第10話 いわゆる最強

 零華は朦朧とした意識の中で、新たな足音が近づいてきていることを察知した。

 まるで急いでるような、ペースの早い足音。

 でも今の零華には敵か味方かわからない。

 

 もし敵だった場合は、完全な「詰み」である。

 今の零華にはもう動く気力は残っていなかったのである。

 

 体中傷だらけで、特に背中には大きな切り傷が入っている。

 右腕は一撃を受けた影響で完全に折れており、もう動かせない。

 聖剣の使いすぎで意識も朦朧としている。

 

 だが、零華がそんな状態でも、あのミノタウロスは健在である。

 零華の立てた作戦はこうだった。

 

 まず、相手の口をなんとかして開かせる。

 そしてその状態で、ミノタウロスの内部で聖剣を使用する。

 腹から氷の槍で貫き、決着をつける。

 

 その作戦を実行するために、零華は自分が傷つくことをためらわず突撃した。

 そして、この状態である。

 

 零華はコレが賭けだと言った。

 だがそれは嘘である。

 零華はわかっていたのである。

 自分だけが傷つき、相手は無傷でいる現状に達するであろうことが。


 ミノタウロスは先程まで勝利を得たりと薄気味悪く笑っていた。

 だが、今は近づいてくる誰かに夢中でこっちは完全に無警戒である。

 

 今ならば、有効打を与えられるかもしれない。

 傷だらけの体を動かそうとする。

 だが、今の零華にはその有効打を生み出すためものが、何も残っていなかった。


 気力もない、体もボロボロ、そんな状態で何ができるのだろうか。

 気合で一歩を踏み出したとしても、帰ってくるのは尋常ではない痛み。

 まるで全身を針で貫かれたような痛みだった。

 

 今の零華には聖剣を地面に突き刺し立っているのがやっとだった。

 

 そして、カモメはそんな後輩を見つける。

 ミノタウロスが死角から斧を振り下ろしてくる。

 だが、今のカモメにはそんなこと関係なかった。

 

 相性は最悪、しかも仲間もおらず、増援も見込めない。

 頼りになるのは自分と、自身が持つ聖剣のみ。

 そんな状態でここまで持ちこたえられたことはとんでもないことだ。

 

 それが奇跡の連続なのか、実力によるものかはカモメには判断できない。

 だが、傷だらけの状態でも今なお立ち続けようとする少女がいる。

 自分の命を賭けてでも、この魔物を倒そうとした人間がいる。

 

 カモメを動かすには十分な理由だった。


 カモメは今自分の腕の中に眠っている少女をそっと中に投げる。

 先程限界を迎えて倒れそうになっていたところを、カモメが受け止めたのだ。

 そして、彼女が再びカモメの腕に収まるまでの間、カモメは全力で敵を倒すことを誓う。

 

 カモメはもとより敵はすべて倒すつもりでいた。

 だが、このミノタウロスと、傷だらけの後輩を見た瞬間、カモメの心に怒りが宿った。

 

 感情の高ぶりは妖刀に力を与え、その力はカモメへと還元される。

 今のカモメは数年ぶりに激怒していた。

 それ故に、その能力は、とてつもなく高くなっていた。

 

 カモメの妖刀、嵐鼬の能力は「身体能力の強化」。

 一見、上昇効果しかない内容に思えるが、実際はそうではない。

 

 死を司るものが生を司る。

 表のあるものには裏がある。

 つまり、カモメは弱体化の呪いも使うことができた。

 

 まずは一閃、胴体を真っ二つにする。

 そして切った断面から呪いを発動し、一瞬のうちに全身へと回らせる。

 

 敵の回復が始まるまでに、呪い殺す。

 それがカモメの倒し方だった。

 

 目にも留まらぬ早業でミノタウロスを細切れにする。

 零華のときは回復が間に合っていた。

 だが、カモメの正確で的確で神速である斬撃と、嵐鼬の強力な呪いでミノタウロスはそのまま再生することなく、空中にあった。

 

 そしてカモメは最後に、トドメをさす。

 その名は「爆呪」。

 

 呪いに宿るエネルギーを暴走させることで呪いがかかったものを爆発する術式。

 妖刀使いや呪術師の奥義のようなものである。

 それをカモメは嵐鼬の強力無比な呪いで行う。

 よって呪われたそれは強力な熱と爆風と呪いにより完全に消滅する。

 

 カモメは零華をキャッチする。

 今のこの動作は零華が投げられて受け止められるまでの数秒で行われたものだった。

 零華がどれほど時間をかけても倒せなかった敵を一瞬のうちに倒す。

 これがこの学校最強であった。


 爆風を背に、カモメは零華を運ぶ。

 この様子だと素早く治療したほうがいいだろう。

 

 カモメは零華に負担がかからないスピードで移動し、大黒真知子達に零華を預ける。

 いきなり走って飛び込んできたカモメに零華は驚いたが、ミノタウロスの存在を知っていたため、すぐに状況を察する。

 副会長たちに素早く命令を下し、零華を適切な場所へ運ぶ。

 

 今日は入学式があったため、保健室の先生が全員いるはず。

 零華は速やかにそこに運び込まれて治療されるだろう。


 カモメはその様子をみて、零華の無事がわかった瞬間姿を消した。

 大黒真知子はカモメに問いただしたいことがたくさんあったが、もう不可能である。

 なぜなら彼は学園最強、誰も彼には追いつけない。

 

 だが、彼の回答から、真知子が質問したかったことの一つの答えがわかった。

 

「よほど彼女が気に入ったのですね、桜井カモメくん」


 

 

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