拙者、さぽーともお任せ侍!


 魔物。


 それは、かつて栄華を極めた科学文明を崩壊させた〝敵対者〟の総称である。


 無冠と呼ばれる最も数の多い魔物の脅威度は低く、中にはスライムのように愛玩動物として人気の種族も存在する。


 だが、上位の魔物はその格に応じて〝神〟〝王〟〝士〟の名を冠しており、特に王冠以上ともなれば、その力は単独で一軍を滅ぼすほど。

 神冠の魔物に至っては、大国の総力を結集してようやく対抗できるかどうかとまで言われている。


 彼ら魔物について、人類が知っていることは殆どない。


 一つだけ確実に言えることは、彼らが生命そのものへの〝強烈な破壊衝動を持つ〟ということだけだった――

 

「〝王冠〟の魔物が相手なら――! 剣撃戦型ルートエッジ!」


「ユーニ殿!? 先ほどから少々気負い過ぎでは――!?」


 緑光の聖剣を手に、翼状の装甲を展開して単身突撃するユーニ。

 カギリもすぐさま続き、それが開戦の合図となる。


「運命の勇者は我らの力を〝明確に上回っている〟。まともに戦えば、我々に勝機はない」


「黙ってろ牛野郎ッ! あのガキがいくら強かろうが関係ねぇ……この俺が切り刻んでやるッ!」


「困った奴だ……ならば我らが合わせよう。行くぞ、ラ・ディグ」


「ぶくぶく……オケ……」


 対するはユーニへの敵意を剥き出しにする刃王ザイン。

 両者は対峙していた位置のほぼ中央で激突。

 そのまま無数の閃光と火花を散らす至近戦へと突入する。


「魔物相手に手加減は無しです!」


「ガッ!? ギャ……!? こ、このガキッ!」


 だがしかし、互角の攻防となったのはほんの一瞬。

 ユーニの放つ千の刃は、瞬く間にザインの刃を弾き、肉体を斬り裂いていく。


「――だから言ったのだ。まともに戦っても勝ち目はないと!」


 その時、牛頭巨躯ごずきょくの怪物バルバドレドがユーニの背後に現れる。

 ユーニの五倍はあろうかという巨体を誇るバルバドレドは、間髪入れずに渾身の力で大斧を振り下ろした。


「そのくらい――!」


「なんだと……!?」


「ま、マジかよ……!?」


 だが、前後から挟撃を受けた形となったユーニは、直撃すれば城一つ吹き飛ばすであろうバルバドレドの一撃を〝片手で〟受け止めると、ほぼ同時にザインの痩せた胴を聖剣で斜めに両断する。


「ち、ちくしょう……!」


「化け物め、まさかこれほどとは……!」


「このまま決めるッ!」


 これこそ、人類最強とうたわれる運命の勇者の力。

 ユーニの持つ聖剣が輝きを増し、二体の王たる魔物は自らの死を覚悟した。だが――!


「――油断大敵でござるぞ、ユーニ殿!」


「えっ!?」


 だがその時。魔物とユーニの間に凄まじい勢いでカギリが割り込む。

 そしてそれと同時。強烈な金属音と共に空中で何かが閃光を放ち、ユーニはカギリに庇われる形でその場から後方へと転げ飛んでいた。


「チッ……! ブクブク……」


「あれは……さっきの魔物!?」


「左様! 前衛の二者は元よりおとり……奴らの本命は、影の魔物によるユーニ殿への不意打ちでござる!」


「クソが……! せっかく死にかけてやったってのに、見抜かれやがった!」


「驚いたな……ラ・ディグの隠密能力は竜共も欺いたのだぞ。まさか、僅かな力も感じぬただの人間が見切るとは……何者だ?」


「そんな!? あの魔物のことは、ちゃんと意識してたのに……っ!」


 カギリの大きな腕に抱きすくめられる形で難を逃れたユーニ。

 強引に飛び込んだカギリの肩口は深く抉られ、鮮血が流れ落ちていた。


 先日の手痛い敗北を経て、今度こそ不覚は取らぬと決意した矢先の失態――その事実に、ユーニは悔しげに聖剣の柄を握りしめる。


「……っ! すぐに治します!」


「それには及ばぬ! 拙者はギリギリ侍、力の出所を見抜く力には長けている……あの影の魔物はこちらで引き受けるゆえ、ユーニ殿は残りの魔物を頼むでござる!」


 ユーニの肩をぽんと叩き、カギリは再び二刀を構えて立ち上がる。

 そして彼女に背を向けたまま、落ち着かせるように声をかけた。

 

「焦りも後悔も、気負いも謝罪も一切無用。そう心乱さずとも、すでにユーニ殿には心技体、全てが揃っているでござる。ならば、後はただひたすらに前を向き、自らの道を進むのみ!」


「焦っていた……僕が……っ」


 カギリの言う通り、確かにユーニは心を乱していた。

 しかしそれも無理はない。


 彼女が〝神冠しんかん〟の魔物に敗北を喫してから、まだ数日しか経っていないのだから。

 

