいた。


そんな中を無表情のまま通り過ぎ、謁見室にたどり着き、二人は頭を垂れる。


侍従の声が響き、王が入室してくる気配がした。




「うむ、表をあげよ。此度の急な呼び出しすまなかったな、用件は他でもない我が息子である第三王子の婚約者であるそなたとの婚約を破棄し、どこぞの男爵令嬢と新たに婚約を結ぶなどと馬鹿げたことを言い出し勝手に発表しおったが、これは実は悪事を企む女狐を断罪するための第三王子の策略であったのだ。


よって女狐の処刑が無事終わった時点を持って、王命により第三王子の発表した男爵令嬢との婚約は無効とすることに相成った」




「左様でございますか……」




「……本来であれば第三王子は厳罰を持って対処するところであるが、実は騙された振りをしていただけなのだ。其方との婚約破棄は演技であったのだとどうか分かってやってくれ……。それに一人の父親としての意見ではあるが、元の婚約者である其方なら、あやつの行く道を上手く導いてくれると信じているがゆえにどうか、再婚約をうけてはくれまいか?」






「……陛下のご下命、ありがたく頂戴いたします」




「おお! 受けてくれるか! それはよかった! では早速もろもろの準備をさせよう。」




嬉しそうに王はそういうと、親子を残して退出していった。


パタリと閉じた扉を見つめながら父親に問いかけた。




「お父様。いつから第三王子殿下と男爵令嬢の婚約は無効の扱いになっていたのですか?」




「なんだと?」




「男爵令嬢は婚約後に不義密通により処刑されたと伺いましたが?」




「ふん。 それがどうしたというのだ」




そう言って父親は鼻で笑ったが、娘は冷ややかな目線で父親を睨めつけながらさらに続けた。




「つまり、王家と公爵家で共謀して第三王子と男爵令嬢の件はすべてなかったことにするという事でしょうか?」




その問いに父親は忌々しそうに




「当然であろう? このままでは王家の威信に傷がつきかねん、そうなっては折角の王子妃の椅子も価値が下がるではないか。


……しかし、あの女もつくづく救い難い女だったようだな。王家と公爵家の顔に泥を塗るような真似をして、なんとも浅ましい。まぁいい、これから忙しくなる。お前はこれから結婚式まで城で過ごすように申し伝えられておる……覚・悟・し・て・お・く・よ・う・に・」




それだけ言うと、娘を置き去りに足早にその場を立ち去って行った。


その後ろ姿を見送りつつ、娘はこれからの事を思うと暗鬱たる気分になるのであった……。


『もう疲れてしまったわ……』




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 それからしばらくは何事もなく日々が過ぎて行き、いよいよ第三王子との結婚式の日が訪れた……。


結婚式は滞りなく進み、とうとうその時は訪れた。


「それでは誓いの口づけを……」


神父の言葉で王子はゆっくりと娘に近づき、娘の肩に手を置いた。


そして、王子はそのまま娘を抱きしめ、唇を重ねようとした時、突然娘は咳き込んだ。




ゴホッ ケホッ ゲフッ




真っ青な顔で激しく咳き込みながら吐血し始めた娘に、第三王子は何が起こったのか分からず呆然としていたが、やがて我に帰ると慌てて娘に声をかける




「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」




慌てた様子の第三王子に向い娘は返事のかわりに滝のように口からこぼれ出でる血を第三王子へ吐きかけた




「そんな……嘘だ。お前と結婚したら私はそのまま王籍に残れるはずだったのに、どうしてこんな……ダメだ! 死ぬのは許さないぞ!」




娘に吐きかけられた血にまみれた顔を引きつらせながら第三王子は泣き出す。


その様子を朦朧としたように眺めていた娘は薄笑いを浮かべながら




「けふっ……貴方様は本当に昔から愚鈍なお方ですね……。私があなた方王家の魂胆に何も気づかないとでも?……そう……確かに貴方様と私の間に愛などというものは存在しませんでしたわ。だからと言ってあんな仕打ちを受けるいわれはありませんでしたけども……だからわたくしはお先にこの世から失礼させていただきますわ……貴方様の妃など死んだ方がマシですからね……ふふっ……ゲフッ……そうね……確かにわたくしも貴方様もただ、お互い利用されていただけ。私は政略結婚の駒として、貴方様は王家の道具の一つとしてね……ふふ……役に立たない道具はどう処分されるのかしら……楽しみですわね殿下……ケフ……まぁどのみちこの先王家はもう終わりですわ……ついでにうちの父親も道連れにするくらいのわがままは許されるかしらね……あんな男でもこの世に一人残しては可哀想ですもの……」




娘はうわごとのように支離滅裂な言葉をいうと、力尽きたかのようにその場に倒れ伏してしまった。


第三王子は泣きながらも指示を出し、急いで医者を呼びに行かせたがすでに娘は息絶えていた。


 


 結局、娘の死因は自殺という事で処理、第三王子は王籍から抹消されて気がふれたとのことで幽閉されたそうだ。


こうして、この国の歯車の一つが欠けたのであった。




 その後父親は、娘のしでかした事の責任を問われ公爵家は取り潰しの上公開処刑された。




王国は一連の出来事で、王家に対して溜まっていた鬱憤がついに爆発しついに革命が起きた。


王族は全て処刑され、国は新たな指導者のもと生まれ変わったのである。


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