拙者、今後ともよろしく侍!
「お疲れ様ですカギリさん! さっき村の皆さんから差し入れを頂いたんです。良かったら一緒に食べませんか?」
「おお、これは見事なりんごでござるな! 有り難く頂戴しよう!」
破壊神との戦いから一夜明け。
燃え落ちた村の復興を朝から手伝っていた二人は、村外れの木陰に腰を下ろして休息を取っていた。
ユーニの治癒魔法はまだ万全ではなかったため、二人の姿は今も傷だらけのまま。だが死闘を終え、木漏れ日の下で肩を並べる二人の表情は実に柔らかだった。
「昨日は、本当にありがとうございました……カギリさんがいなかったら、今頃どうなっていたか……」
「礼を言うのは拙者の方でござる! ユーニ殿が魔物を引き受けてくれたからこそ、拙者は村の皆を無事に逃がすことが出来たのだ。拙者一人では、到底無理でござった!」
「でも……今回のことで良く分かりました。僕はまだまだ未熟で……魔物の強さも、カギリさんの本当の強さも分からなかった……僕は、勇者失格です」
穏やかな談笑の最中。
拭えぬ痛恨の敗北を省みたユーニは、手に持ったりんごを見つめて表情を曇らせた。
「そんなことはない」
しかし思わず漏れた彼女の言葉を、カギリは即座に否定する。
「あの時……ユーニ殿の目はまだ光を失っていなかった。敵を見据え、死を見据え、恐怖から目を逸らしてはいなかった。誰よりも〝勇ある者〟を勇者と呼ぶのであれば、ユーニ殿は間違いなくそうであろう」
「カギリさん……」
カギリの言葉に、ユーニは目を見開いて顔を上げる。
するとそこには、肩を落とす彼女を優しく見つめる
「かくいう拙者も、今まで何度敗れてきたことか! その度に無様を晒し、命からがら逃げ延びてきたでござる!」
「ええっ!? そうなんですか?」
「うむ! 拙者、ギリギリ侍ゆえ!」
「な、なるほど……??」
すでに、カギリが〝特殊な剣術の使い手〟であることはユーニにも察しがついていた。
だから彼はスライム一匹に苦戦し、同じように〝神にも苦戦した〟のだろう。しかし、今の彼女にはまだそれ以上のことは分からない。
無駄に力強いカギリの言葉に、ユーニは真面目な表情のまま首をかしげた。
「難しく考える事も、己を
「もっと、強くなって……」
「左様! 拙者もユーニ殿を見習って、より一層修行に励むでござるよ!」
「……はいっ!」
励まされ、ユーニは今度こそはっきりと頷く。
すっかり元気を取り戻した彼女の様子を見て、カギリも喜びを露わに笑みを浮かべる。
だがしかし。
カギリはまだ気付いていなかった。
再び本来の輝きを灯したユーニの瞳が、彼の横顔を真っ直ぐに見つめていたことに。
「決めました! 僕……カギリさんの弟子になりますっ!」
「なるほど! それはまた殊勝な心がけでござる……なああああああああッッッッ!? い、今なんと!?」
「僕をカギリさんの弟子にして下さい! カギリさん――いえ、お師匠様の元で学びたいんです! お願いします、雑用でも荷物持ちでもなんでもしますからっ!」
「いやいやいやいや、どう考えてもおかしいであろう!? ユーニ殿は拙者の戦いぶりを見ておらんかったでござるか!?」
「見てました! とっても格好良かったですっ!」
「い、一体何がどうなってそうなるのだ!? ぶっちゃけ拙者よりユーニ殿の方が〝普通に強い〟でござるぞ!? 拙者の弟子になどなっても、何も良いことなど……」
「ありますっ! 強さだけじゃないんです……他にも色々、考え方とか覚悟とか……上手く言えないんですけど、とにかくお師匠様のお傍で学ばせて欲しいんですっ!」
「本気でござるか……!?」
困惑するカギリの前でキラキラと瞳を輝かせ、まるで懐いた犬か猫のように尊敬の眼差しを向けるユーニ。
人類最強の勇者として戦い続けてきた彼女にとって、自身の窮地を誰かに救われたのは、実は昨日の戦いが初めてのことだった。
燃え盛る炎の中、彼女を救った大きな背中。
天を焼く神の力を正面から斬り裂く刃。
その鮮烈な光景は今も彼女の心を捉え、熱く高鳴らせ続けていたのだ。
「――あい分かった。他でもないユーニ殿の頼み……そこまで言うのであれば、ユーニ殿の好きにするでござる!」
「本当ですか!?」
「ギリギリ侍に二言はない! 拙者とユーニ殿の目的は共に世にはびこる悪党退治。一人よりも二人の方が心強いというもの!」
「やったー! ありがとうございます、お師匠様っ!」
「ただし!」
「ただし?」
「その〝師匠〟という呼び方はなしでござる! 拙者もまだまだ修行中の身。ユーニ殿が拙者から学ぶように、拙者もユーニ殿から学ばせて頂きたい!」
「お師匠様が僕から?」
「お師匠様?」
「はわっ!? すみません!」
「はっはっは! すでに拙者にとって、ユーニ殿は共に死線をくぐり抜けた無二の友でござる。堅苦しいのは
そう言って、カギリは手に持ったリンゴを一かじり。
あっという間に芯だけの有様にすると、膝を払って立ち上がる。
「ならばユーニ殿! 今後ともよろしく頼むでござる!」
「はいっ! よろしくお願いします、カギリさん!」
そうして。
穏やかに揺れる木漏れ日の下。
笑みと共に差し出されたカギリの大きな手を、ユーニは確かに握りしめたのだった――。
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