「今日に到るまで、ユーニ殿は世を守る勇者として気を張り続けてきたのであろう……しかし今は拙者もいる! ユーニ殿が背負うその使命……微力ながら、拙者も共に預かるでござる!」


「カギリさん……」


 カギリの言葉を聞いたユーニは静かに頷くと、顔を上げて前を向く。

 深く息を吐き、カギリに言われた通りに迷いを横に置く。

 聖剣が再び緑光を帯び、煌めく粒子がユーニを励ますように周囲を舞った。


「ラ・ディグの存在を見切るあの男には警戒が必要だ。だが……どうやら運命の勇者は隠蔽を破ることはできんようだな」


「つまりあの男を速攻で潰せば、勇者のガキは刻み放題ってわけだッ!」


「ゴポポ……コロ、ス……」


 一度の交戦を経て、三体の王冠はまずカギリへと狙いを定める。

 対するユーニはカギリの言葉を受けて立ち上がり、正面を見据えて聖剣を構えた。


「さあユーニ殿! 拙者一人ではこの者達を同時に相手取るのは分が悪い。今度こそ共に参るでござる!」


「――はいっ!」


 その言葉を合図に、二人は全く同時に加速する。

 カギリは他の二体には目もくれず、ラ・ディグ目掛けて突貫。

 突出したカギリに三体の魔物が襲いかかろうとするが、そこに側面から〝無数の光弾〟が着弾、ザインとバルバドレドの動きのみを正確に阻害した。


砲撃戦型ルートシューター! カギリさんの邪魔はさせません!」


「チッ! 忌々しい勇者のガキが!」


「ならば我が勇者を引き受けよう。お前はラ・ディグと共にあの男を――」


「邪魔はさせないと言ったはずです! ――超速戦型ルートアクセルッ!」


 刹那、ユーニの翡翠ひすいの瞳に光芒がはしる。


 ユーニの武器が〝二振りの流麗な短剣〟へと変化し、甲冑背面に翼状のスラスターが形成。独特の高音と舞い散る翡翠の粒子をその場に残し、ユーニは一瞬にして亜光速の領域まで加速する。


「今度こそ――! 絶対に決める!」


「じょ、冗談だろ……!? なんて速さだよ!?」


「落ち着けザイン! こうなればもはや手段は選べぬ! 我とお前の総力を叩き込み、この船だけでも破壊するぞッ!」


「ク、ソ……があぁぁああッ! 上等だッ! 纏めて切り刻んでやるよぉおおおッ!」


 あまりにも速く、全てを置き去りにするユーニの亜光速機動。

 だが、それによって追い詰められたザインとバルバドレドもまた覚悟を決める。


 ザインは全身から光刃を生成し、バルバドレドはその巨躯を更に数倍の大きさへと膨張させ、両者ともに核弾頭の直撃にも匹敵する破壊の一撃を箱舟に叩き付けようとした。しかし――!

 

「遅い――! 戦型奥義ルートアーツ――無限光跡トリリオンレイッ!」


「ア、バ……!?」


「ガ……ッ!?」


 一閃。

 しかし、その一瞬に放たれた斬撃は億兆を数えた。


 ザインとバルバドレドの破滅の力は、二体の魔物の肉体ごと翡翠の閃光に飲み込まれて霧散。

 更に迸るユーニの斬撃は、その実体を現わし、負傷したカギリにとどめを刺さんとするラ・ディグすらも纏めて消し飛ばして見せた。


「ご……!? ご、ぽ……ぽ……ッ!」


 全身から摩擦熱による白煙を上げ、高速機動を終えたユーニが甲板上に再び出現。

 そのまま流れるように二振りの聖剣が纏う光を振り払うと、三体の王は爆炎と共に消滅、爆散した。


「――カギリさんっ! 大丈夫ですか!?」


「ぐふっ……! 〝雲海に ちぎれて消える 龍の船 墓標とするは 未だ早けり〟 ――ガクッ!」


「か、カギリさああああああああああん!?」


 ばったりと倒れ、息も絶え絶えで辞世の句を詠むカギリ。

 ユーニは慌ててカギリを抱き起こすと、すぐさま治癒魔法で応急手当を施した。


「か、かたじけない……! ユーニ殿がいなければ、まず間違いなく死んでいたでござる……! 拙者、ギリギリ侍ゆえ……っ!」


「僕の方こそ、本当にありがとうございました……! 今度こそちゃんと治しますからねっ!」


 先程とは逆に、倒れたカギリをしっかりと支えるユーニ。

 迷いのない彼女の表情を見たカギリは、安堵の笑みを浮かべて頷いた。


(こんなこと言ったら、きっとまた怒られちゃうだろうけど……やっぱりカギリさんは、僕の尊敬するお師匠様です……!)


 ユーニはその言葉をそっと胸にしまうと、カギリの笑みに応えるようにして微笑んだ――。



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