13-1 ある令嬢の死
貴族学園の最大派閥は、夏季休暇に入る直前に大舞踏会を開く義務がある。
と、知ったとき、わたしは『自分には関係がない』と思った。
なんせ、わたしの派閥は少人数。
最大どころか、最小なのだ。
だが、悲しいかな、この場合の『最大』とはいちばん多いという意味ではなく、いちばん強いという意味であった。
「……だから、いろいろと大慌てだったんだね」
ルイスさまに、わたしはため息をついてみせる。
「ほんとうに大変でした。いっそ開催をすっぽかしてやろうか、と思うくらいに。今日、こうして開催までこぎつけられたのは、奇跡です」
そう告げると、ルイスさまは苦笑いをして、
本日は茶会ではなく舞踏会。
酒類も用意してある。
大平原や
なお、
従いきれていない。
「レベッカさんとマグダレーナさんには、大変なご迷惑をおかけしてしまいました。お二人がいなければ、開催は不可能でした。……特に、マグダレーナさんは大変な状況ですのに、無理を言ってしまって」
「ああ、そっか。……気まずいよね」
ルイスさまが目を伏せた。
はらぐろのくせに、しおらしい仕草がよく似合う王子である。
「ごめんね、僕が婚約破棄なんてするから。マドレーヌ家には『マグダレーナに落ち度があったわけではない』と再三通告しているんだけど、なかなか通らなくて」
「いえ、わたしに謝られましても」
「……いや、謝らなきゃ。その、アルとマグダレーナが不仲になるなんて、思っていなくて」
……うむ。
そうなのだ。
婚約破棄以降、マグダレーナさんとは距離を置いている。
「不仲、というほどではありませんよ」
言いつつ、周囲に目を配る。
会場の隅っこで助かった。
あまり余人に聞かせる話ではないのだ。
楽団の音楽に身を任せる学友たちを尻目に、踊りもせずに会話にいそしむわたしたちである。
……逢引きのように見えているかもしれないが、気にしない。
「ほんとうに、ルイスさまのせいではありませんから。どちらかといえば、マドレーヌ家の在り方の問題でしょう。わたしたちには見せない重圧が、マグダレーナさんの両肩にはのしかかっていたのです」
「……そうだね」
だけど、とルイスさまは呟いた。
「婚約破棄を、悔いてはいないよ。あのままでは、僕もマグダレーナも、幸せにはなれなかっただろうから」
「……わたしも、そう思います」
結果として、マグダレーナさんはマドレーヌ家から『
それでも、婚約破棄は、マグダレーナさんにとって必要なことだった。
……わたしと、少しばかり距離を置くかたちになってしまったが。
同じ
しかし、先月までのように、気安い会話はしなくなった。
当たり障りのない、あいさつのような言葉を送り合うだけ。
「寂しくはない?」
ルイスさまの問いかけに、うなずく。
「寂しいです。……しかし、これもまた貴族社会のしきたりでしょう。郷に入っては郷に従え、と砂漠商人たちも申しておりました」
「……そっか」
……。気まずい。
現状、あまり話せることはないのだ。
であれば、そろそろあれの出番だろう。
「ところで、ルイスさま。大平原の
ルイスさまに大平原の茶をすすめる。
以前の月寮茶会で、女子生徒たちになかなか好評だったのだ。
舞踏会では、男子たちにも大平原や東端京の文化を広めよう、という名目で大平原の茶を用意してある。
今回の舞踏会では、王子であるルイスさまに、ぜひ茶を飲んでもらいたいと思っていたのだ。
ルイスさまがぱっと顔を輝かせた。
「それは、スパイスとお砂糖とミルクの入った、あまいやつかな?」
「ええ。もちろんです」
「ぜひいただくよ! 以前から、いろいろと取り寄せてみていたんだけれど、本場の味はなかなか……」
本場の味?
ルイスさまは、大平原の茶を飲んだことがあるのだろうか。
まあ、いまはどうでもいい。
「では、茶を取りに――」
身をひるがえしたところで、背後から近づいてきていた女子生徒と、ばっちりと目が合った。
茶髪を優雅に巻いて、胸元の開いた豪奢な
マグダレーナさんだ。
「
「……マグダレーナ。それは悪いよ、僕が自分で――」
ルイスさまが申し訳なさそうに口を開いたが、マグダレーナさんはお手本通りの微笑を浮かべて、やんわりと言った。
「せっかくですから、お二人はダンスを。アルティさま、お稽古の成果を見せてくださいな。ルイスさまも、まずはアルティさまと踊りませんと、ほかの令嬢がお誘いできませんの」
言われて、気づく。
王子が、まだ踊りに誘われていない。
さっきから遠巻きにこちらを見る視線は多かったが、近づいて声をかけようとはしない。
身分の問題だろう。
この会場でもっとも位の高く、なおかつ主催者であるわたしがまずルイスさまと踊らないと、ほかの令嬢が委縮してルイスさまに声をかけられないのだ。
……よし。
郷に入っては、だ。
「踊りましょうか、ルイスさま」
「……いいのかい?」
「お嫌であれば、やめますが」
そう告げると、ルイスさまはにっこりと笑ってわたしの手を取った。
「もちろん、喜んで」
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