13-1 ある令嬢の死



 貴族学園の最大派閥は、夏季休暇に入る直前に大舞踏会を開く義務がある。


 と、知ったとき、わたしは『自分には関係がない』と思った。

 なんせ、わたしの派閥は少人数。

 最大どころか、最小なのだ。

 だが、悲しいかな、この場合の『最大』とはいちばん多いという意味ではなく、いちばん強いという意味であった。


「……だから、いろいろと大慌てだったんだね」


 ルイスさまに、わたしはため息をついてみせる。


「ほんとうに大変でした。いっそ開催をすっぽかしてやろうか、と思うくらいに。今日、こうして開催までこぎつけられたのは、奇跡です」


 そう告げると、ルイスさまは苦笑いをして、硝子杯グラスに口をつけた。

 本日は茶会ではなく舞踏会。

 酒類も用意してある。

 西王国レルム・デ・ウェストでは、子供が酒を飲むのはいっぱしの年齢になってから……とされているため、かなり薄めてあるものだが。

 大平原や東端京トンデュアンキンでは、そのあたりの規則はゆるいのだが、郷に入っては郷に従え、だ。

 なお、洋服ドレスはまだ仕立てが終わっていないため、わたしは今日も旗袍チイパオである。

 従いきれていない。


「レベッカさんとマグダレーナさんには、大変なご迷惑をおかけしてしまいました。お二人がいなければ、開催は不可能でした。……特に、マグダレーナさんは大変な状況ですのに、無理を言ってしまって」

「ああ、そっか。……気まずいよね」


 ルイスさまが目を伏せた。

 舞踏会場ダンスホールに吊り下げられた豪勢な飾蝋灯シャンデリアの灯りが、金色の細いまつげに跳ね返って、きらきらと繊細に輝く。

 はらぐろのくせに、しおらしい仕草がよく似合う王子である。


「ごめんね、僕が婚約破棄なんてするから。マドレーヌ家には『マグダレーナに落ち度があったわけではない』と再三通告しているんだけど、なかなか通らなくて」

「いえ、わたしに謝られましても」

「……いや、謝らなきゃ。その、アルとマグダレーナが不仲になるなんて、思っていなくて」


 ……うむ。

 そうなのだ。

 婚約破棄以降、マグダレーナさんとは距離を置いている。


「不仲、というほどではありませんよ」


 言いつつ、周囲に目を配る。

 会場の隅っこで助かった。

 あまり余人に聞かせる話ではないのだ。

 楽団の音楽に身を任せる学友たちを尻目に、踊りもせずに会話にいそしむわたしたちである。

 ……逢引きのように見えているかもしれないが、気にしない。


「ほんとうに、ルイスさまのせいではありませんから。どちらかといえば、マドレーヌ家の在り方の問題でしょう。わたしたちには見せない重圧が、マグダレーナさんの両肩にはのしかかっていたのです」

「……そうだね」


 だけど、とルイスさまは呟いた。


「婚約破棄を、悔いてはいないよ。あのままでは、僕もマグダレーナも、幸せにはなれなかっただろうから」

「……わたしも、そう思います」


 結果として、マグダレーナさんはマドレーヌ家から『大渦国イェケ・シャルク・ウルスの姫と仲良くするなんてどういうつもりか』『王子との婚約を破棄されるなんてどういうことか』と、激しい突き上げを食らってしまったが。

 それでも、婚約破棄は、マグダレーナさんにとって必要なことだった。

 ……わたしと、少しばかり距離を置くかたちになってしまったが。

 同じ月寮パンシオン・リュンヌで生活をして、同じ貴族学園で授業を受けて、しかも作法マナーの講師まで頼んでいるのだから、しょっちゅう顔を合わせてはいるのだ。

 しかし、先月までのように、気安い会話はしなくなった。

 当たり障りのない、あいさつのような言葉を送り合うだけ。


「寂しくはない?」


 ルイスさまの問いかけに、うなずく。


「寂しいです。……しかし、これもまた貴族社会のしきたりでしょう。郷に入っては郷に従え、と砂漠商人たちも申しておりました」

「……そっか」


 ……。気まずい。

 現状、あまり話せることはないのだ。

 であれば、そろそろあれの出番だろう。


「ところで、ルイスさま。大平原のツァイはいかがですか?」


 ルイスさまに大平原の茶をすすめる。

 以前の月寮茶会で、女子生徒たちになかなか好評だったのだ。

 舞踏会では、男子たちにも大平原や東端京の文化を広めよう、という名目で大平原の茶を用意してある。

 今回の舞踏会では、王子であるルイスさまに、ぜひ茶を飲んでもらいたいと思っていたのだ。

 ルイスさまがぱっと顔を輝かせた。


「それは、スパイスとお砂糖とミルクの入った、あまいやつかな?」

「ええ。もちろんです」

「ぜひいただくよ! 以前から、いろいろと取り寄せてみていたんだけれど、本場の味はなかなか……」


 本場の味?

 ルイスさまは、大平原の茶を飲んだことがあるのだろうか。

 まあ、いまはどうでもいい。


「では、茶を取りに――」


 身をひるがえしたところで、背後から近づいてきていた女子生徒と、ばっちりと目が合った。

 茶髪を優雅に巻いて、胸元の開いた豪奢な洋服ドレスを着た令嬢。

 マグダレーナさんだ。


ツァイでしたら、わたくしが取りに行きますわ。お二人のぶんも」

「……マグダレーナ。それは悪いよ、僕が自分で――」


 ルイスさまが申し訳なさそうに口を開いたが、マグダレーナさんはお手本通りの微笑を浮かべて、やんわりと言った。


「せっかくですから、お二人はダンスを。アルティさま、お稽古の成果を見せてくださいな。ルイスさまも、まずはアルティさまと踊りませんと、ほかの令嬢がお誘いできませんの」


 言われて、気づく。

 王子が、まだ踊りに誘われていない。

 さっきから遠巻きにこちらを見る視線は多かったが、近づいて声をかけようとはしない。

 身分の問題だろう。

 この会場でもっとも位の高く、なおかつ主催者であるわたしがまずルイスさまと踊らないと、ほかの令嬢が委縮してルイスさまに声をかけられないのだ。

 ……よし。

 郷に入っては、だ。


「踊りましょうか、ルイスさま」

「……いいのかい?」

「お嫌であれば、やめますが」


 そう告げると、ルイスさまはにっこりと笑ってわたしの手を取った。


「もちろん、喜んで」



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