SCENE-009 >> 幻世領域からの脱出
結論から言うと、なんとかなった。
日付変わって、今日――五月一日――の夕方まで。期間限定で、幻世の街並みが再現されたテーマパークの様相を呈している人工島の新造区画。
AWOの四周年を祝うアニバーサリーイベント『ワルプルギスの夕べ』の本会場からさっさと引き上げて
「一時はどうなることかと思ったけど。メトロが動き出す時間まで待ちぼうけ、なんてことにならなくてよかったわ」
自動運転の無人タクシーに乗り込んでしまえば、あとは家に着くのを待つばかり、だ。
「ふぅ……」
カガリと二人で乗り込んだタクシーが、ぽつぽつと順番待ちの列ができているタクシー乗り場を離れ、枝道から幹線道路に入ったあたりで。とりあえず、ここまで来れば流れ弾が飛んでくる心配もないだろうと、気の抜けた私が溜め息ともつかない吐息を漏らすと。
「ミリー? ……疲れたの?」
窓の外を流れる景色を興味深そうに眺めていたカガリが振り返って、ドアの方に寄りかかろうとしていた私の体を自分の方へと引き寄せた。
「寄りかかるならこっちにしなよ。それとも横になる? こっちにあるミリーの家に帰るんだよね? 着くまでに時間があるなら、少し休んだら?」
着いたら起こしてあげるから、と膝をぽんぽん叩きながら誘われて、つい。ふらっ、とカガリの膝へ突っ伏してしまうくらいには、私も疲れていた。
なにせ、こちとら筋金入りのひきこもり。ろくな運動どころか、普段は日がな一日ゲームしかしていない、立派な廃人だ。
今日のイベントにいたっては、年始の初詣から数えておよそ四ヶ月振りの外出で。初めて参加するリアルイベントをめいっぱい楽しんだら、明日は疲労から体調を崩すことまで織り込み済みで家を出てきている。
……タクシーは自動運転だからこっちで操作しない限りは止めようと思っても止められるものじゃないし。位置情報をトリガーにアラームが鳴るように設定しておけば、少しくらいは大丈夫かな……。
そんなふうに、ここでこのまま意識を手放しても大丈夫な理由を、私が頭の中で並べ立てているうちに。ルールの『抜け穴』を探すのが得意なカガリはカガリで、〔擬態〕を解かないように、という私の指示を守りつつ、服の下に隠れて見えない腿の柔さを器用に変えて、少しでも寝心地の良い枕になろうと努めてくる。
「私が寝ちゃったら、カガリは退屈じゃない……?」
ぽん、ぽん、と寝かしつける気しかないリズムで背中を叩かれながら。眠くてふにゃふにゃになりつつある私が尋ねると。
ちらりと見上げた先で、私に対して砂糖菓子よりも甘いカガリは、これでもかと幸せそうに笑っていた。
「ミリーを見てるから、退屈じゃないよ」
……突然異世界に喚び出されたんだから、もうちょっと周りに興味津々でも罰は当たらないんじゃない……?
真面目に突っ込む気も失せるほどの、理屈を抜きにして説得力しかないその表情に、ぐだぐだと抵抗する気力まですっかり削がれて。
「本格的に寝ちゃうと困るから、だっこがいい」
「いいよ。おいで」
そう言いながら、自分では動く気のない私を、カガリは面倒臭がりもせず抱え起こして。自分の膝に乗せたうえ、寝やすいようにと抱きかかえて、体を支えてくれる。
「これでいい?」
「うん……」
外行きに纏めた髪がほつれ、化粧が崩れてしまってももういいや、と。すっかり甘やかされる気分になった私がぐてっ、と全身の力を抜いて体を預けてしまうと。車内の仄かな明かりを遮るよう、カガリの手がローブのフードを引き上げた。
「おやすみ」
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