9.放置したらR指定入る展開になると思ったから
マンションから駅までは徒歩十五分。走れば十分もかからないだろう。
「駅に着いたとして、それからどうすんだよっ」
走りながら文句が出る。全部説明不足のアスカさんが悪い。
当たり前だが駅には大勢の人がいる。その中から一人の女子を探すのは困難だ。
昨晩みたいに制服なら少しは探しやすいか? それでも時間帯を考えれば、他校含めて部活終わりの学生が混じっているだろう。制服を着た同世代の女子に絞っても、一目で見つけられるもんじゃない。
そもそも紗良さんが制服姿という確証はない。私服だったら探す難易度がさらに上がる。どんな私服なのか、女子の友達がいない俺に想像できるはずもない。
どうやって紗良さんを探せばいいんだ? そのことばかり考えて、でも答えが出ないまま駅に到着した。
「紗良さんは……どこだ?」
予想通りというべきか、人が多い。老若男女、格好も様々。向かう方向もバラバラで忙しなく視線を動かしても追いつかない。
紗良さんは……見つからない。
「くそっ。片っ端から探せばいいんだろ」
行き交う人々に目を凝らしながら走り回った。セミロングの黒髪の女子。格好はわからない。同年代の女子を見かけたら必ず顔を確認した。
「い、いないんですけど……」
しかし、いくら走り回っても紗良さんらしき人は見つからなかった。
これだけ探してもいないってことは、紗良さんはここに来ていないんじゃないか? それか、アスカさんが紗良さんは俺の家に向かってるって言っていたし、どこかですれ違ってしまったかもしれない。
だったら家に戻らないと。踵を返した、その時だった。
「嫌! やめてっ!」
嫌がる女子の声。張り詰めた声色から、ただならぬ状況を感じ取った。
声がした方に顔を向ければ、派手なスーツを着た大柄な男が、制服姿の黒髪の女子を車に押し込もうとしている場面だった。
しかも、その女子は紗良さんだった。
「た、大変なことになってる!?」
アスカさんが慌てていた理由がわかった。こんな場面を見たら当事者じゃなくても焦る。身体中から冷や汗がドバッって出てきたし。
紗良さんも抵抗しているが、大柄な男が相手となれば車の中に押し込まれるのは時間の問題だろう。早く助けないと本当に大変なことになってしまう!
焦りすぎて頭が真っ白になりかける。とにかく紗良さんを助けなければ。その一心で俺は動いた。
「ままま、待ってください!」
ダッシュで紗良さんのもとまで来た。いきなりの俺登場に、紗良さんと大柄な男が動きを止めてきょとんとする。
ていうか男の人、すごい強面なんですけどっ。どう見たってカタギの人じゃねえ……。
だからって退くわけにもいかない。むしろここで退けば紗良さんがどうなってしまうかわかったもんじゃない。
素早く紗良さんの腕を掴んでいた男の手を手刀で叩き落とした。油断していたのだろう。あっさりと手が離れる。
「あ? んだテメェ?」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いって!
強面さんがギロリと俺を睨む。サーっと血の気が引く。手を出される前に早口でまくし立てていた。
「こ、この子未成年なので! 青少年保護育成条例違反がなんやらで……。と、とにかく! 大の大人が女子高生にエッチなことをしちゃいけないと思います!! すぐに警察来ますよ!!」
言ってて本当に警察を呼べば良かったと後悔する。いやでもそんな暇なかったし……。ええいっ、男は度胸! 勢いでなんとかならぁっ!
「行くよ紗良さんっ!」
「え、えぇ?」
紗良さんの腕を引っ張って走り出す。背中に「待てゴラァッ!」という怒声がぶつけられた。足を止めたら死ぬかもしれない。
最初は戸惑っていた紗良さんだったけど、俺が助けに入ったと理解したようだ。俺に引っ張られるまま走ってくれた。
走って走って、俺達は走り続けた。
とにかく無我夢中で、強面の男に追いつかれたらタダじゃ済まないという恐怖心から息が上がっても走り続けていた。
「か、和也くん……っ」
息が上がっているのは俺だけじゃなかった。当然だ。紗良さんも同じペースで走っているんだから。
名前を呼ばれても走るのをやめなかった。振り向きもしなかった。もし振り向いて、あの強面がすぐそこまで迫っていたらと思うと足を止められなかった。
「か、和也くん……っ! も、もう……追ってきて、ないから……っ」
「ほ、本当……?」
半ば信じられず、というか怖くてすぐには足を止められなかった。でも、そろそろ足が疲労で限界だったこともあり、恐る恐る振り返った。
紗良さんが言った通り、すでに誰も追いかけてはいなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……はぁ~」
肩で息をして、安全を確認してからその場にへたり込んだ。
絶体絶命の窮地を乗り切ったぞ! 大げさなんかじゃなく、本気で死ぬかと思った……。
「和也くん……どうして?」
しばらく息を整えてから、紗良さんが小声でそんなことを言った。
「どうしてって……。紗良さんがピンチだったんだから、助けなきゃって思って。無我夢中で……」
「……私のピンチに駆けつけてくれたのね」
そういう言い方をされると自分がヒーローにでもなった気分。実際はパニクりすぎてカッコ悪い助け方になってしまった気がする。
「ふ、ふふ……あははっ」
突然紗良さんが笑い出した。俺のカッコ悪いところでも思い出しちゃいました?
「……私、和也くんを甘く見ていたみたい」
笑いが収まり、静かな声色が向けられた。
「和也くん、私を助けてくれて……ありがとう」
そして、男に襲われた緊張が解けたのだろうか。
紗良さんは静かに涙を零していた。嗚咽も漏らさず静かに泣いていた。気の利いた言葉の一つもかけられず、俺は彼女が泣き止むまで黙ってそこにいた。
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