二人の初め
降りしきる雨。
そして、どこまでも凄惨な赤。
そこはほんの少し前まで、多くの人々が力を合わせて日々の営みを送っていた小さな村。
かつて日の本を救ったオウカを慕い、多くの仲間たちが寄り集まって作った村だった。
しかし今、その場に村があったことを示す痕跡はほとんど残っていない。
大地も空も、その場に残っていた暖かなぬくもりも。
なにもかも全てが、恐るべき破壊によって失われてしまった。
あるのはただ砕けた木々の残骸と、確かにそこにいたはずの命から流れ落ちた赤い血の海。そして――
「なんで……どうして……!? どうして……こんな……っ!?」
「泣いて、いるのですか……? 残念です……貴方を、泣かせたくなかった……」
灰色の空を映す鮮血の池――その中心。
全身に無数の傷を受けた満身創痍のオウカが、一人の男を抱きかかえて泣いていた。
「私のせいだ……っ! 私が、お前にあんなことを言わなければ、こんな……っ!」
「それは違います……たとえ〝貴方との約束〟がなくても、きっと私は、こうしていたでしょう……貴方のせいではありません」
銀色の髪を血溜まりに沈め、その紅の瞳をまっすぐにオウカへと向ける青年――連なる星のカナンと呼ばれた星冠の魔物は、長く続いたその命を終えようとしていた。
すでに、彼の肉体は徐々に崩壊を始めていた。
あらゆる魔物の頂点に立つと言われた力は光の粒となって霧散し、もはや戻ることはない。
「ふざけんな……っ! じゃあなんで……どうして〝そんなガキ〟にやられたんだ!? お前ならそんな奴、どうとでも出来たはずだ……! それに……そのガキは、もう……っ」
崩れていくカナンの姿。
それを見て泣き叫ぶオウカの視線の先には、死にゆくカナンが今も優しく抱きしめ続ける、小さな〝人間の男の子〟の姿があった。しかし――
「――はい、この子はすでに〝死んでいます〟。可哀想に……私達の戦いに巻き込まれたのですね……」
血だまりの中、オウカに抱かれたカナンが、更に抱きしめていた少年。その少年の鼓動は――とうに止まっていた。
しかし息絶えながらも、少年は一振りの刀を握りしめていた。そしてその刃は真っ直ぐにカナンを貫き、彼の魔物としての核を破壊していたのだ。
「そうだよ……! そのガキの体を使ったのは、〝あいつ〟の最後の悪あがきだった……! なのに……なんでお前は、そいつの攻撃を受けたんだよッ!?」
「私にも、分かりません……判断が、遅れたのです。この子の悲しい姿を見た時……貴方との約束を考えなかったと言えば嘘になります。ですが……私はそれ以外にも、沢山のことを考えたのです……この場所で貴方と過ごした日々を……この子や、他の大勢の皆さんと一緒に過ごした時のことも……沢山、思い出していました……」
「そんなの……っ! アルもいなくて……みんなも殺されて……これでお前までいなくなったら、私は……っ! 私は……これから、どうしたら……いいんだよ……っ! 頼むから……いなくならないで……私を一人にしないでくれよぉ……っ」
溢れ続けるオウカの涙が、血だまりに落ちて混ざり、消えていく。
消えゆくカナンに縋り付き、赤子のように泣きわめくオウカの姿は、彼女が生まれてから今日までの日々で最も弱々しく――最も悲しかった。
「私のせいだ……! ぜんぶ……私が……! 私がいっぱい殺したから……! いっぱいの人を傷つけてきた悪党だから……! アルも……カナンも、みんな傷つけて……! 他の奴らだって……みんな、私のせいで……っ! 〝あいつ〟の言うとおりだ……私なんて、この世に生まれてこない方が良かったんだ……っ! そうすれば……誰も死ななくて、すんだのに……っ!」
「オウカ……」
「うああああああああ――――っ! うぐ……うあぁ……! あああああああああああ――――っ!」
泣きじゃくるオウカの姿を、カナンはそのガラス玉のような真紅の瞳でじっと見ていた。そしてまだ動く右腕をそっとオウカの手に添える。
「貴方を、一人にはしません……」
「……っ?」
「連なる星……四体の星冠の中で私が担う役目は、〝揺らぎから物質を生み出す〟ことでした……今、ここには私やこの子を含め、大勢の命が揺らぎとなって漂っている……それを、使います……」
「お前……さっきから、何言って……?」
「今から……私の、この力で……〝本当の命〟を生む……試したことは、ありません……成功……した、こともありません……でも、私と貴方と……そして、アルシオン様は……いつだって……そんな〝ギリギリ〟の先に希望を見いだしてきた……そう、ですよね……?」
驚くオウカの目の前。少年の亡骸を抱きながら希薄になっていくカナンの姿が、暖かで眩い光に包まれていく。
「どうか……自分を責めないで下さい……償いというのなら……貴方はもう、奪った命よりも遙かに多くの命を救ったのです……だからもう……自分を許してあげてください……」
「カナン……?」
「今まで、ありがとう……この子を……頼みます……――」
それが、オウカが聞いた最後のカナンの声だった。
オウカとカナンを中心に膨大な光が溢れる。
光は辺り一帯全てを包み、オウカの悲しみと痛みを浄化するかのように、暖かで優しい風が光と共に吹き抜けていった。
そしてオウカが再び視界を取り戻したとき、彼女の周囲の光景は先ほどまでとは完全に一変していた。
無数の破壊によって荒れ果てた大地も。
流された命の証である血の海も。
何もかもが跡形もなく消え去っていた。
カナンも、カナンが抱いていた少年の姿もなかった。
空には晴れ間が覗き、剥き出しの地面からは、なぜか力強い新芽があちこちから芽吹いていた。そして――
「カナン……お前……」
「うー……うあー……」
オウカの腕の中には、まだ生まれたばかりに見える小さな――本当に小さな赤ん坊が抱かれていた。
呆然と赤ん坊を見つめるオウカのすぐ傍を、まるで彼女に寄り添うような優しい風が、そっと通り過ぎていった――。
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