第12話 重要分岐点
カモメにとって、化け物との戦いとは、非常にありふれたものだった。
というのも、「安い給料で動かせて、実績のない妖刀持ち」であるカモメには、ゲテモノな仕事がよく回ってくる。
この場合のゲテモノな仕事とは、汚れたり、めんどくさかったり、高確率で負傷、もしくは命を落とすようなものを指す。
つまり、戦闘系の依頼はカモメがよく受ける依頼だった。
一概に化け物と言っても、実際に分類してみると、かなりの種類がいる。
怪異や妖怪なんかと呼ばれるもの。
聖剣のなり損ないが人の人格を乗っ取ったもの。
妖刀に取り憑かれた、もしくは呑まれたもの。
魔術や妖術で体を改造されたものや、魔法生物。
知識のない人間が見ても絶対に何者か判断できない。
実際にカモメもコレを判別できるようになるまで、かなりの時間がかかった。
だが、コレを見分けられるようになったら、得することは大きい。
弱点や対処法、有効な攻撃法などもすぐに推測できる。
例えば、聖剣や妖刀に関わるものなんかはそれを砕けばすぐ終わる。
だが砕けなければ、生命力等が切れるまで、一生相手をしなければいけない。
敵に関する知識の有無の差は大きい。
化け物との戦いが多いカモメにとっては、必須とも言える技能だった。
だが、そんなカモメであっても。
今回の化け物は何なのか判断できなかった。
完全な新種である。
人々の阿鼻叫喚が聞こえ、そこにカモメは向かった。
ビルの屋上をどんどん跳んで行き、現場近くのビルに着く。
そして、そこから見えたのは、赤紫に艶めく外骨格を持った大蠍だった。
尻尾を丸めた今の時点では目算で全長3mほど。
尻尾やハサミや足も含めると、体感では5mほどに感じる。
一見する体が大きいだけに動きにくそうだが、実際は違う。
まるでゴキブリのようにカサカサと這い回り、八のように鋭い動きで移動する。
おもな攻撃方法はその巨体とスピードから繰り出されるハサミでの打撃。
そして尻尾の針。
体当たりもできそうだ。
カモメは大蠍の見えるビルの上から周囲を見渡した。
今は周囲に人間が見えないから大人しくしているように見える。
だが、周りにはさっきまで襲われていたであろう人間の亡骸が転がっている。
「周囲に配慮する必要は…あまりなさそうだな」
現場を少しでも見ればわかるが、今サソリがいるこの地区は、建物への被害が強烈だ。
カモメがいる大蠍から一番近いビルでさえ、15メートルほど離れており、それ以外は瓦礫の山だ。
カモメは嵐鼬を構える。
まずは様子見からだろう。
軽く助走をつけてから大きく空へと跳躍し、そこから落下。
ただでさえ鋭い嵐鼬に、落下の勢いと重みが増す。
その一撃は当たればかなりの威力を期待できる。
だが、大蠍はその程度簡単に捌く。
さも当然のようににサイドステップでかわされた。
ならばと、カモメは着地してからサソリの右横へと回り、ハサミを切り落とす。
嵐鼬の切れ味はこの日も抜群、簡単に切ることができた。
だがカモメが腕を切ることができると確認した次の瞬間、ハサミは元通りになっている。
この大蠍は再生能力持ちだった。
ならば後ろから真っ二つにするのはどうだろうか。
カモメは尻尾のすぐ後ろに回り込む。
だがカモメが後ろに回った瞬間、サソリは尻尾で後ろを薙いでくる。
いまさっきの位置からだとサソリにとって上空は死角のはずだった。
そんなところからの攻撃もひらり躱された。
さらにはサソリに見合わない異常なほどの再生力。
最後に「尻尾で薙ぐ」という本来サソリは行わない行動。
間違いなく、「いじられた」生物だろう。
カモメの経験則状、そういったモンスターはめんどくさい。
そういう生物は多くの場合知能も優れている。
おそらく、今は手加減して様子見しているのだろう。
今の状況ははっきり言って悪い。
これ以上グダグダしたら時間がもったいない。
ならば、ここは力押しでも強引に解決すべきだろう。
カモメは妖刀の呪いの力を強める。
体中に線状の字が入り、頬の部分には翼のような痣ができる。
カモメが本気になった証だ。
大蠍はそれを察知してか、少し怯んだような様子を見せる。
そして自身のハサミ大きく開き、尻尾の先もカモメへと向ける。
だが、モメはそれを無視する。
というか、怯んだその瞬間を使って、大蠍を全力でかち割りにいく。
だが、大蠍の外骨格は嵐鼬でも簡単に切れないほどに硬い。
嵐鼬はこのような扱いで刃が欠けるような妖刀ではないので多少雑に扱うのは構わない。
一度で切れなかったら力を更に込めてもうもう一度、それでもだめなら更に力を込めてもう一度。
どんどん切りつけていく。
たった数秒、その間にカモメは数十回も大蠍を斬りつける。
最初は堅牢で刃が立たなかった外骨格も、いつしか傷だらけになっている。
そしてカモメは斬りつけることをまだやめない。
最初はただのちょっとした筋ほどだった傷も次第に深くなっていく。
そしてある瞬間、ついにサソリの外骨格が割れた。
カモメは中に嵐鼬を突き刺し、すぐさま呪いを巡らす。
こうなればもう外骨格など気にする必要はない。
全身に弱体化が巡ったであろう瞬間、カモメは嵐鼬を引き抜く。
そしてカモメは嵐鼬を大きく振りかぶり、大蠍を真っ二つにする。
「チェックメイト、かな」
ギシャアーという悲鳴のような音とともに大蠍は縦真っ二つに分かれる。
再生する様子はない。
おそらく、こいつの場合は今切ったところに再生を行う部位があったのだろう。
大蠍の死をきちんと確認したら、カモメは一度息を吹き出す。
この程度で音を上げるような鍛え方はしてないが、少し疲れたのはわかる。
カモメは再度周囲を見渡す。
そこにあったのは瓦礫だらけでところどころえぐれている地面だった。
大蠍が事前に周囲の建物を破壊していたたため、カモメとの戦争で新たに大きな被害が出たりはしていない。
だが、もしそうでなければ、自分のあの戦い方は被害を出していただろう。
そして、周囲を見渡していれば、自然と骸も視界に入る。
かつて人だったもの、だが今はただのものである。
ざっと数えて30名ほど、老若男女問わず、様々なものが倒れていた。
カモメはその中に親子のそれを見つける。
親も子も即死だったらしく、目を開けたまま死んでいる。
カモメはそのまぶたに触れを目を閉じようとするが、そこで気づいてしまう。
この遺体たちは今すぐ処分しなければいけないのだと。
呪いの中にはその呪いが媒体となって、更に多くの人間に拡散する呪いがある。
遺体たちに含まれている呪いはまさにそれ。
放置していては被害が広がる。
カモメにだって心はある。
今から自分がしようとしていることに抵抗は山ほどある。
だが、今コレができるのは自分だけだし、もう呪いが拡散されそうになっているものもある。
いまやるしかない。
カモメは周囲にあるそれら全て嵐鼬の切り込みを入れてこう唱える。
「爆呪」と。
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