第13話 聖剣使い
国ケ原零華は悩んでいた。
先日、零華は先生に呼び出され、今後の自身の扱いについての話を聞いた。
大まかにまとめると、まずは特別クラスへの移動。
そして剣士科一年生としてのプログラム(剣士育成系)をすでに終了している
という風にみなす、というもの。k
つまり、剣士としての学校での修練が免除されるということ。
零華はまず、この扱いに困惑した。
確かに、自分が学年の中で明らかに実力が抜けていることは理解していた。
技術だって、実戦経験だって、一年の中では零華に勝てるものなど一人もいないだろう。
だが、それでもである。
そのように明らかに困惑していた零華に担任、いや元担任は助言をした。
「いや、本来ならこうはならないんだろうが、前例が去年あったからみんなそうすることが最善だと信じているんだよ。心配ならば、その前例である先輩に聞いてみるといい」
いや、その助言で困惑がなくなるとお思いで?
零華は内心少しイラッとしたが、そこは飲み込んだ。
それに、役に立ちそうな情報も得た。
元担任の言い方的に、その先輩はおそらくその特別クラスの生徒なのだろう。
正式名称は、確か「特殊剣士科」だったか。
零華は床に一度置いたレイボルグを再度抜き、素振りを始める。
というのも、今は放課後。
零華はなんとなく家に帰る気分になれなかったので、送迎の係にだけ連絡し、学校で鍛錬をしていたのだ。
今さっきまで休憩していたのである。
零華は思う。
やはり、剣はいい。
剣を振っている間、特に鍛錬している間は、ただ剣を振ることに集中すればいいのだ。
そこに大した雑念は生じない。
だが、今日は違った。
剣を振る度に、傷が少し痛んだからである。
傷はもう完治しているし、目立った傷跡も残らなかった。
痛むと言っても、わずかに感じる程度で十分に無視できるもの。
だが、それでも一度切れた場所、違和感はあった。
そして、その違和感を感じる度に、零華はついこの前の大敗を思い出す。
何もできなかった。
聖剣使いとして、人々を守る立場にいながらも、何もできなかった。
できたのはせいぜい10分程度の時間稼ぎのみだ。
もしあれにミノタウロスの討伐者が間に合わなければ私は死んでいただろう。
零華が今まで経験してきた敗北は、きちんと対策を立てれば次は負けないと言い張れるものだった。
だが、今回は違う。
どれだけ考えても、どれだけ時間が経とうとも、あのミノタウロスに勝てるビジョンはない。
その事実が、零華に重くのしかかる。
これからたとえどんな訓練を積もうとも、零華はあのミノタウロスに勝てないだろう。
絶対に、未来永劫。
そんな考えが頭に浮かんできた零華は、いつしかレイボルグを振ることをやめていた。
こんなものがなんになるんだと、本気で考えてしまったからである。
今の零華には、レイボルグを握ることはできなかった。
ふとスマホを見てみると、今の時刻は6時を少し過ぎたあたり。
空ももうオレンジから夜の青に変わってきている。
帰るなら、今の時間帯だろうな。
そう思った零華は訓練をやめ、車を呼び、そしてそのままその車で帰った。
今の自分には剣を振れないと思っての判断だった。
車は特に寄り道をすることもなく、家へと進む。
時間帯もあり、少し混んでいたが、特に何事もなく、零華は家に帰った。
家に帰った零華はそのまま受身的に物事をこなす。
着替えて、夕食を食べ、風呂に入り、そして就寝時間が来る。
いつもはもう少しやりたいことがあって少し夜ふかしする。
だが、今日の零華にはやりたいことも、それを行う気力もない。
零華は久々に就寝時間通りに布団に入った。
まだ布団は少し冷たい。
春だからまあこんなものだろう。
いつもなら布団に入ったあとも少し考え事をするのだが、今日はそうしない。
冷静に考えてみると、今日はいつもと色々違いすぎて、少し零華にとっては面白い一日だった。
零華は想像する。
もし、自分が国ケ原零華として生まれていなかった、ごく普通の一般人として生まれていたらどうだったのだろう。
もしかしたら、今頃彼氏でもつくって、青春を謳歌していたのだろうか。
聖剣使いとしての生活は、案外制限が多い。
有名であろうとなかろうと、国からの任務を達成する義務が発生するため時間は定期的に奪われる。
そこに加えて、零華のようなある程度有名な聖剣使いなら、ある種芸能人のような扱いを受けるため、気軽に行動できない。
零華とって聖剣使いとしての生活は、得られる富や名声などよりも制限による満たされない感覚のほうが大きい。
それを理由にしてやめる聖剣使いがいるのだから、この問題は非常に重要な問題だと言えるだろう。
できることならば今すぐ聖剣を手放して楽になりたいが、そんな事はできない。
自分と同等以上にレイボルグを扱える人間は、今だと先代のみだ。
そんな状況で手放したとしても、それから先の人生を平穏に生きることができるとは考えづらい。
もし、自分が聖剣使いでなかったら、それは聖剣使いならば誰しもが一度は思ったことである。
そして、零華も今それを考えていた。
別に零華は聖剣使いになったことを後悔しているわけではない。
ただ、ふと立ち止まった瞬間、考えてしまうのだ。
あったかもしれない自分の未来。
そう思うことが無意味だということはわかっている。
だが、自分が幸せになれたかもしれない世界線を想像せずにはいられなかった。
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