第9話 ダラダラとした戦い

 国ケ原零華は自分が弱さを呪ったことが何度もあった。

 

 自身が強者の方に属するということはわかっている。

 力も、身分の、金も、大半のものを持ち合わせている。

 

 だが、それでも超えられない壁を感じることが何度もあった。

 自分だけでは対処できない敵、自分より強い先輩たち、そして先代との差。

 越えられない壁はいつも零華の近くにあった。 


 先代のレイボルグの使い手、つまり零華の父は、まさしくそれだった。

 どんな敵でも恐れずに進み、そして凍りつかせ、無傷のまま生還する。

 その強さだけでなく、速さや優しさをも持ち合わせており、多くの人が先代に助けられてきた。


 圧倒的なまでに優れた先代、自身と比べてその差を感じた。

 強さを身につける度に感じる、ひどく、大きな差。

 それを理解した瞬間、零華は父を父として見れなくなった。

 

 ただ、それで零華は立ち止まるわけにもいかなかった。

 自分にできることとして、零華は修練と実戦経験をひたすらに積み重ねてきた。

 先代の言うこと、先輩聖剣使いの言うこと、市民の言うこと、全てを吸収してきた。

 

 だが、ふと周りを見渡せば現状がわかった。

 どれほど努力をしようと、先代の壁は超えられなかった。

 確かに、前よりは確実に強くなっている。

 だが父の積み上げてきたものには、一向に届かない。

 

 だから、剣士科高校に行くということはある意味零華にとって逃げだった。


 剣士科高校というもの入ってそこで活動していれば、しばらく任務というものから目をそらせる。

 先代と同じ空間にいる時間もかなり減らせるかもしれない。


 そして今、零華は新たな超えられない壁を感じている。

 剣士科高校に入っても、待っていたのは試練だったのである。

 

 ミノタウロスが空に吠える。


 自分がどれほど攻撃しようと、どれほど刻もうと、瞬時に再生する。

 今まで戦ったことがないタイプの敵だった。


 そして、今ここにいるのは零華とミノタウロスの二人きり。

 つまり、誰かと協力して狩り殺すこともできなければ、スイッチすることもできない。

 

 零華は知っていた。

 氷雪の能力は敵を止めることや、広範囲を攻撃することには適している。

 だが、瞬間的に火力を出すことや、長期戦などはあまり得意ではない。

 

 今のこの状況は、完全に相手の得意なことを押し付けられている状況だ。

 つまり、完全に相手の方が有利な状態で戦いを続けているということになる。

 それを崩さなければ勝ち目はない。

 

 だが、零華が不利を背負っている理由はそれだけではない。

 あのミノタウロスは尋常ならざる回復速度をもって、こちらの攻撃を無効化してくる。

 それに対して零華は一発でも被弾したら、それで即終了。

 地獄へ真っ逆さまだ。

 

 先程から色々逃げ回りながら様々な手段で攻撃しているが、どれも効果的とは言えない。

 そもそも、あの回復速度がどこからきているのかさえわからない。


 頭を切り飛ばそうとも、胴体を両断しようとも、ミノタウロスは瞬時に再生する。

 そして、切り落とされた部位は一瞬で灰になる。

 

 ミノタウロス自体が灰でそれを能力でこんな風に固めているのでは、とも考えたが、その能力の出処もわからない。

 おそらく再生能力がこのミノタウロスに由来するものではないのだろうが、それが何でどこにあるのか見当もつかない。


 零華自身の今までの経験から考えるに、おそらく零華の限界はもう近かった。

 いくら聖剣使いといえども、聖剣を使えば使うたび体力を使う。

 つまり、あと数手以内に相手を抑えきらないと、こちらがあっさり負けるということ。

 

 それに対して、ミノタウロスは今の所、疲れたり、何かを消費したりしている素振りは一切ない。

 このままではただの時間稼ぎで自身の魂を燃やし切ることになってしまう。

 そんな未来を零華は認めない。


 試していない攻撃方法はあと何個かある。

 だが、試してないだけあってそれにはそれ相応のリスクが伴う。

 下手をすれば、いや、とんでもない確率をくぐり抜けなければ、ここで自身の剣士人生を終わらせることになる。


 ただ、何もしなかったら、零華はそのうち死ぬだろう。

 零華が倒れれば、先程逃げていった同級生たちをこのクソ牛は追いかけるだろう。

 そして、多くの犠牲が出るだろう。

 

 零華は最後の力を振り絞る。

 これがラスト。

 余力的に考えて、次は絶対にない。

 ここで決めきる。

 

「息は落ち着き」


 一歩、次はより踏み込んだ一歩。

 どんどん、どんどん加速していく。


「血は巡る。」


 零華は思い出す。

 自分は聖剣使いである。

 自分はあの伝説の聖剣使い、国ケ原正彦の子供。

 伝説の後継者である。


「血は巡って力となり」


 今ここで私があの化け物を討つ。


「力は想いを行う。」


 そのためには、何を惜しむのか。

 

 国ケ原零華は自身の弱さを呪ったことが何度もあった。

 自分があともう少し強ければ、と自分を攻めたことが何度もあった。

 

 だが、国ケ原零華は知っている。

 自分よりも強い人間はいくらでもいる。

 だが、それと同時に、自分よりも弱い人間もたくさんいるのだ。


 零華は、最後の賭けに出る。


 


 カモメは走る。

 妖刀を抜刀したままで、とりあえず走る。

 

 さっきまでちょっかいを掛けてきたあのスーツの男は全て切った。

 だいたい二倍ほどの実力をもったスーツの男も倒した。

 おそらくあれが本物だから、もうこれ以上分身は増えない。


 そして今はそれよりも、あの後輩が気になる。

 カモメは窓からなんとなく見ていたが、大半の生徒はもう逃げていた。

 そして残っていたのは牛の化け物と、氷の女のみ。

 

 あの出力とあの範囲を見るに、噂の新星「吹雪の女」で間違いないだろう。

 そして、その噂によるとあの後輩が持っている聖剣はレイボルグ。

 つまりカモメの予想が当たっているとはあの化け物と死ぬほど相性が悪い。


「死ぬなよ、後輩!」

 

 カモメは全力で走る。

 

 相性が悪いと言ったのには理由がある。

 その理由はあの化け物の性質だ。

 

 カモメは妖刀使いであるため、再生能力がある敵は呪い殺すという択が取れる。

 だが、聖剣使いには多くの場合、そんな事はできない。

 

 その場合、あの化け物を倒すには2つの手段しかない。

 1つ目、再生する前に全身を再生不能な状態にする。

 2つ目、どこにあるかわからないコアを破壊する。

 

 文字に起こすと簡単に聞こえるが、実際はそうではない。


 コアは存在していさえすればいいので、どこでも隠せる。

 もし相手が用意周到なやつで宇宙にでも投げ捨てられていたら、手の出しようがない。

 

 再生する前に再生不能状態にすると言ったが、それもほぼ不可能である。

 聖剣でそれができるのは、ごく限られたものだけなのだから。

 あの再生力を継続ダメージで無効化できる聖剣使いなど、そういない。


 もしこのまま放置していたら、間違いなく後輩は死ぬだろう。

 つまり、急ぐしかないのである。

 

 グラウンドをあと百メートルも進めば建物の影に隠れている対戦用のステージも見えてくる。

 今のカモメにできることは、走ることと、祈ることのみ。

 カモメは今の状況が歯がゆくて仕方がなかった。


 

 

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