拙者、さっぱり覚えてない侍!


『たった今、箱舟アーク周辺空域における魔物の消滅を確認しました。この度の救援……改めて感謝します』


「ドラゴンの皆さんとは持ちつ持たれつですから。マザー様が無事で本当に良かったです!」


『助かります。先ほど、流派同盟に救援の御礼を伝達しました。後で貴方にも通知が届くでしょう』


 金属の壁面に囲まれた広大な空間に、一人の女性の声が響く。

 ここは箱舟の中枢。

 無機質な灰色の壁を光のラインが絶え間なく昇り、中央にはやはり金属で出来た巨大な柱がそびえ立つ。

 その凄まじい光景に、カギリは物珍しげに辺りを見回した。


「ところで、〝まざー殿〟は一体どこにいるでござるか? 声は聞こえど一向に姿が見えぬでござる」


『ふふ……私なら、ずっと貴方の目の前にいますよ』


「なんと!? 拙者の前というと、みょうちくりんな柱があるだけでござるが……」


「その柱がマザー様です。マザー様はここから世界中のドラゴン達に指示を与え、僕達を魔物の脅威から守って下さっているんですよ」


「なあああああああッ!? こ、これがまざー殿!? これは大変失礼した!」


『良いのです。初めて私と会った者は、皆驚きます。外界で活動するドラゴン達も、私と同じ〝鉄とプログラム〟によって作られた存在なのです』


 驚くカギリに、そびえ立つ柱――マザードラゴンは穏やかな声をかけて明滅する。


『千年前……当時の人類は今より遙かに高度な技術力を持っていました。私達は、その時代に魔物から世界を守るための防衛機構として生み出され、長きに渡り戦い続けているのです』


「そうでござったか……詳しい話は全く知らぬが、拙者もその手の〝言い伝え〟は何度か耳にしたことがあるでござる」


「僕も初めてマザー様の話を聞いた時には驚きました……まさか、ずっと助けてくれていたドラゴンの皆さんが、僕達人間が生み出した存在だったなんて……」


『ですが……ここ数年で魔物の力は増大しています。かつてであれば、たとえ王冠の魔物を何体揃えようと、箱舟を直接攻撃する力は魔物にはありませんでした』


 マザードラゴンが語る世界の過去と現状。

 それはユーニにとっても、誰よりも身に染みて感じている事実だった。


「僕もそう思います……つい先日も、神冠の魔物と戦って……」


『まさか……? 神冠の魔物は、我々も全ての力を尽くさねば戦えぬ相手。いかに貴方が運命の勇者とはいえ、よくぞたった一人で……』


「違いますっ! 僕は神冠の魔物に勝てませんでした……こちらのカギリさんが危ないところを助けてくれて、魔物も倒してくれたんです!」


「うむ! 実に恐るべき魔物でござったな!」


『貴方が、神冠の魔物を倒した……?』


 神冠の魔物と対峙し、敗れ、その上でカギリに救われたというユーニの言葉。

 それを聞いたマザードラゴンは一度声を句切ると、まるで何かを思い出すかのようにして再び話を続けた。


『――彼女の胸に抱かれてやってきた貴方は、まだ小さな幼子でした……本当に、立派になりましたね……カギリ』

 

「その物言い……まさかまざー殿は我が師だけでなく、拙者とも会ったことがあるでござるか!?」


『ええ……あの日、貴方の師が私の元を尋ねてやってきた時。彼女はまだ立つのもやっとの貴方を私に見せて、こう言ったのです――〝こいつに賭ける〟――と』


「カギリさんに賭ける……? それって、一体……」


『当時、彼女はよく私に語っていました……強さだけでは駄目だと。ただ強いだけでは、決して届かない物があるのだと……』


「あの師匠が、まざー殿にそのようなことを……」


 二人から見て取れるのは、僅かな光が柱の表面で声と共に明滅する様子だけ。

 しかしこうしてカギリの師について語るマザードラゴンの言葉からは、どこまでも深い懐かしさと、寂しさが滲んでいるように感じられた。


『それ以来、私も彼女とは会っていません。ですが……今の貴方を見て確信しました。彼女は確かにその〝思いを成した〟のでしょう……貴方の扱う、その不思議な剣術に乗せて……』


「師匠……」


「カギリさん……」


 自らがカギリを敬愛するのと同じように、カギリにもまた敬愛する師が存在する。

 ユーニが考えていたよりも遙かに深い重みを帯びたカギリの横顔に、彼女は思わず息を呑んだ。


「ユーニ殿にはまだ話していなかったでござるな。実は、〝この世で最も強い悪党を倒せ〟という拙者の旅の目的も、我が師から与えられたものなのだ」


「そ、そうだったんですね……カギリさんにも、そういう事情が……」


 なぜか所在なさげな様子を見せるユーニに気付いたのか、カギリは笑みを浮かべて自らの旅の目的を改めて語る。

 しかしそれを聞いたユーニの心は、未だにざわついたままだった――


『――今日、こうして会えたことは幸いでした……日増しに力を増す魔物の前に、私の心は暗く沈んでいた。貴方達はそのような私の心に、希望の光を示してくれたのです』


「マザー様……」


『お生きなさい……運命の勇者ユーニ。そしてギリギリ侍。貴方達はこれから、より多くの命にとっての光となるでしょう。どうか……貴方達二人の道行きに希望の星が輝きますよう……そして、多くの命がその光の下に続きますように……』


 それは、千年の昔から魔と戦い続けた守護者の願い。

 その願いを受けたユーニとカギリは、各々の決意を胸に確かに頷く。


 二人を乗せた巨大な箱舟は竜の群れを引き連れて雲海の地平を渡り、沈み始めた太陽に向かい、静かに進み続けていた――。





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